回 専門家インタビュー Feb. 2021

「自然共生社会」:社会の理解を得るための課題

竹内  中静先生は、これまでも多くの自然共生に関するプロジェクトに関わっていらっしゃいましたが、自然共生社会への科学的・社会的理解は今後どのように進展していくと考えていらっしゃいますか

中静  社会的には、生物多様性の保全の意義について一般社会の理解が得られているとは言えない状況です。自然共生社会の意義についても「自然を守りましょう」とか「生きものを大切にしましょう」では、普通の人たちにおける理解は今一つ進まないのではないかと思います。だから、広い意味で「生きものを含んだ持続可能性」を考えないと、「人間が困る」とか「経済的に損をする」ということを訴えないと一般の人たちはついてこないと思います。特に、一般の人が考える生物多様性の問題は「絶滅危惧種を守りましょう」とか「優れた自然を守りましょう」とか「外来種をなんとか駆逐しましょう」みたいなものだから、そういう意味で、自然共生と言っても社会的な共感は得られないでしょう。だから、生物多様性の問題を、「自然のための自然」だけでなく、どのように「現実の、社会のための、人間のための、自然の意味」として出せるかが重要だと思っています。そういう意味では、S15[8]でやってきた生態系サービスや自然資本のシナリオ分析などに基づく社会設計のようなものが、これから先の生物多様性行政でも求められるようになるということだと思います。

竹内  このプロジェクトを始めるにあたって、MSVのリーダーが私たちのグループへ投げかけた質問の中に「なぜ絶滅危惧種を保全しなければいけないのか」という内容があり、そもそも生物多様性の保全の意義が理解されていないことを実感しました。まずは、社会のリーダーたちを説得する必要があるということでしょうか。

中静  材料はあると思います。今回問題になっているCOVID-19のようなパンデミックを避ける対策を考えることは、実は生物多様性の問題で、生物多様性は適切に利用しないと大きな問題になる、というようなことを正しく評価する必要があると思います。それと、前々から言われているように、都会は生物多様性や生態系サービスにただ乗りしていると考えています。今日本が進めようとしているカーボンニュートラルでは同じ問題が起こります。持続可能なエネルギーは人口密度の低い所で生産し、そこから輸送されたエネルギーを都会の人が使っているわけです。水、食べ物も同様で、都会は自立できていないのです。今の社会システムにおいては、経済的な強弱から、都会は色々なものを外部に依存しているにも関わらず、安く手に入り、逆に田舎は本来ならそれを生産できるはずなのに、経済的な理由から外から輸入しないと生活できないようになっています。しかし、生態系サービスとか生物多様性の恩恵を直接的に享受できるのは田舎であるので、実際は田舎では地域の中で循環させることはできるはずです。地方では、よく地産地消といわれますが、地域で消費するだけではなく、都会に対して売ることができるものはたくさんあります。例えば、都会の人たちは水自体ではなく水道のインフラに対してのお金しか払っていません。都会は、お金があるからエネルギーも外から買えているのですが、炭素税やカーボンプライシング[9]が厳しくかけられたらそれは難しくなってしまいます。田舎の人たちは、エネルギーも水も食糧も自給できます。防災のような生態系サービスについても同じことが言えます。それを前提に、地域的な不均衡がある状態を解消していかないと、自然共生は実現できないと思います

同じようなことが途上国と先進国の間にもあって、輸入しているものは安い値段で買えるけど、その安さは途上国の自然を壊す非持続的な方法であるとか、途上国の人たちが充分な収入を得られないなどの前提に成り立っているものが多数存在します。これらの不均衡は、生態系サービスや自然の使い方をゆがめていると思います。これを止めようという動きが金融業界に広がっていて、製品につくエコラベル認証制度[10]、ESG投資[11]などがありますが、これの流れは今後も強まると思います。そうなったとき、都会は本当に外に売る価値のあるものを作れるか、という話だと思います。そういうことを含めて「自然共生社会」を構築する必要があります。だから、「生きものの保全」といったナイーブな話だけでとどめると、社会的には普及も実現も難しい気がします

