回 専門家インタビュー Apr. 2021

地域間の不平等の解消とそのメカニズム

竹内 ご著書「人口減少社会のデザイン」の中では「定常型社会」だけでなく、「分散型社会」「多極集中型」も重要な未来社会像を表すキーワードでした。これらの社会像では、今すでにある農村部での過疎化などの問題だけでなく、生態系サービスの地方と都市部での不平等やエネルギー生産に伴う自然へのコストと受益の不平等などの問題に対しても、解決策になるでしょうか。また実現性については、どのように考えていらっしゃいますか。


広井 これもまた非常に大きなテーマで、私もその本で触れたり以前から書いていますが、都市と農村の間には非対称性的な関係性があり、不等価交換」とも言います。都市部は、食料やエネルギーを非常に安い値段で地方から得ていることで、放っておくとどんどん都市に人が集まってきて、そちらが利益を得るという構造がどうしてもあります。これは国際的にはいわゆる先進国と途上国の関係と基本的には構造は同じです。この対応策としては大まかに2つあります。1つは、都市から農村に利益が戻るような、不等価交換であるものを等価にするための再分配のメカニズムが必要だと思っています。それは単純に言えば農業に対する補助金や一次産業従事者の所得補償などもありますし、再生エネルギーを買い取るときに、高く買って価格の不平等を是正する社会システムとしての再分配のメカニズムなども考えられると思います。もう1つは、最近よく議論がある地域内経済循環で、ローカルなレベルでできるだけ人・物・金が循環するようなシステムをつくることです。先程のAIのシミュレーションの結果もこのことを指していたんですが、再生可能エネルギーや地域交通とかまちづくり、農業などの地域内経済において、その循環の仕組みを作っていくという話がここ数年活発になっている議論です。再分配と地域内経済循環は、どちらか一方というわけではなく両方を進めていくことが重要だと思います。

  「多極集中」について、私の中で一番わかりやすいイメージは、ヨーロッパのドイツとかデンマークで、比較的大規模の都市から中小の町村まで様々な極がたくさん存在し、ある程度それぞれの極は集約的な構造になっている点で、「多極集中」に近い状況を実現しつつあると思います。私は今の日本は「一極集中」というより「少極集中」の状態であると考えています。地方都市の中でも、北から札幌、仙台、広島、福岡などは、東京圏並みかそれ以上に人口が増加しており、特に福岡あたりは東京圏よりも増加率が上回っています。また、去年はコロナの影響で軒並み地価が下がっているなかで、先ほどの地方4都市の地価はむしろ上昇してます。こういった状況が、一極集中というよりは少極集中と考えている理由です。人口が増えていた時代は、どんどん一極集中に向かっていましたが、現在は別の方向へ進んでいくような芽が出かかっているので、それを多極集中という姿にしていくことが、持続可能なモデルを日本で実現することに繋がると思います


近藤 地方と都市の非対称性・不等価交換についてですが、私がナイーブすぎるかもしれないけど、多分それは地方の何が実際に都市に利用されていて都市は地方の価値をどれだけ損なっているかが定量できていないのが理由じゃないかと思います。不等価交換を是正できればいいですけれども、単に「いくら払え」と言っても、既に都市の税収は地方にたくさん行っているわけで納得されないかもしれません。コストの負担をみんなが納得しようと思ったら、どの資本がどこに利用されていて、どれぐらいのコストになっているかを定量する必要があります。つまりそういった情報が「見える化」すればこの問題はある程度解決するんじゃないかと考えているのですが、その点いかがでしょうか。


広井 そこは非常に面白い点だと思いますが、私は短期で評価するか、中長期で評価するか、といった時間軸がポイントになるのかなと思っています。一次産品や食糧、自然の価値は、市場経済にゆだねると低く評価される構造があります。なぜ低くなるかというと、市場経済では一般に短期の時間軸で評価するからで、しかし自然の価値というのはかなり長い時間軸で評価しないとその価値が見えません。例えば、人が木を植えるのは、自分の子供や孫の時にようやく木が大きくなることを考えてやっている訳ですが、それは市場経済ではあまり評価されず、どうしても短期の時間軸で評価されてしまいます。ただ最近は、市場経済自体がESG投資のような形で、中長期の時間軸まで視野に入れる傾向が出てきています。そういった変化は期待が持てますね。


