競技化による運動認識の鋳型化と技術革新
石井隆憲 さん(東洋大学ライフデザイン学部健康スポーツ学科)
□ 日時 2011年1月17日(月) 18:10~20:00
□ 場所 東洋大学白山校舎 5401教室
□ 要旨
本報告が対象とする「チンロン」とは、日本の蹴鞠をイメージさせるミャンマーの伝統スポーツのことである。現在、競技としてのチンロンは、伝統的であると考えられている動き方とフォームを重視しながら、高度な運動技術が要求される伝統スポーツとなっている。こうした背景には1953年に全国統一された競技規則が大きく影響しており、それがチンロンに対する伝統的認識を再構築してきた。そこで、今回の報告では、この競技規則の成立によって伝統美(動き方・フォーム)に対する画一化が促進される経緯と、このことがチンロンのスポーツ技術の開発を方向付けていくこととの関係性を検討しながら、伝統的な運動認識が生み出されていくことについて考えていく。また、こうした現象を調査者が理解していくにあたり、現象学的なスポーツ人類学研究とはなにかについても意見交換したい。
「民藝」のものづくりを巡る物質文化論的考察
陳景揚 さん(東京大学総合文化研究科超域文化科学専攻(文化人類学コース)D4)
□ 日時 2010年12月20日(月) 18:10~20:00
□ 場所 東洋大学白山校舎 5401教室
□ 要旨
「民藝の里」と呼ばれている益子焼の産地=栃木県益子の窯業は、特に、1930年代から民藝運動のリーダーの一人・陶芸家濱田庄司の益子への移住、また、1970年代からガス窯、電動轆轤の導入及び原料調達システムの革新、外来陶芸作家の増加などの動きと連動するかたちで、従来の生産体制や製品のパターンに多様なバリエーションが現れていた。本発表は、地元の素材や伝統的な技法にこだわる作り手(職人、作家)の状況を中心にして、彼らが美的表現を含む品質・コストに配慮しつつ、素材・技法を選択する理由、また、素材・技術への考え方について記述・分析する上で、民藝運動家たちの主張を産地の作り手がどのように受け入れてきたかを解明することを目指す。
モータースポーツにおけるヒエラルキー
――イベント・選手・ボランティアの視点からみるマン島TTレースの発展過程
小林ゆきさん(東洋大学大学院博士後期課程)
□ 日時 2010年11月15日(月) 18:10~20:00
□ 場所 東洋大学白山校舎 5401教室
□ 要旨
マン島TTレースは、モータースポーツとしては原始的形態とも言える「公道レース」の方法を守りながらも、オートバイのレースとして世界的権威を保ちつつ100年以上も続いてきた。本報告では劇場アプローチを援用し、モータースポーツの分析枠組みを①俳優としての競技者、②観客としての観戦客、③表舞台としてのサーキット、④裏方としてのボランティア、⑤パフォーマンスとしてのモータースポーツイベントに分類し、スポーツイベントの裾野から頂点へ向かうヒエラルキーの視点から、モータースポーツイベントの発展過程を考察する。TTレースに内包されるヒエラルキーは、単に上層移動のエリートスポーツ的な構造ではなく、地域社会と世界を循環的につなぐ装置としてTTの発展過程に出現していると考えられる。
台湾をめぐる境域
□ 日時 2010年11月6日 10:30~18:00
□ 場所 東洋大学白山キャンパス 6号館1階第3会議室
(地下鉄東京メトロ本駒込駅、または都営地下鉄白山駅)
※最寄り駅までは右URLを参照(http://www.toyo.ac.jp/access/hakusan_j.html)
※構内は右URLを参照(http://www.toyo.ac.jp/campus/hakusan_j.html)
主催:東洋大学白山人類学研究会
プログラム
10:30-10:40
趣旨説明
植野弘子
(東洋大学)
◇ セッション 1 台湾と八重山
10:40-11:10
戦後台湾で発足した台湾沖縄同郷会連合会について―沖縄から台湾に疎開した人々の引き揚げを例に
松田良孝
(八重山毎日新聞社)
11:10-11:40
琉球列島から台湾への人の移動植民地期からポスト植民地期へ
松田ヒロ子
(日本学術振興会特別研究員/上智大学)
11:40-12:00
コメント
大浜郁子
(琉球大学)
◇ セッション 2 台湾と韓国
13:30-14:00
対馬海峡から見る台湾と八重山の交流
上水流久彦
(県立広島大学)
14:00-14:30
港のコリアン-基隆・花蓮と下関・福岡を比べて
松本誠一
(東洋大学)
14:30-14:50
コメント
井出弘毅
(東洋大学アジア文化研究所客員研究員)
◇ セッション 3 台湾の境域のひろがり
15:20-15:50
台湾東部漁民社会における中国人漁民:大陸漁工をめぐる民族関係
西村一之
(日本女子大学)
15:50-16:20
国際ブローカー婚と再生産の展開―「台湾」境域拡大の一メカニズム
横田祥子
(日本学術振興会特別研究員/東京外国語大学)
16:20-16:50
コメント
後藤武秀
(東洋大学)
17:00-18:00
総合討論
本研究フォーラムは、東洋大学アジア文化研究所「境域」プロジェクト(代表者:松本誠一)との共催で行われます。
在独韓人社会の研究
――ドイツ各地をめぐって
松本誠一さん(東洋大学社会学部教授)
□ 日時 2010年10月18日(月) 18:10~20:00
□ 場所 東洋大学白山校舎 5401教室
