8回 専門家インタビュー June. 2021

政策提言AIを社会に実装する

竹内 既にいろんな地方自治体などでこの政策提言AIシミュレーションを活用した実績があるようですね。


広井 幸い2017年に公表してから現在に至るまでに色々なところから問い合わせを受けています。最初のころ、当時の長野県知事の阿部さんが、AIシミュレーションの長野バージョンをやりたいということで、長野全体のバージョンと「リニアが通った場合の負の影響を最小限に食い止めるにはどうしたらいいか」という目的で行いました。これは一昨年の4月に公表しました[6]


竹内 長野県の取り組みも、大変興味深い内容でした。このように地方自治体からの要請をきいて「政策提言AI」を社会に実装する全体的なプロセスをお伺いできますか。


須藤 私は、政策提言AIを活用したビジネス推進を担っており、その一環として地方自治体へコンサルティングを担当しております。コンサルティングの一番の狙いは、AIシミュレーションを使った自治体のエビデンスに基づく政策立案(EBPM)の支援を行うことです。先ほど福田さんから政策提言AIの「情報収集」「選択肢検討」「戦略選択」の3つのステージの話がありましたが、具体的にはまず「情報収集」ステージで、指標の抽出、実績値の収集、ワークショップの開催などで情報を集めます。実際はこのステージが一番大変です。最後の「戦略選択」ステージでも、シミュレーション結果の解釈とワークショップの開催、政策提言の支援などを行います。これまでの実績からは、公共系の自治体や国の機関などからの需要がもっとも多く、例えば兵庫県[7]・愛知県高浜市[8]・長野県[5]・省庁などがありますが、大学[9]、民間企業(福井新聞)などからの実績もあります。実施内容としては、大きく3つあり、戦略計画の検討支援、社会変化の影響予測(例えば、震災、長野県リニアの導入の効果)、地域活性化にむけた検討です。


竹内 いろんな機関からのニーズがあるのですね。地方自治体や民間企業で、AI活用のニーズや実施のプロセスは異なると思いますが、具体的な事例をご紹介いただけますか。


須藤 例えば兵庫県の事例[6]では、次期総合計画のリバイスが目的でした。2017年のモデルは専門家の知見からパラメータを設定していましたが、ここでは20年間の実データを用いて統計処理を行い、パラメータを設定したことが特徴です。愛知県高浜市も同じく次期総合計画のリバイスを目的としておりましたが、因果関係推定には、統計処理と専門家の知見の両方を用いています。ここでは、プロジェクト終了後に、市民ワークショップでシナリオを提示するなどの試みを行いました。また企業である福井新聞は、住民の考える「幸せな福井」を目指して、市民の主観的な幸福度をアンケート、ワークショップなどの開催によって調査し、市民参加型のモデルを作ったことが特徴です。


広井 文部科学省と高等教育バージョン[10]みたいなものをやったり、里山資本主義で知られる岡山県真庭市で真庭バージョン[11]をやったりもしています。比較的最近では、京都大学でこの2月にコロナが生じたのを受けてコロナ後のバージョンのシミュレーションを行いました[8]。割と面白かったのは、さっきの2017年バージョンでは東京と地方の都市集中と地方分散といういわば空間的な分散という話でしたが、このシミュレーションではもう少し広く、男女の役割分担とか働き方、テレワークみたいな話とか住まい方、ひいては生き方といった包括的な観点が含まれています。つまり、空間的なものを越えた、もっと広い個人の働き方、住まい方、生き方が分散型になっていく、多様化していくということがサステナビリティにとって重要だという結果になりました。


須藤 こういった政策提言AIの活用は、すべての地方自治体一つ一つに対して私たちがコンサルティングを行うことは現実的ではないので、将来的には、各自治体が自分でAIシミュレーションを行うことができるような「地域エコシステム」を作ることを目指しています。


中村 私は基本的に国交省の人間で、普段は川の環境とかの研究を行っています。先ほど、AIと人間の役割が「サンドイッチ型」という話がありましたが、真ん中のAIの部分は多分数値で処理するので、特にその前段階の処理が結構大変かなと思いました。あと勿論、最後に政策決定というのも非常に重要な部分ですけれど、割と前段階にもかなりノウハウがあるのかなと思います。これまでの説明から、AIシミュレーションで使う数値は、実データをベースに整理する場合と、先ほどの福井の例みたいなアンケートなどの主観的なデータを中心に整理する場合がありましたね。そのあたりのノウハウとかテクニックみたいなところがポイントだと思いますが、そのあたりはどこまで分かってきていますか。


