5回 専門家インタビュー Apr. 2021

ポスト2020自然共生社会の展望

竹内 「自然共生社会」は、愛知目標のころから使われている言葉で、ポスト2020でも引き続き採用されていますが、道家さん・NACS-Jでは具体的なイメージはあるでしょうか。


道家 「自然共生社会」を目指すことは、グローバルには決まったけれど、それは結局何を指しているのかというところに関しては、具体的なイメージ含めてあまり固まっていなかった、というのを日本自然保護協会のなかで話をしていたところです。「生物多様性」という言葉については、「国連生物多様性の10年日本委員会」のなかで、この10年でいろんな他のイメージや言葉とリンクして形を変えながら浸透したと考えています。例えば、「自然生態系を活かした防災と減災(Eco-DRR)」[16]、農と水辺などの「多面的機能の直接支払い」[17]、「森里川海」や「地域循環共生圏」[18]などの概念・アプローチが、10年で進んでいますが、その中で「生物多様性」がキーワードとして使われています。ここ数年で加速しているESG投資でも、自然資本は関連しますから「生物多様性」も考えの中には含まれていますよね。自然を活かしたインフラや農業、水産業、さらに防災や減災という課題が続々と生まれており、その中で「生物多様性」もキーワードとして浸透しているというのもあると思います。「自然共生社会」についても、こういった社会課題を解決する方策として、色んな産業と関連しながら組み込まれていくという動きが1つあるかなと思っています。


竹内 別の社会課題のなかに「自然共生社会」「生物多様性」がキーワードとして入って社会に浸透していくというのは、「自然共生社会」の根柢の考え方はいろんな社会のビジョンと共通性を持っているということでもありますよね。

   「自然共生社会」は、日本だと里山のイメージに近いと思いますが、日本と国際的なビジョンとの違いについて、どのようにとらえていらっしゃいますか。


道家 ポスト2020枠組みでは、愛知ターゲットを引き継ぐ形で「2050年人と自然の共生」というビジョンを置いて、その次に具体的な状態を「2050ゴール」で表現し、2050ゴールに至るための「2030マイルストーン」を設定し、さらにそのマイルストーンに到達するための「アクションターゲット」を決めるという構造で議論されています。なかでも、「2050ゴール」は「人と自然の共生社会」を具体化して描かれています。現在まだ文案の状態ですが、ゴールには、自然生態系の保全、自然の人々への寄与、公正衡平な遺伝資源利用、 手法の開発、などが含まれています。なかでも、公正衡平な遺伝資源利用については、日本ではあまり議論がされていない項目です。公正衡平といった「環境正義」の実現みたいなところはあんまり日本じゃピンと来る人が少ないので、そこまで踏み込んで書いていなかったり表現されていないですが、世界では意識されていると思います。例えば、日本のライフスタイルを続けることで、世界の自然資源に色々な負のインパクトがあるわけですが、これも是正されていることも含めて人と自然の共生なんだ、というものです。だから、自然に対して誰がネガティブな影響を及ぼしていて、それをどう是正するかといった時の「ジャスティス」もしくは公正衡平といった要素は、日本と世界では意識というか課題としての持ち方が違うような気がします。逆に、自然の文化の要素で語ること、生物文化多様性などは日本のほうが強いですね。これは、自然の人への寄与に集約される要素です。


竹内 「ジャスティス」という言葉は気候変動分野ではよく使われる言葉ではありますが、私も実はピンとこないところがあります。不平等のことを言ってるのかな、と思うんですけれど。


道家 環境研の江守正多さんが書かれていたのですが[19]、「気候正義(Climate Justice)」の「Justice」を「正義」と訳すことには少し注釈が必要で、Justiceの語源の「Just(=ちょうどよい)」を想起する方が我々は理解しやすいかもしれません。利用する国、負担する国、色々あって今は全然Justじゃない状態だけれど、そこを「ちょうどよい形」に持っていくことが必要なのではないか、ということです。例えば、日本が、お金(費用)を払いながら、海外の自然の恵みを享受する。しかし、その費用は、生産のための費用で合って、生産するほどに高まる自然破壊のリスクは輸出国が負担するという状態は、「ちょうどいい」とはいえないですよね。生物多様性分野の正義についても、Justiceの語源のトーンで考えたほうがしっくりくるかもしれないです。「正義」と言われると、舶来のコンセプトというか、西洋化の時に持ってきたみたいな感覚がありますよね。「正義・不正義」「正義・悪」は、キリスト教的二元論みたいな感じで日本人の感覚に合わない気がします。


