8回 専門家インタビュー June. 2021

京都大学こころの未来研究センター教授 広井良典さん


専門は公共政策・科学哲学。医療や福祉、社会保障などの分野に関する政策研究、死生観や時間、ケア、コミュニティなどの原理、定常型社会=持続可能な福祉社会・社会像の構想まで幅広い研究に取り組んでいる。「鎮守の森・自然エネルギーコミュニティ構想」など地域活動にも取り組む。主な著書に、「人口減少社会のデザイン(東洋経済新報社、2019)」、「ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来(岩波書店、2015)」、「定常型社会-新しい「豊かさ」の構想 (岩波新書、2001)」、など多数。近著に「無と意識の人類史」(東洋経済新報社、2021)。

日立製作所 研究開発グループ人工知能イノベーションセンタ

主任研究員 福田幸二さん


専門は複雑系科学、人工知能(AI)。2005年東京大学大学院博士課程修了(博士(科学))。日立製作所中央研究所に入所後、AIの研究に携わり、2016年6月より京大‐日立の産学連携拠点である日立京大ラボにおいて、超スマート社会(Society5.0)の実現に向けた政策提言AI及び自律分散システムの研究に従事2021年4月より現職。

日立コンサルティング スマート社会基盤コンサルティング第2本部

シニアコンサルタント 須藤一磨さん


間接材購買コンサル企業にて、地方の宿泊施設や小売店等のコスト改善業務を経験し、2016年より現職。現在は、自治体関連の調査研究や日立京大ラボ等の共同研究を通じて、Society5.0実現に向けた検討・実証等の活動に幅広く参画。

イ‌ン‌タ‌ビュ‌ア‌:‌

近藤 倫生(東北大学大学院生命科学研究科 教授)

村岡 裕由(岐阜大学流域圏科学研究センター 教授)

桑江 朝比呂 (港湾空港技術研究所  沿岸環境研究領域 沿岸環境研究グループ長)

竹内やよい(国立環境研研究所 生物多様性領域 主任研究員)

土居 秀幸 (兵庫県立大学情報科学研究科 准教授)

中村 圭吾 (土木研究所河川生態チーム上席研究員/自然共生研究センター長)

深谷 肇一 (国立環境研研究所 生物多様性領域 主任研究員)

AIシミュレーションから考える未来の社会像

竹内 前回の広井先生のインタビュー[1]では、定常型社会、多極集中型社会、地球倫理といった日本の社会像やその背景についてお話を伺いました。今回はAIシミュレーションを使った未来社会の予測に関するご研究[2]と、それを政策提言や社会実装につなげた事例についてお話を伺いたいと思います。まず、この研究の背景についてお伺いできますか。


広井 前提的な知識として日本の人口のトレンドについてお話します。まず明治時代以降、人口は急激な拡大増加傾向でしたが、2008年をピークに人口減少社会に入りました。現在の出生率が続けば、2050年過ぎには1億人を切って更に減り続けるということになります。日本の人口の時間変化は、ジェットコースターのような図になっていて、我々は今、落下する手前にいる状況です。今後も落ち続けるとなると、大変だということになるわけですが、私はそれは必ずしもマイナスばかりではなく、様々なポジティブな可能性がこれからの時代には秘められていると思っています。私たちが今生きている時代は、従来の人口増加の時代とはある意味では真逆で、まさしくターニングポイントといいますか、従来の延長では未来が展望できないような局面に立っていることは確かだと思います。この研究の出発点は、端的に言って「2050年に日本は果たして持続可能なのだろうか」という問いでした。率直に言って、私自身も日本社会の持続可能性はかなり危うくなっていると思っています。危うくなっているというのは、特に政府の借金がGDPの2倍、要するに高齢化で社会保障の費用がどんどん増えているにも関わらず、それに必要な税金を払わずに将来世代にツケを回しているということです。これは持続可能性という面で由々しき状況だと思います。それから、格差と貧困です。貧困世帯の割合はずっと減っていましたが、95年を境に増加傾向にあります。最後に、社会的孤立です。世界価値観調査[3]という有名な国際比較調査では、家族を越えた繋がりとか支えあいの意識といった社会的孤立を測る項目で、日本は残念ながら先進諸国の中で一番悪い結果でした。コミュニティや社会的な繋がりというものが、今希薄になっていることも、持続可能性を下げる要因になっています。

   こういった状況を踏まえ、2050年に向けて「持続可能シナリオ」と「破局シナリオ」があった場合、破局シナリオに行ってしまう蓋然性が、今のやり方を続けると十分大きいのではないかと考えていました。では、AIを使って持続可能シナリオに持っていくには何が必要かを出せないかということで始めたのがこの研究でした。


竹内 具体的なAIシミュレーションのシナリオ構成の検討は、どのように進められたのでしょうか。


広井 AIを活用した未来の構想・政策提言のグループは、私と、AIの技術そのものを開発された日立製作所の福田さん、社会実装でAIのモデルを大きく進化させた日立コンサルティングの須藤さんです。私にとっては非常に幸いだったのですが、2016年に日立京大ラボというのができて、AIのエキスパートの福田さんが常駐されることになりました。これがAIを使って持続可能シナリオの共同研究の始まりです。最初のシナリオでは、特に①人口の持続可能性、②財政・社会保障の持続可能性、③地域の持続可能性、④環境や資源の持続可能性に注目し、持続可能であるためには何が必要か検討しました。この時、私にとってもやや意外だったのですが、東京一極集中のような都市集中型か地方分散型かというのが日本社会の未来の持続可能性にとって最も大きな分岐であるという結論が出ました。この結果は2017年に公表したのですが、その時点で8~10年後の2025~2027年に分岐が起きるという結論に達しました。また、このAIシミュレーションでは、人口・地域の持続可能性や健康、幸福、格差の観点から地方分散型が望ましいことも分かりました。去年コロナが流行しましたが、ある意味コロナで浮き彫りになった課題と、この集中と分散というのは繋がっているのではないかと思います。


竹内 「都市集中型シナリオ」の方に進むと、なぜ持続可能ではなくなるのでしょうか


広井 「都市集中型シナリオ」というのは、主に都市の企業が主導する技術革新によって人口の都市への一極集中がさらに進行し、地方は衰退するといったシナリオです。出生率の低下と格差の拡大がさらに進行し、人の健康寿命や幸福感は低下するものですが、ある意味では東京独り勝ちといいますか、大都市圏だけに資源を集中させることで一見財政は持ち直しますが、東京は日本の中で出生率がもっとも低いため、結局人口はどんどん減り、「持続可能」とは言い難い状況です。一方、「地方分散型シナリオ」では地方へ人口分散が起こり、出生率が持ち直して格差が縮小し、個人の健康寿命や幸福感も増大します。ただ、地方分散を維持していくには細心の注意といいますか、継続的な政策対応が必要となります。望ましいと思われる「地方分散」の方向に向かうために、どういうものが重要かというのも出したのですが、やはり環境関係、再エネ、まちづくり、地域公共交通、文化や倫理、資産形成、社会保障といった要因が上位に挙がりました。AIシミュレーションの結果では、都市集中型・地方分散型の分岐の後にもう一段の分岐があって、2段階目の分岐後に、また一番持続可能な方向に持っていくには、地域内経済循環というかヒト・モノ・カネがローカルに循環するような要因が重要であることが浮かび上がっています。要するに、さっきの人口増加の話に戻ると「集団で一本の道を登っていったような」時代から「山頂に登れば道は分かれてもっとそれぞれが自分の道を自由に自己実現していく」時代に転換するというイメージに重なるかと思います。

[1] https://sites.google.com/view/eco-socio-symbiogenesis/専門家インタビュー/第6回_01

[2] 広井 良典/須藤 一磨/福田 幸二【著】(2020) AI×地方創生―データで読み解く地方の未来. 東洋経済新報社

[3] World values survey. https://www.worldvaluessurvey.org/wvs.jsp