回 専門家インタビュー Apr. 2021

iPhoneの年間売り上げ高 >全世界の保全にかかる費用:国際的な資金調達メカニズム

竹内 生物多様性条約(CBD)でも資金調達メカニズムは大きなトピックで、特に遺伝資源の公正な利用(ABS)[10]はその役割を期待された制度だと思います。一方、各国でのABSに関わる法整備は、進む国と進まない国がありますね。


大沼 ABSの状況は、1992年にCBDが発足した時代とは様相が変わってしまった、というのが一つあります。1990年代以前は、医薬品産業では天然物由来の遺伝資源で研究開発を行っていましたが、現在では、大手製薬会社は非天然物を使った創薬にシフトしてしまっています。当時は、天然物利用の創薬が非常に強力だったので、遺伝資源を利用して得られた利益を配分することで、途上国の保全のインセンティブにつなげよう、という動きがCBDには反映されました。しかし、最近は創薬での利用が大きく減ったので、いくら規制を厳しくし利益配分しようとしても、製薬ではおそらくかなり効果がなくなりつつあるんじゃないかと思います。むしろ、学術的な研究に対する負の影響というのが非常に大きくなっている面も指摘されています。そういう意味では、ABS制度というのはあまりにも時間がかかりすぎたかなと思います。名古屋議定書の発効まで20年以上かかっていますしね。

   資金調達メカニズムで多く議論されているのは、各国の拠出金を幾らにしようとかいう、各国政府の裁量的な資金調達で、これは国の財政状況に影響されるので持続性が担保できないのですね。つまり、市場のなかで利用するとお金が発生するという自律的な仕組みが必要になってきます。そういう意味で、ABSが期待されていたというのがありました。ただ、さっき言ったように医薬品産業というのは非天然物由来の創薬というのにシフトしていますので、もはや利益の還元による保全には期待できないという所があるんですね。だから別の資金調達メカニズムというのは大事だと思いますね。


竹内 他のシステムを構築しようという動きはあるのですか。


大沼 以前からある議論では、国際連帯税[11]があります。それは、何らかの形でシステムとして集めたお金を途上国に回すという仕組みなんですね。今実施されているのは、航空券連帯税[12]というもので、日本は残念ながら入っていないんですが、アジアでは韓国が加入しています。要するに、国際線の航空チケットを買ったらそれに税金が課されていて、それはファーストクラス、ビジネスクラスだと高いですが、エコノミーだとそんなに高くないものです。なぜならば、国際線というのは所得が低い人は乗らないじゃないですか。しかもエコノミーじゃなくて、ビジネスとかファーストクラスだと10ドルとか20ドル払っても気にしない人が多いので、それを集金するという発想です。これは税金としては強い累進性を持っています。だから集まったお金の大部分は、お金持ちだけが出している形になります。この税金が何に使われていたかというと、途上国の子供のAIDSの治療で、かなり効果を上げているんですよね。だから、そういった形の資金調達を自然保護でもやりましょう、というのが当然動きとしてあります。世界のGDPというのは現在、87兆ドルぐらいなんですけれど、年間1千億ドルあれば生物多様性はかなり保護できると言われています。この1千億ドルは、GDPの0.2%程度なので出せる額ですが、出すメカニズムがないのが現状です。そのメカニズムを何とか作って、それを生物多様性問題の非常に深刻なところに投入して守ろう、ということが以前から言われています。拠出メカニズムの議論では、トービン税というのがあります。1980年代にノーベル経済学を受賞したトービンが提唱していた税制で、世界全体の為替取引にちょっとだけ税金をかけよう、というものです。例えば、1ドル=110円で為替の取引が行われているとすると、5銭~6銭の税を1回の為替取引にかける、といったことです。トービンがこの考えを提唱した頃は、まだ固定為替相場制でしたが、変動為替相場制に移行するに当たって、為替取引にすごく投機的な動きが出てくることが懸念されていたので、この税金をかけて少し取引全体を抑えようというねらいがありました。今は、トービン税も含め、株式取引にも課税する金融取引税として集められたお金を気候変動とか自然保護とかそういった国際的な基金の原資にしましょう、という議論もあります。大体年間GDPの10倍ぐらいの為替取引があったとすれば、700兆から800兆の為替取引があるわけです。そこに税金を0.1%かけても7千億ドルとか8千億ドルとかになり、0.01%でも1千億ドルに近いわけですね。0.01%は、1ドル=110円で為替取引したときに1銭です。為替取引は、貧しい人はやらないわけですから、払えるわけです。こういった極めて薄くお金をとって、自然保護に使うという資金調達のシステムは、制度設計が容易で、一方で莫大な収入が得られるので、私は一番即効性があると思います


竹内 実際にトービン税が導入された事例はあるのですか。


大沼 これは、まだ導入されていません。EUで金融取引税というのが本当は5年ぐらい前に導入されるはずでしたが、やはり反対が強くてダメでした。以前スウェーデンでは金融取引税を導入したことがあるのですが、当然ですが、一国だけで導入すると、今度はそこにお金が入ってこなくなります。例えば、日本に金融取引税を入れたとすると、投資ファンドというのは1%以下の利ざや[14]でお金を動かしますから、外国からは資金が入ってこなくなるんですね。その資金が外国に逃げてしまうんですよ。逆に言うと、ほかの国が金融取引税を入れている時に自分の国で入れないとものすごいお金があつまってきます。ですので、一国だけで導入しようとしてもダメで、世界で統一的に導入にしないとうまくいきませんから、そこは難しいです。統一的に導入するという国際協調も経済の中では大事な話になると思いますね。


竹内 いろんなシステムの構想があるのですね。即効性があるという点では魅力的だと思いました。


大沼 そうなんですよね。例えば、保全に必要な費用の1千億ドルってiPhoneの全世界の年間売り上げより少ない額です[15]。みんなスマホにはお金出しているんですよ。生物多様性保全にもメカニズムがあれば出せると思います。

[10] 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分 (Access and Benefit-Sharing)

[11]気候変動や貧困、疫病などの地球規模の問題への対策資金を創出するための、革新的資金メカニズム(IFM)構想のひとつ。

[12] 航空運賃に対して一定額の税を賦課して、その税収の一部または全部をHIV・結核・マラリアという感染症で苦しむ発展途上国に医薬品を提供するなどの支援に利用される税制。フランスや韓国、アフリカ諸国等で航空券連帯税が導入されている。

[13] 1981年にノーベル経済学賞を受賞

[14] 売買によって得る利益のこと。

[15] 2020年の売上