6回 専門家インタビュー Apr. 2021

京都大学こころの未来研究センター教授 広井良典さん


専門は公共政策・科学哲学。医療や福祉、社会保障などの分野に関する政策研究、死生観や

時間、ケア、コミュニティなどの原理、定常型社会=持続可能な福祉社会・社会像の構想まで幅広い研究に取り組んでいる。「鎮守の森・自然エネルギーコミュニティ構想」など地域活動にも取り組む。主な著書に、「人口減少社会のデザイン(東洋経済新報社、2019)」、「ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来(岩波書店、2015)」、「定常型社会-新しい「豊かさ」の構想 (岩波新書、2001)」、など多数。近著に「無と意識の人類史」(東洋経済新報社、2021)。


インタビュア:竹内やよい(国立環境研研究所 生物多様性領域 主任研究員)

近藤 倫生(東北大学大学院生命科学研究科 教授)

村岡 裕由(岐阜大学流域圏科学研究センター 教授)

「定常型社会」は社会へ浸透するか

竹内 広井先生は、ご著書の「人口減少社会のデザイン[1]で、「定常型社会」を基盤とした社会像を示されており、私自身それに深く共感しました。私たちの2050年の社会未来像「生態ー社会システム共生体化」は、「自然生態系のあらゆる機能が社会に還元され、さらに社会は自然生態系を適切に保全する好循環が生まれている」といったもので、その基盤には「定常型社会」があると考えています。一方で、定常型社会は人口が増えないことや経済成長が止まって定常化することを意味しており、特に戦後の日本は、人口増加・経済成長を目指していたこともあって、「定常型」の考え方は社会に受け入れられるのか、という憂慮もあります。広井先生ご自身は、この定常社会の考え方を社会に対してどうやって説得できるとお考えでしょうか。


広井 私は2001年に「定常型社会」という本[2]を出しましたが、当時から定常型社会などありえないという批判と同時に、強く賛同して下さる意見もあり、賛否両論あったというのが実際だと思います。定常型社会は単純に賛成・反対というものでもないですし言葉の定義にもよると思います。まず「定常型社会」の概念について少しご説明します。この概念は、様々な議論の系譜を遡れば19世紀ぐらいからある議論で、イギリスの経済学者ジョン・スチュワート・ミルが著書[3]の中で「定常状態」を唱えたことに遡ります。興味深いことにミルは、定常状態に至ると人々はむしろ幸福になると論じ、定常状態をポジティブな姿としてとらえました。2001年に出版した私の本では、定常型社会の定義を、比較的緩い意味から強い意味まで3段階で行いました。1番目が、人間の資源消費や環境への負荷が定常化するという意味での定常型社会ですが、ここでは、経済におけるGDPは増え続けます。環境政策の領域で、デカップリング[4]という単語がありますけれど、経済はどんどん大きくなるけれども、資源消費は決して大きくならないような、いわゆる環境効率性が優れた社会を実現するというものです。ですから資源消費や環境への負荷は大きくならないけれども、GDPであらわされる経済は大きくなっていく、といった姿の定常型社会で、割と広い意味を指しています。しかし一方、そもそもGDPを増加させること自体を目標にする必要はないのではないか、という発想が当然生まれてきます。GDPをどんどん増やしていく社会というのは、良くも悪くも個人が市場経済で競争しあうような、私はそれが全て悪いこととは思っていませんが、厳しい社会があるわけです。GDPの増加を目標にせず、GDPゼロ成長で決して問題ない、あるいはGDPに代わる指標を考えていけばいいのではないか、という考え方が生まれてきました。ウェルビーイングの増大を目標にする、もしくは経済はゼロ成長で定常でも十分な豊かさが実現していくような社会、というのが2番目の定常型社会です。3番目は、もっとも強い意味での定常型社会で、変化しないものに価値を置く社会というような意味で、つまり自然や生態系、歴史的な街並みなどを保全していくというような、そういう変わらないものに価値を置けるような社会という意味で使っています。先程も言いましたが、定常型社会というのは19世紀ぐらいから議論があり、私が見るところ、歴史上何回かその考え方がクローズアップされた時期があって、今が最終局面というか、本当の意味での定常型社会、それはサスティナブルということと重なりますが、その方向への関心が高まっている状況があるかと思っています。実際、企業もSDGsを掲げたり、経団連や日経新聞でもサステナビリティが取り上げられているので、この数年で、その辺の価値について世の中の流れが変わってきているという風に思っています。


