回 専門家インタビュー Feb. 2021

国立研究開発法人森林研究 整備機構理事長 森林総合研究所 所長 中静 透 さん


専門は森林生態学、生物多様性科学。熱帯林および温帯林の動態と更新、林冠生物学、森林の持続的管理と生物多様性、気候変動の生態系影響などを研究。京都大学生態学研究センター教授、総合地球環境学研究所教授、東北大学生命科学研究科教授、総合地球環境学研究所プログラムディレクター・特任教授などを経て 2020 年より現職。



インタビュア:竹内やよい(国立環境研研究所 生物多様性領域 主任研究員)


「自然共生社会」の概念の背景:日本の里山からグローバルな里山へ

竹内  「自然共生社会」は私たちのチームビジョンの根幹にあるので、その概念の背景からお伺いしたいと思います。少し調べたところ、「自然共生社会」(Living in harmony with nature)は、21世紀環境立国戦略[1]の中で、「低炭素社会」と「循環型社会」と同じく提起されているようですね。

中静  当時日本では、「環境立国」としてその3本柱が打ち出されました。環境省が作った意味での「自然共生社会」はCBD-COP10[2]でグローバルに承認され、ポスト愛知[3]の2050年のビジョンの中にも入っています

竹内  自然共生社会」としてイメージされるのは「里山」で、日本人としてはイメージしやすいものです。これは欧米では理解されにくい概念なのかな、と感じておりましたが、国際社会で承認されていることには大きな意味があると思いました。国際社会でこの概念が浸透していったところには、何か背景があるのでしょうか。

中静  2007年~2010年当時に提唱していた「自然共生社会」は、生物多様性や自然が失われていくことに対して、伝統的に自然と付き合ってきた日本(里山)をモデルとしています。里山が生物多様性にとっても、自然にとっても良いものであるという発想でしたが、今から考えるとナイーブだったように思います。最近、環境省は第五次環境基本計画[4](以下、第五次基本計画)で地域循環共生圏」を提唱していて、これは、循環社会と低炭素社会と自然共生の3つを一緒にして、より地域(ローカル)中心に考えようというコンセプトを打ち出しています。私は、自然共生社会よりも地域循環共生圏の方が現実的な気がしています。

    国際社会における「自然共生社会」の浸透には、紆余曲折がありました。ヨーロッパにおける自然に対する考え方は「共生」と言い切れないですが、それでもヨーロッパが「里山」的な考え方に同調していました。反発があったのは途上国からで、「伝統的なシステムでうまくいっているから、それを継続して、途上国のままでいるべきだというのか」といった主張がありました。この議論を踏まえて、「伝統的なシステムに学びながら良さを取り入れて自然も守り、農林水産業を中心とした生活もちゃんと維持することができるシステム」あるいは「森林を破壊して非持続的な農業を行うのではなく、持続的な農林水産業を営んでいくシステム」という意味での自然共生社会という表現に変えたことで、途上国からも賛同を得られるようになっていきました。そうして、途上国中心に里山の概念が広まり、「Satoyama」が国際語になりましたが、主流化という点ではまだ不十分だと思います。「Satoyama」は、グローバルには生物的な資源の持続的利用を意味し、農業・林業・水産業で資源が持続可能に利用できて、調整サービス[5]や文化サービス[6]も享受できている状態を指していると思います。

竹内  今議論されているポスト愛知ビジョンの中の自然共生社会では、「自然のための自然」、「社会のための自然」、「文化のための自然」という3つの要素を考えています。これには割と欧米的な考え方が含まれているような気がしています。元々の「里山」的な「自然共生社会」は、生態系利用のバランスを重視しているもので、自然と社会は連続的であったと思いますが、ポスト愛知の中の自然共生社会の3つの要素は重複しているものの、根っこには自然と社会の“境界”が含まれた考え方であるように感じましたが、いかがでしょうか。

中静  そうだと思います。最初に「生態系サービス」の概念を打ち出したのはヨーロッパとかアメリカの人たちで、サービスという単語から分かるように、経済のコンセプトから来ています。最近はIPBES[7]でもサービスが経済的な価値のようなものに偏重しない方がいいと認識されていて、用語も「生態系サービス」から「NCP(Nature Contributions to People)」に移行しています。2010年以降に生態系サービスの経済評価が進んできたけれど、文化的なものとかグローバルな経済価値では測れないものが沢山あるし、自然そのものにも存在価値がある。それらを大切にしよう、という考え方になってきたのだと思います。