竹内  生態系サービスの評価が低いことや、自分の住む地域では資源の収奪をせず、外で収奪する資源の外部化の問題の解消には、プライシング等を通じた生態系サービスの内部化が必要になってくるかと思います。これまでも「生物多様性の主流化」のように、内部化の試みはあったと思いますが、なかなか上手くいっていないのはなぜでしょうか。

中静  これまでの環境問題を振り返ると、公害の汚染者による水質処理のコスト負担の必要性が明確になったことと同様、現在の二酸化炭素の排出も経済に内部化する必要性がはっきりしたという経緯があります。最期に、生物多様性を内部化することに関しての問題が残っているのが現状です今回のCOVID19は内部化する絶好の機会で、何が感染症のリスクを高めているのか、なぜパンデミックが発生するのかについて、原因とその作用を明らかにし、それを内部化することが重要だと思います。内部化する必要性のある事項が増えているのは間違いないですが、生物多様性の内部化には時間がかかります。

竹内  社会の認識を高めることが一つのブレイクスルーかもしれないですね。

中静  ブレイクスルーとしては、COVID19はよい機会だと思います。都会は刺激的で毎日お祭りみたいな生活ができる一方で、リスクを伴っていることも今回わかりました。他にも、例えば、ストレスなどの人間の心の健康なども含めて、データからそれらのリスクとその防止にかかるコストをも評価しないといけないような気がします。

竹内  生物多様性の問題は、気候変動分野と対比されることが多いですが、最も異なる点は、生物には「文化」の要素があることだと思います。例えば、感性やインスピレーションを受け取るとか、生態系のある景色に愛着を感じるとか、俳句に読まれているとか、文化の基盤や重要な要素ともなっています。そういった文化があることで生活が豊かになる・幸福になることの指標化が、ひとつ大きな研究の方向性かと考えています。この点はいかがでしょうか。

中静  ローカルな人達が感じているローカルな文化のアイデンティティとか、ローカルですごく大事なものとかは、グローバルな価値化が難しいと思います。例えば、ある町の人にとってはすごく大事だけど、隣町に行った途端に価値の無くなるものはたくさんあると思います。そういうものは、最後の最後まで価値化が難しいと思いますが、その前に、隣町と共通の価値を持つもの、うちの町にある価値のあるものを隣に売れるよ、というものが結構あると思います。要するに、観光とか特産物とかってまだまだ開発されるべきものがあって、そういう文化的なものから入っていけばよいと思います。S15の私たちの課題は、生態系サービスの中でも特に、今まで価値化されてこなかった文化的サービスを定量化したり、価値化したりする課題でした。例えば、どの山に登るのかについて、ビッグデータで解析したり、キャンプ場が流行る要素を研究したりしています。他にも、学校の野外学習で東京の人たちはわざわざ沖縄とかまで行ったりしています。そういった価値を測れたらいいなと思いますし、地域の人たちももっと評価していい、という気がしています。

東日本大震災後に、防潮堤ができた町はたくさんあります。震災後、最初の頃は家を失った人々はパニック状態もあって、防潮堤を構築する計画が固まっても誰もあまり反対しませんでした。最近になって、気が付いてみたら、今まで海水浴場で使っていた砂浜がなくなったり、たくさん来ていたサーファーが来なくなったり、そういったときに、防潮堤を作ったことで何を失ったのかが初めて分かるのです。そうした価値は、災害の前から地域の人たちで意識して評価しておく必要があると思います。

産業でいえば、干潟みたいなものを失うことで、潮干狩りだけでなく、漁業資源の涵養にどういう影響を受けるのか、が重要なところですが、産業にその文化的な側面が結びつく可能性があるのか、についてもう少し研究したほうがよいと思います。あとは例えば、お祭りのような地域独自の文化みたいなものも、商売になっていますよね。

[8] 環境研究総合推進費プロジェクトS15 社会・生態システムの統合化による自然資本・生態系サービスの予測評価 http://pances.net/top/

[9] カーボンプライシングとは、気候変動の原因となる二酸化炭素排出のコストを内部化するために、炭素排出量に応じた課金システム。炭素税なども含まれる。

[10] 生態系・環境に配慮した経営・管理で行われている産業を認証するシステム

[11] 環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)に配慮している企業行動を重視・選別して行なう投資