竹内 「定常化社会」の考え方の変遷の中で、それぞれ世の中で関心が集まった時期があり、そして現在が「最終局面」なんですね。確かに社会ではSDGsの盛り上がりも見られますし、いろんな分野で「持続可能な社会への変革」の議論も高まっています。現在はこういった社会的な要請に後押しされて、定常化社会の概念も浸透しやすい環境がある、ということでしょうか。


広井 そうですね。そういうことを言えると思いますし、言い方を変えると本当に社会や生態系、自然のシステムが限界に近づいている[5]こともあると思います。もちろん気候変動の話もそうですし、コロナについても森林の減少などが実は人と動物の共通感染症の背景にあるという研究も存在しますので、いよいよ定常型社会やサステナビリティが正念場になってきているということだと思います。


竹内 定常化社会のお話の中で、「GDPではなくウェルビーイングを追求していく社会」とありました。ご著書の中でもウェルビーイングを高めるコミュニティづくりに際しては、「自然」が重要な役割を果たすという考え方をされていたと思いますが、例えば、自然のなかで余暇を過ごしたり、レクリエーションをしたり、あとはスピリチュアルな感性との結びつきなど、いろいろあると思います。中でも重要な要素はなんでしょうか。


広井 これは色々な側面があって、例えば社会的なレベル、個人的なレベルがあるかと思いますが、私は実は以前から個人的なレベルに関心を持っています。たとえば、「ケア」とか「ヒーリング(癒し)」など、いわゆる自然に触れることで心身の癒しとか健康を得るという効果などです。あと、日本では「スピリチュアル」というと、人によっては拒否反応を示される方もいますので、特別その言葉にこだわっているわけではないんですけれど、精神的な充足といった分野にも興味を持っています。これに関係しますが、2004年頃から「鎮守の森プロジェクト[6]」というのを始めました。日本には現在、神社やお寺が約8万数千あります。実は、明治の初めには神社は20万社あって、これはいわばコミュニティの数なんです。神社や寺社はコミュニティの拠点でもあると同時に、アミニズム的な自然信仰の場でもありました。いわゆる近代科学的な機械論的な自然というのとは違って、日本古来からある自然信仰、例えばジブリ映画的なものも含めた「八百万の神様」というのは、自然がある種の内発的な力を持っているというような考え方があります。必ずしもこれは、神秘的な意味で言っているというわけではなくて、機械論的な自然観とは異なる、いわゆる自己組織化のような自然観です。それが、日本に8万もあるということですから、それをもう一度再評価していくことが必要だと思っています。こういった自然信仰は、決して日本だけに存在するとは思いませんが、日本が割と独特な形で保持している自然観で、それは生態系に対する関わりのあり方にも繋がると思います。さらに言うと、神社というのは決して鳥居や社殿に本質があるわけではなくて山や巨木、巨岩、岩などが「御神体」と言われるわけですね。例えば夜祭がユネスコの無形文化遺産に登録された秩父神社の御神体は武甲山という山です。そういう自然観を大事にしていくべきではないかという考えを念頭に、「鎮守の森プロジェクト」をやっていました。その中では、「自然エネルギー」とか「鎮守の森セラピー」というようなことをやったりもしていますが、そういったローカルなレベルでの日本の伝統文化を活かした視点が自然とコミュニティの繋がりでは重要だと思ってます。それからもう一点、日立京大ラボと、AIを使って2050年社会のシミュレーションの研究を行ったのですが、その結果、2050年に日本が持続可能であるための一番大きな分岐点が、東京一極集中型のような「都市集中型」か、「地方分散型」の選択でした。このシミュレーションは、まだまだラフなものですので課題は色々ありますが、そういう分散型・ローカライゼーションというような社会の在り方を作っていくことが、生態系との関わりにとって重要になるのではないかと思っています。今、環境省の次期生物多様性国家戦略研究会[7]に、社会科学の分野の立場から参加させていただいていますが、そこでも「人口減少から来るアンダーユース」が課題として挙げられています。集中と分散のあり方を見直して、バランスの取れた形で分散化された社会が、生態系との関りにとっても望ましいのではないか、というのも論点になってくると思います。

[1] 広井良典 (2019) 人口減少社会のデザイン(東洋経済新報社)

[2] 広井良典 (2001) 定常型社会-新しい「豊かさ」の構想 (岩波新書)

[3] ジョン・スチュワート・ミル (1848) 経済学原理

[4] 環境分野でのデカップリングとは、主に「経済成長」と「天然資源の利用」「環境影響」を切り離すことを指す。

[5] プラネタリー・バウンダリー(地球の限界) (Steffen et al. 2015 Science, 347, 1259855.)

[6] 鎮守の森コミュニティ研究所 http://c-chinju.org/

[7] https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/initiatives5/index.html