広井 我々もまさに試行錯誤でモデルを作っています。一番初めの2017年バージョンでは、専門家の有識者が因果関係を整理していましたが、兵庫県の場合は過去20年間のデータから要因の相関を取って因果関係の数字を入れていきました。後は、福井のようなワークショップ型の市民参加型の市民の主観的な未来像を入れ込む例もあります。これは主観性を重要視する方法です。それぞれ長所短所があるものの、組み合わせをどう考えていくかというのを、我々も模索しているという段階で、過去のデータを活用するというのは先ほども言ったようにエビデンスベースと客観的にはなるけれども過去の延長に未来を見ていることになります。今は、未来に関する専門家の数百人規模のアンケート調査を取れば、客観性があり、また未来が過去の延長でない部分も入り、ある程度バランスが取れるのではないか、と考えているところです。


福田 やはり、ここから出てきたシミュレーションの最終的な結果は、遡れば全てがモデルから出てきているのなので、モデルが違えば結果が違います。なので、モデルをどう作るかというのが一番重要なわけです。私自身は、特に長期予測をする時は、ビッグデータみたいなものから機械的にモデルを作成するよりも、むしろ、専門家の知見をもとに人手でモデルを作るほうが望ましいと思っている所もあり、最初はそういうことをやっていました。ですが、自治体で検討するとなると、自治体は説明責任があるので「なんでモデルのここに相関があるのか」というのを説明する必要があって、「エビデンスベース」にしたい、つまり、過去のデータを元に統計的にモデルを作りたい、という強い要望があります。一方で、未来の事象は「過去・現在の延長線上でない」場合もあるので、過去のデータを使ったモデルは、「それで本当に将来予測になっているか」という疑問が湧いてくるというのもあります。また、アンケートでも、なるべく沢山取って客観的にする必要があります。あるいは、自治体などが非常に気にするのは、出生率と死亡率を足すと社会全体の増減になっていないといけない、数字が1人単位で合っていないといけないとか、人口・経済の面では非常に緻密な数値が求められます。社会経済の指標に関する精密なモデルと、幸福感のような主観性を含む指標のモデルを別に作って組み合わせるというのが望ましいかもしれないと思っていて、現在、試行中です。


須藤 私もそこが一番の悩みどころです。ご指摘の通り、データの前処理が一番大変です。実際やっているケースで一番多い工程は、まず、20年間分ぐらいのデータを貰う、欠損値も当然あるので欠損値を推計する、さらに色々な単位がバラバラなので標準化処理する、最後に単回帰分析をやって決定係数などで重要な要因に絞る、というものです。統計的に相関がみられる組み合わせを出して、そこから因果があるかということを人の目で見ていきます。ただ人の目で見ていると、「正の相関」と考えられる組み合わせでも、回帰分析の結果だと負の相関であることもあるので、そういうところはやはり人為的に係数設定をしていかないといけないと考えています。そういうところはフェルミ推計[12]などで「指標Aが1%増えたら指標Bが3%増える」という関係性だというのを一つ一つ出していくことを行います。そこは、ちゃんとやろうとすると相当時間がかかるものでもあります。


深谷 社会には色々な人がいて、物事に対してそれぞれ色々な判断をすると思いますが、そういう価値観の異質性みたいなものをシナリオシミュレーションに入れていくことも出来るでしょうか。要するに、合意形成とか利害調整の場面での意思決定をどう作るかというところで、こういったAIベースのシミュレーションを用いることが出来るかということです。


広井 使えると思います。特に福井の例では、個人の行動、例えば地域の活動にどれぐらい参加するかとか、利己的・利他的行動みたいなものが入っています。2017年のバージョンでも入れていますけれど、パラメータの中にそういった要素が入っていると、出てきた結果を元に議論して、合意形成の1つのツールにすることができます。そういう意味では、合意形成にこのシミュレーション結果を活用するというのは1つの狙いにもなっていると言えると思います。

[6] AIを活用した、長野県の持続可能な未来に向けた政策研究について https://www.pref.nagano.lg.jp/kikaku/kensei/ai/documents/190417aihoukokusyo-syousai.pdf

[7] 兵庫県 将来構想研究会 https://web.pref.hyogo.lg.jp/kk07/vision2050.html

[8] 第七次高浜市総合計画 https://www.city.takahama.lg.jp/site/7soukei/19866.html

[9] AIの活用により、ポストコロナの望ましい未来に向けた政策を提言――女性活躍と働き方・生き方の「分散型」社会が鍵に https://www.hitachiconsulting.co.jp/news/2021/210224.html?p=info

[10] AIを活用した、日本社会の未来と高等教育に関するシミュレーション https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2019/01/25/1411360_11_2_1.pdf

[11] https://www.city.maniwa.lg.jp/soshiki/3/1068.html

[12] 正確に把握するのが難しい数値を、論理的に概算するもの。