回 専門家インタビュー Apr. 2021

経済・社会に生物多様性を取り込む:生物多様性の主流化の障壁とブレークスルーに必要な要素

竹内 最近は、ESG投資[4]もよく聞くようになって、企業でも環境配慮のガバナンスを取り入れるようになっています。生物多様性の分野では、愛知目標[5]で「生物多様性の主流化[6]」を目標としていましたが、この10年で進んだといえるでしょうか。


大沼 私はあまりそれについて楽観的な立場ではないですね。社会の中であるいは経済活動のなかで、生物多様性に関わっていることを認識している一般の人々、生産者はどれだけいるかというと、中々難しく、やはり主流化というところまでは行ってないと思います。IPBESなどの国際社会も主流化をまだ目標として継続しています。ですので、ESG投資も含めて様々な仕組みで主流化を実現していくべきだと思いますけれど、それは誰かが声をかけて実現するものではなくて、経済ですのでやはり消費者の選択というのはとても重要になってくると思います。「生物多様性の主流化」は、サプライ側、つまり生産者が自然を配慮した調達の仕方をすることがよく取り沙汰されます。でもデマンド側、つまり消費者もそれに対して行動を取ることも必要です。デマンドとサプライの両方があって初めて主流化が経済の中で位置づけられるようになると思いますね。日本はサプライだけではなくデマンドもまだ不十分です。例えば、大きなイベントでの調達の仕方を見てみても、欧米だとかなり環境に配慮しているので、デマンド側が積極的にサプライというものに刺激を与えているというのはあると思います。例えば、東京オリンピックでも、木材は認証木材を使うとか、卵などの食糧も動物愛護に配慮したものを使うなど、調達に関して海外なからさまざまな要求があり、木材調達基準も改定されました[7]。サプライ側がそれほど環境配慮をしていないということも指摘されるのですが、デマンド側も環境配慮製品を需要しないために、サプライ側がいくら作っても、コストばかり高くなって売れない、という実態があるわけです。だから、生産者だけの責任にするのではなくデマンドのほうも、選択するという行動が必要だと思います。


竹内 消費者が、生物多様性とか環境がなぜ重要かを意識するためにはどのように介入したらいいでしょうか。


大沼 教育・啓発や、発信力のある人が声をあげることが有効だと思います。それともう一つ大事なのが所得分配の不平等の是正です。不平等が非常に深刻になってしまうと、低所得者の人口が多くなります。低所得者層が環境に配慮した消費活動を行うのは容易ではないでしょう。なので、今の社会で問題になっているような著しい所得格差などは、当然改善していかなければならないと思います。


竹内 今、不平等のお話がありましたが、たとえば生態系サービスの受益でも地域間格差がありますね。例えば、都会の人は地方の生態系サービスを間接的に享受しているが、それに対して支払いはない、といったことがあります。認証制度などの経済を介したシステムは、こういった地域間不平等の問題を解決することにもつながるでしょうか。


大沼 認証は非常に有効だと思います。例えば、木材のFSC認証、コウノトリの米認証にしても、その背景にはこういった環境配慮の製造過程がありますが、その配慮のための追加的な負担が、価格に上乗せされた形で含まれているわけです。そういった商品を消費者が購入することで、都会の人がただ乗りではなくきちんとお金を払うことになります認証はデマンドとサプライを繋ぐうえで重要なシステムだと思います。温暖化では二酸化炭素削減という唯一の側面しかありませんが、生物多様性は多様な側面がありますので、消費者のさまざまな好みにあわせやすいと思います。


竹内 認証米はコストが高いので、先ほどおっしゃっていたように、すべての人の消費行動には結びつかないかもしれませんね。


大沼 すべての人に自発的に求めるというのは中々難しいと思いますね。ですので、社会全体が一斉にやるというよりも購入の余裕がある人はきちんと買うところから始めることが大事だと思います。また日本はギフト社会ですので、お中元・お歳暮では環境認証品を送りましょうという空気を作ると環境意識が日常的になるかもしれません。さきほども言ったように、所得層での消費行動の違いなどもあるわけですから、自然環境に対する保全的行動を呼び起こすためには、社会の仕組みを変えていかなければならないわけですね。それをJBO3でトランスフォーマティブチェンジ、社会変革といいますが、今後はこのよう方向性は重要になってくると思います。


竹内 日本は資源をほとんど輸入に頼っているので、環境コスト負担も実は国外に負担させています。認証システムのなかで、こういった国際的な資源調達・輸送での環境コストも含めて内部化していけば、国際間の不平等の問題(グローバルサウスなど)も是正されるでしょうか。


大沼 そうだと思います。しかし、多分企業はコストがかかるので中々やらないと思いますが、きちんと評判(レピュテーション)[8]に反映させ、投資家にESG投資先として選択させるような仕組みを作っていくことが重要でしょうね。また、国際取引される商品では、例えばオイルパーム認証[9]などさまざまな認証があります。そうした認証されたものを、最終的には消費者が買う、というところも大事なところですね。もう1つ大事なのは、これも昔から言われていることですが、途上国の自然保護のための国際的な資金調達メカニズムを作ることです。これは一度出来れば認証よりもはるかに強力で迅速に自然の保護というのに繋がっていくと思うんですよね。

[4] 環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に配慮している企業行動を重視・選別して行なう投資

[5] 2010年に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約(CBD) 第10回締約国会議(COP10)で採択された、地球上の生物多様性を保全するための国際的な目標。日本が議長国であった。

[6] 生物多様性に配慮した社会経済を実現し、生物多様性の損失を抑制するために、生物多様性の保全と持続可能な利用を、日常生活を含むさまざまな社会経済活動の中に組み込むこと。

[7] 東京オリンピックでは2017年に持続可能性に配慮した調達コードを採用している。 https://www.tokyo-kosha.or.jp/sekai2020/bcn/feature_02.html

[8] ここでの評判(レピュテーション)とは企業イメージを保つための戦略およびリスクともなる。

[9] 持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)  https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3520.html