近藤 時間軸の評価は、ディスカウントや、次の世代の機会をいかに奪わないかといったことも含むでしょうか。


広井 そうですね。通常は金融市場というのはとにかく時間との競争というか一秒に何千回も取引が、わずかの利益を求めて超短期間にどんどん動くような世界です。私は経済を考えるときに、三角形の図を用意し、一番上が市場経済、真ん中がコミュニティ・世代間の連鎖、土台にあるのが自然として、下に行くほど時間軸が短期から長期になっていくようなピラミッドを思い浮かべます。その長い時間軸を、いかに経済の中に取り込んでいくかがポイントだと思っています。情報の非対称性によって市場が失敗することは、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツの有名な研究ですが、私はその情報の非対称性の根底には時間の扱い方の問題、つまり時間軸をどうとるかという失敗が生じているのではないかと思っています。だから、情報のさらに先には「時間をめぐる市場の失敗」があるのではないかと考えています。先ほどのピラミッドでいうところの、真ん中のコミュニティや世代間のつらなり、さらには最下層の自然そのものの価値は、もっと時間軸が長くなると思います。


近藤 なるほど。つまり、フローじゃなくてストックを保全したり、ストックを経済評価に組み入れることで解決する、ということでしょうか。


広井 そうですね。ストックと非常に重なるものだと言っていいと思います。言い換えると、人口や経済が拡大を続けていた時代というのはGDPというフローがどんどん大きくなる社会だったのが、今フローが伸びなくなっているのでストックに比重が移っているとも言えます。トマ・ピケティというフランスの経済学者が論じた[8]のも、まさにストックの問題の不平等について論じており、別の文脈ではストックマネジメントとも言われていますが、そういったストックマネジメントや評価とかストックの分配、その所有のあり方は重要な論点になると思います。


近藤 こういった分配・再分配の仕組みは、どれくらいの地理的スケールで可能でしょうか。


広井 私はよく、ローカルから出発してナショナル、グローバルと繋げていくような経済構造、と説明しています。つまりグローバル経済があってそれに合わせてナショナル・ローカルと降りていくのではなくて、ローカルなところから出発してナショナル・グローバルと積み上げていくのがポイントです。ただ、それだけですとローカル同士の不均衡とか貧しい地域、自然環境でも色んな資源に恵まれた地域とそうでない地域があるので、何らかの調整を行う必要があります。つまりローカルな地域が孤立して存在するのではなくて、次の階層へ積み上げる際に、それぞれの層で再分配的な仕組みを持っており、重層的に調整を行うということです。例えば、都市から農村にお金が流れる仕組みで現在存在している制度で言えば、国レベルで吸い上げた税金を地方に、特に財政力が貧しい地域に配分する地方交付税があります。あるいは、農業に対する補助金などもあります。そういった仕組みは私はまだ不十分だと思っていますけれど、存在しています。ヨーロッパなどでは、農業に対する助成制度もあり、そのおかげで農業がある程度サスティナブルになり社会の非対称性が緩和されているといった面もあります。そういう再分配をしなくてもそれぞれの地域がうまく成り立ち、循環して一定の豊かさが実現していくような自律的な社会が理想ですが、中々そうは直ぐには行かない面もあります。日本でも農業や林業から離職する人が後を絶たないといった話を聞きますけれど、介護なども同様で、そういう業種や労働人口の社会的なシステム全体についても考えていく必要があると思います。それと、こういった議論は自治体の規模や属性によっても大分変わります。私は自治体の規模を通常3つのレベルに分けて考えています。いわゆる東京のような大都市圏、人口が数十万程度の地方都市、農山村もしくは1万人以下の規模ぐらいの自治体です。もちろん、人口や規模は連続的で色んな中間的なレベルがあると思いますけれど、レベルによって、生態系との関りというのも様相が違うと思いますので、このあたりをどう整理していくかということも必要です。もう1つは、日本と世界でも違う局面があると思います。端的に言えば、日本は人口減少でアンダーユースとか、人がいないことで発生する課題に直面しています。一方、世界の状況はというと、先進国は人口はだいたい定常化・減少しているところが多いですが、発展途上国はまだ人口増加傾向があり、むしろ逆が多いと思います。世界を見たときに、日本の特徴をどう捉えて、人口減少や地域差をどう考えていくかは、やっぱり意識していく必要があると思います。

[8] トマ・ピケティ (2014) 21世紀の資本