日本の里山のように「人間による適度な攪乱があるところで、多くの生物種が生息している」のは、日本の地史的な理由によるものです。大陸から移入した乾燥や攪乱に適応した種は、氷期後の気候では生存できずに絶滅するはずでしたが、人間による定期的な攪乱が繰り返されたことで、生存し続けました。現在は、里山が衰退して、農林業のやりかたが変わっていったことで、それらの種がまた消えていっているという特殊な事情があります。これが世界中で成り立つかというと恐らくそうでありません。例えば、マレーシアの熱帯雨林みたいなところでは、チョウの多様性は焼き畑を行っている場所より原生林のほうが高くて、日本のように森林を伐採した時に種数が増加することはありません。地域の生物多様性は、その地域の自然と歴史的な経緯で異なるため、日本の環境省が日本的な里山を提唱した時には私自身も「日本的な里山で生物多様性が豊かになるということはユニバーサルに成り立つものじゃない」と発言してきました。だから、人間が使ったらその分だけ生物多様性も減って不安定になってしまうような生態系はたくさんあります。人間が利用すると生物多様性が高くなるというようなことにはこだわらずに、人間は生態系を利用しないと生きていけないから、「生態系を上手に使うための技術」として、里山がグローバルに認められたのだと思います

あと、このシステムが長い時間営まれてきたということは、いろんな方法を試行錯誤する中で見出されたシステムである可能性があります。例えば、本当に極端な農業をやると、生物的あるいは物質循環的に成り立たなくなり、そのシステムは滅亡してしまいます。このようなことは、今まで歴史上で何度も繰り返されています。例えば、ギリシア時代の森林の使い方は略奪的で、レバノンスギを求めて生育する場所に戦争を仕掛けて奪う事の繰り返しの歴史がありました。そのような略奪を転々としていたのが地中海の歴史で、14世紀~16世紀頃のヨーロッパでは、木材がなくなると、植民地で足りないものを得てきたわけです。その点、日本は特殊で、16世紀頃から鎖国したので自給せざるを得ない状況になったわけです。例えば木材採取のため森林を過剰利用すると洪水や土砂崩れ(生態系の調節サービスの劣化)が発生したために、江戸時代の人たちは木を伐りすぎてはいけないということに初めて気がついて、そのための植林も始めています。日本では植林の歴史は実は古いのです。ヨーロッパでは、18世紀ぐらいに過剰利用で森林が消失し、植林が始まります。両方とも資源問題はありますが、日本での植林の動機は調節サービスの復元も大きかったのですが、ヨーロッパでの動機はレクリエーション、つまり森がなくなって歩く場所がなくて寂しい、ということでした。どの生態系サービスを重視したかで、ヨーロッパと日本で植林の由来は違うのです。(詳しくは 中静・菊沢 2018)

竹内  やはりニーズは文化的な面もあり、土地ごとに自然との関わり方は違っていたのですね。自然共生社会と一言で言っても、社会のニーズと歴史的なものなど、色々なものが合わさっているので、自然共生社会のビジョンも世界共通である必要がなく、一つ一つ社会で考えるものかもしれませんね。

中静  その地域にあった共生のしかた生態系の利用のしかたがあると思います。その場所の価値観は、どういう生態系サービスを重視してきたかによって全然違うでしょうし、自然の問題や歴史的な問題も背景としてあるでしょうが、歴史上でシステムを変えた際に、あまりにも急激な変化があるものや、持続性がないものは淘汰されるというのは間違いないです。そういう意味では、日本の里山にしても途上国の農業のやり方にしても、恐らく100年とか1000年という単位でずっと持続してきたわけで、そういう点では、ある程度評価していくべきだろうと思います。自分たちが利用したい生態系サービスを利用することを前提として、その他の生態系サービスも含めてどうやって持続性を高めるのか、が今必要な議論だと思います。

[1] 2007年に閣議決定 https://www.env.go.jp/guide/info/21c_ens/21c_strategy_070601.pdf

[2] 生物多様性条約(CBD) 第10回締約国会議(COP10)は日本が議長国となり、2010年に名古屋市で開催された。CBD-COP10において地球上の生物多様性を保全するための国際的な目標である「愛知目標」が採択された。

[3] 2020年以降の生物多様性の世界目標となる「ポスト愛知」の草稿はCBD事務局より発表されている https://www.cbd.int/article/zero-draft-update-august-2020

[4] https://www.env.go.jp/press/files/jp/108982.pdf

[5] 生態系の機能によって、大気質、気候、災害を調整するサービス

[6] 人間が自然にふれることで得られる文化的なサービス

[7] 生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム