回 専門家インタビュー Apr. 2021

新しい「分散型社会」「多極集中型社会」とデジタル技術の役割

竹内 「分散型」「多極集中型」の社会では、地域内で経済が循環した社会だと思いますが、地域活性化や地域外との交流では、例えば特産物などの地域らしさや独自性をうまく取り入れる、ということも重要かと思います。その時、「地域の独自の生態系の恵みや生物多様性」を活用することができて、それが地域の人々の”生態系や生物への関心”にもつながるのではないかと考えています。そういった地域の独自性を掘り下げて行くような議論や動きはあるでしょうか。


広井 これはまだまだ不十分で、プラスマイナス両方あると思います。地方創生は日本でも重要な課題となっていますが、近年では、SDGsの理念に沿った形の地方創生の取り組み、「SDGs未来都市[9]」の制定も始まっています。よく挙がる例では、岡山県真庭市の里山資本主義[10]を掲げた取り組みなどがあります。真庭市は、典型的な中山間地域で人口減少の問題もありますけれど、歴史的に林業が盛んな地域で、最近では木質バイオマス産業[11]などで経済的な収益も得ていて、移住者が増えている傾向も見られています。そういった、よい動きの例が全国にいろんな形で出てきています。

  「鎮守の森プロジェクト」では、再生可能エネルギー、特に小水力とかと結びつけて展開できないかと考えていますが、その形態は地域によって様々な形のものがあると思います。希望を込めていうと、ゼミの学生などを見ていて、今の若い世代の人たちの中にはローカルというか地域に関心を向ける層が相対的に増えているように感じてきましたので、そうした人材をいかにバックアップし、若い世代のローカル志向を発展させていくかというのが課題だと思います。


竹内 Society5.0[12]で言われているようなデジタル技術、IoTとかICTなどの情報インフラは「分散型社会」や「定常型社会」に馴染む考え方で、今後相互作用をもって分散型社会を促進する方向にいくでしょうか?


広井 これは思っていることがいくつかあります。まず、「分散型社会」の必要性は従来から言われ続けてきていたにも関わらず、実はずっと実現していませんでした。日本は、高度成長期から一極集中ではいけないというのが言われてきたのですが、むしろ一極集中が進んでいきました。2008年が日本の人口のピークで、その後人口減少社会に突入したということは極めて重要です。要するに、人口や経済が大きくなり続けていた社会というのは、言い換えるとすべてが東京に向かって流れていた時代であり集権化がどんどん進んでいた社会でした。一方、人口減少社会では、これまでの人口や経済が増加を続ける時代とは逆の流れが進んで行くということですね。極端なことをいえば、今後は自ずと分散型になる構造があるのではないかと、希望もこめて考えています。ただ、従来から言われてきた分散型というよりは、新しい分散型に向かう局面だと思っています。新しい分散型というのは、単純に言うと3つ考えています。1つは、デジタル化です。デジタル技術というのは、それこそオンライン、テレワーク、ワーケーションなどが浸透していますが、そういう従来できなかった「分散型」を可能にする、促進しうる側面を持っているということです。2つ目は、やはりエネルギーの分散化です。現在、脱炭素の話も盛んですが、エネルギーシステムが分散型になっていくということは今後重要な流れだと思います。それからもう一つ今後無視できないのが、高齢化の進行によって重要性が増す福祉や医療です。福祉や医療サービスは、基本的にローカル、つまり1人1人の人間を相手にするわけですから分散型です。これらのデジタル化、エネルギーの分散、高齢化社会における医療・福祉は、いずれも分散化に向かうものだと思いますので、これらが「新しい分散型」だと考えています。


竹内 デジタル技術や情報インフラは、新しい「分散型社会」を支援するもので、上手な利用はシナジーを持って、新しい形の社会を形成する方向に進むことが期待できそうですね。新しい分散型社会を進めていくステップとしてカギとなるのはどのような産業だと考えられますか。


広井 それは「生命関連産業」だと思います。まず、この言葉の背景から少しご説明したいと思います。もともと私は、科学史・科学哲学といって文系と理系の中間のような領域が専門で、中長期のスパンでものをとらえる傾向があります。科学史でいうと、17世紀に科学革命が起こって以来、その後パラダイムが、物質・エネルギー・情報と時代ごとに変遷してきました。まず、「物質」というのは、主にニュートン力学系のことです。その次に、熱や電磁気を説明するために「エネルギー」という概念が作られて、それが19世紀の工業化社会や石油の利用や電力を導いていきました。そして、20世紀半ばには「情報」というコンセプトが浮上し、技術的応用と社会的普及が進んでいます。今しきりに「デジタル」と言われているのがそれですが、私は少し距離を置いて見るところがあり、実は情報はすでに成熟段階に入っています。そして、ポスト情報化時代の基本コンセプトは「生命」と私は考えています。コロナにしても、これは少し逆説的な意味も含めてですが、生命という時代が見えてきているように思います。「生命」というのは生命科学といったミクロの意味もありますが、生態系などのマクロの意味、あるいは英語の「LIFE」のように「生活や人生」という意味も含んでいます。ここで重要となるのが、「生命関連産業」あるいは「生命経済」で、さしあたって5つの分野を考えています。1番目はやはり「健康・医療」の分野で、コロナとも関係しますね。2番目は「環境」です。3番目が高齢化が進んでいるので「生活福祉」、4番目が「農業」、5番目が「文化」です。最後の「文化」をなぜ生命のカテゴリに入れるかといいますと、ドイツのメルケル首相が「コロナの後も文化は絶やしてはいけない。なぜなら文化というのは人間の生命維持にとって不可欠だから。」と言っているように、文化は生命には必要不可欠であるので、「生命」のカテゴリに入れてよいと思います。こういった、「生命関連産業」「生命経済」とも呼べるようなものが、これからは経済構造的にも大きくなっていく時代に入ってくるのではないかと考えています。また今言った5つの分野はどれもローカルなスケールのものです。そういう意味でも経済構造的にもローカル、分散型というのが広がっていく入口になってくるかと思います。


竹内 私たちが目指す「NbSシステム」と同じ方向性の考え方です。主軸都市、分散型社会・定常型社会では、生命関連産業・生命経済を中心とした産業の広がりが、新しい社会構造を作り出しそうですね。


[9] https://future-city.go.jp/sdgs/

[10] https://livinganywherecommons.com/base/maniwa/

[11] 木材を原料とする再生可能エネルギー燃料(木質バイオマスエネルギー)を用いた発電と関連する産業

[12] https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/