回 専門家インタビュー Apr. 2021

社会をとらえるスケールとはーボトムアップで研究と社会とつなぐ

村岡 これまでのお話の中で、ローカルからナショナル、グローバルにスケーリングアップしたアプローチでその階層ごとの繋がりを考えていくことや、大都市圏・地方都市、農山村という人口や規模で捉えた場合の見方など、事象をとらえるスケールに関することがありました。生態系の研究では、「流域」が1つの単位として考えたりしていますし、我々チームの中でも、どのような地理的スケールで私たちが目指す社会に必要な技術を開発なりテストをしていくか、全国スケールで社会実装を進める前に何かしらのモデル地域で実装をすることが必要か、などを議論しています。地域ごとに生態系とのかかわり方も違うだろうと仰っていましたが、社会との接点を考えた際、どのようなスケールで考えることが最適だとお考えでしょうか。


広井 そこらへんが非常に重要になってくると思いますが、私自身は通常こういった研究やテーマを考えるときに、さきほどの説明の通り、大都市圏と地方都市と農山村の3つに分けます。例えば、私は2010年に全国の市町村の役場や行政の人を対象として、地域の最優先の最重要の課題は何かということをアンケートで聞いたところ、この3つのグループで傾向が分かれました。農山村だと人口減少や若者の流出みたいなのがまず大ききな課題で、地方都市になると中心市街地の空洞化だったりがかなり大きかったり、それから大都市圏になると人との繋がりとかコミュニティとの繋がりとか孤立とか孤独みたいなソフト面みたいなのが大きいという傾向がありました。このように、人々の意識や何を課題として捉えているかというのは大きく3つぐらいのグループでかなり違っている傾向がありました。私の関心からすると、まず大都市圏と地方都市と農山村での傾向や多様性を見た上で、それぞれが全体としてどう繋がってくるのか、といったことを考えることが重要と思います。さらに言うと、その3つを切り離して考えるのではなくて全体を捉えて、こっちのところでの課題をそっちのところの課題と結び付けることで何か新しいソリューションが出てくるような可能性があるかもしれないと考えたりもしています。どちらかというと、地域の空間的なスケールもさることながら、人口規模というのはただ人口というよりは、経済構造あるいは就業構造みたいなものを反映しているものだと思います。スケールに関しては、流域というような比較的大きなところから、割と地域の身の回りみたいな比較的狭い範囲までいろいろ存在しますよね。これは余談ですけれど、江戸時代の歌川広重の「江戸百景」の絵で、荒川区の千住大橋がありますけど、隅田川の流れている先の背景に、先ほどの秩父神社の御神体である秩父の武甲山が描かれています。昔の人のほうが、流域とか割と広く日々の生活の空間的広がりを考えていたのかな、今は意外に人々の関心も空間的に狭くなっているのではないか、と思ったりすることもあります。人がどういうスケールで空間を捉えるか、というのはまた面白いテーマかなと思います。


村岡 今教えていただいたように人口の構造の問題と社会的な構造の問題が大都市と地方都市と農山村では、物事の捉え方がかなり違うということもありそうですね。そこに自然の見方ということに関して自然資本のフットプリントなども併せて考えると、また社会として新たな価値観とか、社会が世界をどうとらえるかという見方がまた変わる可能性が出てきますね。


広井 その通りですね。関連した事例ですが、東京の23区の各区がSDGsにどう取り組むかみたいな研究会を去年と一昨年やっていました。SDGsみたいなテーマは、地方に比べると先程の真庭市など地方のほうが真剣に取り組んでいる印象で、東京の23区などはSDGs的なものへの危機感はまだ薄いというところがあります。しかし、持続可能性という点で一番危ういのは実は東京です。東京は実は出生率が日本全国で一番低くて、人口が流入していることでなんとか成り立っていること、資源や環境面では完全に地方に依存していること、コミュニティ内の結びつきも非常に弱まっていることなどあるので、持続可能性という意味では非常に危ういのです。そのような危うさがある一方、そのことを東京の人々の意識がまだ十分及んでいない現状があります。


近藤 どうして大都市ではSDGsに対する意識が高まらないと思われますか。


広井 例えばSDGs未来都市みたいなのに手を挙げているのはどちらかというと地方都市とか農山村のところが多くて、大都市圏は少ないです。ただし横浜など、非常に積極的に取り組んでいたりする都市もあります。一般的には、農山村では人口減少とか過疎がどうしても現実の直面する問題としてあり、行政の人や住民の人は地域の衰退みたいなのは大なり小なり感じている面があるのだと思います。それに対して東京とか大都市圏は、表面的には繫栄していて人口減少の問題は目に見えないですよね。資源の地方依存とかは、最近は多少変わりつつあると思いますけれど、多くの人にとっては通常は中々意識されないことなので、どうしてもその辺の危機感とかが薄くなるのではないかと思います。さらに国レベルでみても、日本は食料やエネルギー、木材などの多くを国外に依存していますよね。お寿司で食べるネタも海外から来ていたり、材料は安く買えたらそれでいいという面もあるので、こういった意識もあると思います。希望をこめていうと、団塊世代に比べると今の若い世代のほうが、特に環境とか生態系に関する意識がはるかに強いというか深いと思います。小学生ぐらいでも地球に未来はないんじゃないかという危機感を持ってたりとかしますね。持続可能性に対する意識の変革においては、教育も確かに重要だと思います。