竹内 「ちょうどよさ」を尊重する考え方は日本的かもしれません。こういった国際的な議論では、文化的な背景を考慮した語られ方も大事なのかもしれないですね。

   話は戻りますが、ポスト2020を見据えて、あらたに取り組むべき課題についてはいかがでしょうか。


道家 気候変動対策の様々な工夫から学べることが多いと思っています。例えば、既に「カーボンクレジット[20]」という仕組みがあり、これはCO2排出抑制を目的として排出を抑制したことに対する証明書を取引する仕組みがありますが、「生物多様性を守っていますよ、あるいはプラスに改善しました」という証明書が動くことで、生物多様性保全にプラスに働いている企業を、ESG投資などを行う金融機関は積極的に評価していくようなシステムを作ることなど模索するべきだと思います。


竹内 前回、環境経済学者の大沼あゆみさんのインタビュー[21]で、自然共生社会に必要な経済システムについてお話しを伺ったのですが、やはりカーボンクレジットの話をされていました。カーボンクレジットは、実は企業側にもインセンティブになることをおっしゃっており、生物多様性についても同じような仕組みがあればいいという話をしていたんですね。特に自然保護は、これまではボランティア活動としてやるという感じがあるので、インセンティブあればもっと多くの人が参加するシステムになりますよね。

   次に、社会変革についてもお伺いしたいです。2050年自然共生社会の実現のためには、社会変革が必要でそのためには社会システムの転換、個人の価値観や行動変容はカギとされています。これは、一番難しいところでもあると思いますが、道家さんは社会変革の方向性はどのように考えていますか。


道家 難しいですけれど社会変革のためには2つのアプローチの両方をやる必要があると思っています。一つは、私たちを支配している既存の価値観というのを取っ払って、新たな価値観を作る必要があることです。これは、自然保護についても同じかもしれません。それと同時に、既存の価値観にも沿わせた形で、自然を守っていくアプローチも必要だと思います。

   例えば、先ほどの発想は、「自然の価値や守ることの価値」を査定することなので、今までいわば無料だったものに価値を見出すということです。同時に、証明書の売買を通じてお金を得るというような既存の価値観に近い人々も参加するようになります。つまりこれは、既存の価値を持っている人たちも参加できるようなシステムなのです。

   自然保護を支援することでこんないいことありますよ、というのを既存の価値に沿わせた形で社会に示したり、もっと工夫したコミュニケーションが必要だと思っています。一足飛びに人が価値観を変えるかというと、少なくとも日本人は難しい気もしていますので、よい方向への移行、社会変革のほうに寄せていく上手なやり方というか自然の視点から社会や経済を変えていくデザインも自然保護のこれからの形だと思います。


竹内 新しいシステムの移行を急激に進めるのはなかなか難しいですが、少しずつ方向転換できるような「ナッジ」[22]のようなアプローチも有効だといわれていますね。一方、脱炭素化は政府主導で急激に進んだ感じはします。


道家 日本が劇的に価値を変えるというときは、結構トップダウンが大きいというところがあります。しかし、「自然共生社会」については、日本の政治やメディアでは残念ながらほとんど取り上げられていないので、政治主導での「自然共生社会」についてはすこし悲観論的な立場です。実は、前回の自民党の総裁選で候補者だった石破茂さんは「里山資本主義」を総裁選挙時に話されていました。だけどどのメディアも、ほとんど取り上げていないですね。あと、「グリーンディール」という議論も国際社会では結構出ていますし、アメリカ大統領のバイデンさんのキーワードでもコロナ後の復興を「Build back Better」と表現していましたが、もともとは神戸の震災の時に日本で出た「よりよい復興」から来ています。こういったキーワードは、日本の政治、メディアでは残念ながらほとんど取り上げられませんし、私たちがインプットしても発してくれないということで苦労しているところがあります。トップダウンアプローチは私自身はネガティブになっているところがあるので、NGOとしてクリエイティブな仕事でボトムアップで進めていきたいと思っています。

[16] Ecosystem-based disaster risk reduction (Eco-DRR)。生態系の持つ機能を利用した自然災害への対策。

[17] 多面的機能支払交付金事例集 https://www.maff.go.jp/j/nousin/kanri/jirei_syu.html

[18] 環境省は第五次環境基本計画で示された循環社会と低炭素社会と自然共生の3つを一緒にして、より地域(ローカル)中心に考えようというコンセプトhttps://www.env.go.jp/press/files/jp/108982.pdf

[19] https://news.yahoo.co.jp/byline/emoriseita/20210405-00230790/

[20] 温室効果ガスの排出削減又は吸収するプロジェクトを通じて生成される排出削減・吸収量を価値化(見える化)したもの。各企業・国などが温室効果ガスを排出することのできる量(排出枠)を決めて、排出枠を超えた場合や排出量を抑えた場合は、取引が可能となる制度(炭素排出量取引)で利用される"もの"。

[21] https://sites.google.com/view/eco-socio-symbiogenesis/専門家インタビュー/第4回_01

[22] 軽く突くような小さい行動を積み重ねることで、人の行動を変える戦略のこと