□ 要旨
ドイツは第2次大戦後の復興のために外国人労働者を入れた。韓人炭鉱労働者・看護師も韓独協定に基づいて1960~1970年代に派遣された人々である。彼らは契約期間終了後、帰国、他国へ移出、ドイツに残留するなどの進路を選んだ。本報告ではドイツ残留者について、2006~2009年にドイツ各地を回って得た情報に加えて、彼らに関する図書について紹介する。
「鉄の蛇がやって来る」
――ヤキの神話と歴史
水谷裕佳さん(北海道大学アイヌ・先住民研究センター博士研究員)
□ 日時 2010年7月19日(月) 18:10~20:00
□ 場所 東洋大学白山校舎 5401教室
□ 要旨
本報告では、メキシコ北西部から米国南西部にかけて伝統的に居住する先住民族ヤキ(Yaqui)の歴史と、彼らの間に伝わる神話の関連性について述べる。ヤキの創世神話では、ある日集落の樹が話した言葉を少女が通訳する。樹は民族に訪れる恐ろしい未来を予言しており、その中には「鉄の蛇」、即ち鉄道の到来が含まれている。まずは米国南西部に、その後メキシコに向けて拡大された鉄道網の建設には多くのヤキが携わり、さらに鉄道開通によってヤキの伝統的居住地域に到来した入植者や観光客は彼らの生活に大きな変化をもたらした。この事例は、神話が歴史によって再解釈され、新しい意味付けを付与される一例として理解できよう。さらに本報告では、「鉄の蛇」到来後のヤキの人々が、精神世界や文化と米国主流文化に折り合いを付けながら生きる様子も紹介する。
女の仕事に隠れる「見えない仕事」
――ウズベキスタン刺繍制作における再ジェンダー化
今堀恵美さん(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所ジュニアフェロー)
□ 日時 2010年6月21日(月) 18:10~20:00
□ 場所 東洋大学白山校舎 5401教室
□ 要旨
本発表は中央アジア、ウズベキスタンの代表的な女の仕事刺繍制作に、表立っては「見えない」形で携わる男性の働き方に焦点を当てたものである。
「見えない仕事(Unvisible work)」とは生計に寄与する有償労働であるにも拘わらず、家内で行われるためその価値が正当に評価されない仕事を指す。この用語は通常女性が行う家内の有償労働を可視化させ、その意義に注意を促すものである。だが「見えない」=価値が正当に評価されない仕事は女性限定ではなく、戸外の有償労働に隠れた男性たちの多様な働き方を解明する概念としても発展させられよう。本発表ではウズベク刺繍制作で補佐業務に携わる男性の「見えない」働き方に焦点をあて、その特徴と意義の解明を目的とする。
中央アジア、ウズベキスタンはイスラーム圏でありながら旧ソ連の社会主義改革の恩恵ゆえに、ソ連時代にはあらゆるジェンダーが就労の権利と義務を有した。だが1991年独立以降、経済状態の悪化から失業者が急増、その割合は女性に偏った。すなわち社会変動が女性を家内に、男性を戸外に振り分けるという再ジェンダー化をもたらした。だが女性の中には国営企業への就業ではなく、内職や手工芸を含む個人業で収入を得る者も現れた。その一つに刺繍業がある。
刺繍は20世紀初頭まで女性の持参財装飾の技法として発達し、「女の仕事」とされてきた。独立以降の観光化で需要が高まった刺繍は高収入を女性事業家にもたらした。事業は男性が担うとされがちな村落部において、「刺繍は女の仕事」という文化的規範が女性事業家の収入を保障したのである。
だが主たる制作の場が家内という刺繍を事業化する過程で「見えない」形で事業化を支えたのが事業家の男性家族成員であった。発表では3名の事業家の夫を比較することで「見えない」働き方にある差異と、補佐というあえて「見せない」働き方の意義を論ずる。それは再ジェンダー化が進行する現実の中で、ジェンダーによる役割分担が行われつつも、その配分を均等に割り振ろうとする文化的工夫の一環と考えられるのである。
韓国海女研究解読
――現実の海女から表象の海女へ
浦田三紗子さん(一橋大学大学院博士課程)
□ 日時 2010年5月17日(月) 18:10~20:00
□ 場所 東洋大学白山校舎 5401教室
□ 要旨
世界において潜水漁は西アジアから南太平洋海域まで広い範囲にわたって行われているが、女性が潜水漁に従事しているのは、韓国と日本のみである。中でも韓国海女は、それまで朝鮮半島部の南に位置する済州島を中心とした済州地方にのみ存在していたといわれる海女が、19世紀末から国内外への出稼ぎを開始し、半島部で潜水漁に従事していた日本の伊勢海女を駆逐しながら、日本や中国、ロシア沿岸にまでその活動範囲を拡げるという独自の歴史を持つ。
本報告では、現実の韓国海女にではなく、韓国海女を表象してきた研究群に焦点を当て、それらのメタ分析を行う。諸々の研究を単なるデータとしてではなく、どのような研究者が、韓国海女を取り巻く現実の何を明らかにし、それをどのように解釈したのかという一連の実践プロセスとして読み解き、研究の中に埋もれていた分析手続きを可視化する。さらに、このように実践として読み替えた研究を、研究者が一個人として重ねてきた経験としても位置づけることで、研究者の人間性を回復する。これらの作業を通じて、各々の研究者が一人の人間として現実を生きる韓国海女とどのように関わってきたのかを照射すると同時に、今後の研究者が韓国海女とどのように関わっていく必要があるのか、考えてみたい。