回 専門家インタビュー Apr. 2021

ボトムアップアプローチで進める社会実装

竹内  グリーンインフラの防災機能に関する科学的知見については、社会の一般の人にも受け入れられているのでしょうか。


吉田  そこですよね。流域治水の中にちゃんとグリーンインフラを導入するのために、本当に今大事な局面だと思います。昨年度、1級河川で流域治水が始まりましたし、今年度は2級河川でも始まります。それぞれ進んではいますが、地域の人々、特に行政の河川管理の人たちにEco-DRRやグリーンインフラが認識されているかというと、やっぱりまだ十分ではないと思います。概念は多分もちろんご存じだと思いますけど、それを実際にそれぞれの地域の河川管理にどのように生かしていったらいいか、というところはまだ手探り状態だと思います。私たちも、そういう地域のステークホルダーと協働して何かできないかと考えています。例えば、滋賀県は嘉田由紀子さんが知事をされていた頃に、流域治水条例[14]を作っています。そのフォローアップ(条例の意義の再評価)を是非やりたいんですけれど、流域治水条例は治水や防災減災メインなんですよ。生態系サービスとか生物多様性は一切入ってないのです。治水と生態系をどうくっつけて、災害時だけじゃなくて平常時のメリットとして流域治水を押し出していくかという所を、滋賀県の人たちと今一緒にやりたいと考えています。

    その他、福井県の北川の霞堤[15]については、もうすぐ地元でシンポジウムをやるんですけれど、そこでは行政の人たちとか、あるいは地域の造園屋さんとか土木業者さんも来てくれるので、地域の技術としてグリーンインフラを実装できないかをこれから考えて行きたいと思っています。実際、北川の河川整備計画の中には、霞堤は位置づけられているんですよ。ただ、放っておくとやっぱり(霞堤の開口部を)閉めて欲しいという話が出てくるので、いやそうじゃなくて閉めないことが実は流域全体にとってはメリットがあるんですよ、それは防災減災だけじゃなくて色んな生きものとか生態系サービスとか色々メリットがあるんですよ、ということを見せていく所を今始めようとしています。

    福井県の三方五湖の場合は、自然再生協議会[16]が長年そういうことをやってきているので、それはある程度社会実装が進んだ段階です。協議会には地元の人もいるし、漁業者さんとか農業者さんもいるし、研究者もいるし、河川管理者も自然環境関係の行政の人も参加していて、みんな一緒に議論しているんですよ。いろんな立場の人が協議できるような場所があるので、そこで合意形成を取ったり、そこで皆で決めたことを手引書にしていくなどの実績が出来ています。

    千葉県は、環境コンサルタント企業と研究者が深く関わっている印旛沼流域水循環健全化会議[17]というのがあり、地域の中にEco-DRRとかグリーンインフラがどう位置づけられるか、自治体や地元住民にどうやって理解してもらえるかを進めているところです。


竹内  社会実装の中心の役割を持つのは、地域によって異なるバックグラウンドの立場の方というのが面白いです。


吉田  地域の色んな立場の人達が集まって協議できる場所が、それぞれの地域にあるというのが一番理想なんですが、あったりなかったりですね。例えば三方五湖の自然再生協議会はそれで出来ているんだけど、そういう地域はなかなかないんですよ。それを一から作るのは物凄い大変なので、やっぱり直近は行政の担当者にちゃんとインプットして政策に入れてもらうとか、あるいは市民団体の人たちがもう少しパワーを持てるように色んなことを一緒にやるとか、アプローチはいろいろです。多分地域によってツボは色々あるので、そのツボをちゃんと見極めて、大事なところを研究者が一緒にやっていくのがポイントですかね。向こうの人たちも、やっぱり研究者に対してこういう情報があったら自分たちの主張が客観的に証明できるとか、あるいはなんとなく思っていることをもう少し具体的な数字にして貰えるとかというニーズはあるんですよね。そういうことを聞いたり、あるいは別の地域でこんなことをやっていて、ここの地域でこういう事をやってみたらこういう新しいことが分かりましたよなど、情報交換したり、お互いに勉強しあう場所を作るのが重要なことです。これは、時間と労力がかかることですが、一旦関係性ができれば、合意形成も非常に取りやすくなるし、次のステップを皆で一緒に考えることもできます。こういった点が、超学際研究の”co‐プロダクション”かなと思います。

    私の地球研のプロジェクトは5年しかないので、地元との関係をゼロから作った所は1個も無いんですよ。みんなもう既に助走期間がある場所を選定して今のプロジェクトでバージョンアップするイメージです。


竹内  まさしく”超学際研究”のツボを教えていただいた気がします。地域のニーズには、生物多様性関連のものはあるでしょうか。例えばこの生物だけはずっといて欲しい、といった地域の愛着も含めて。


吉田  多分大事だと思う生きものはそれぞれ違いますし、地元の人たち皆で価値の合意をできるような生きものって中々いないですね。そういう地域で共通の価値をもつものは、バウンダリーオブジェクト[18]と呼ばれています。皆が共有して、シンボル種みたいな生きものをもつというやり方で、それはカエルだったりするわけだけど、私のプロジェクトではそれは特にやっていないです。ただ、例えばコウノトリのように、今まで生きもののことをあんまり注目してなかった人たちに対しても、ある程度意識を向けられるような生きものは確かにいると思います。実は丁度、北川でそれが起きています。


竹内  北川にコウノトリが来るようになったのですか。


吉田  そうなんです。研究を始めたから来てくれたような、すごいタイミングです。だから「コウノトリがここで子供を育てるために、水田の環境を良くしていこうよ」という話にすごく繋げやすい。つがいが来てくれて今営巣活動を始めています。まだ若いので上手くいくかわからないんだけど、コウノトリって大体毎年同じ所に来てれるので、それはありがたい動きだなと思っています。

[14] 滋賀県流域治水の推進に関する条例(平成27年施行)https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kendoseibi/kasenkoan/19531.html

[15] 霞堤:河川堤の一つ。堤防のある区間に開口部を設け、その下流側の堤防を堤内地側に延長させて、開口部の上流の堤防と二重になるようにした不連続な堤防のこと。

[16] https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/shizen/mikata-goko/kyogikai.html

[17] http://inba-numa.com/mizukankyoukenzenkagaigi/mizukankyoukenzenka/kousei/

[18] コミュニティ同士もしくは異なるコミュニティやシステム間の境界(バウンダリー)をつなぐシンボルとなるもの