5回 専門家インタビュー Apr. 2021

日本自然保護協会(NACS-J)・国際自然保護連合(IUCN)日本委員会事務局 道家哲平さん


2003 年より、日本自然保護協会(NACS-J)に所属。NASC-J が事務局を務める IUCN(国際 自然保護連合)日本委員会の事務局担当職員として、国際的な情報収集・分析を行い、日本の生物多様性保全の底上げに取り組んでいる。2010 年愛知県で開催された生物多様性条約第 10 回締約国会議(COP10)においては、CBD 市民ネットの東京事務局コーディネータとして NGO グループの全体運営に関わった。 現在は、COP10 の成果を受けて、日本での愛知ターゲット実現に向けた取り組み「にじゅうまるプロジェクト」の総合企画運営にも携わる。




インタビュア:竹内やよい(国立環境研研究所 生物多様性領域 主任研究員)


COP10から10年、生物多様性は社会へ浸透したか?市民活動と企業行動の変化

竹内 道家さんは、2010年に名古屋で開催された生物多様性条約第 10 回締約国会議(COP10)[1]で生物多様性条約市民​ネットワーク[2](CBD市民ネット)を取りまとめ、その後も市民活動を通じて日本の生物多様性課題解決のために取り組んでいらっしゃいます。COP10から10年が経ち、今年(2021年)は、生物多様性条約第 15 回締約国会議(COP15)会議も開かれ、ポスト2020目標も決まる節目の年です。まず、COP10から10年の振り返りとして、日本での市民活動や地方自治体への関心の広がりについての進展について教えていただけますか。


道家 COP10以降の市民活動の変化に関しては、対照的な動きがあります。一つは、地域での自然保護活動や自然観察会など長年取り組んできたボランティア団体の皆さんの高齢化が進んで少しづつ組織としての体力が低下してきていることです。その 一方で、新しい動きもあります。それは国連生物多様性の10年日本委員会[3]が「たべよう」「ふれよう」など、日常の活動のなかで生物多様性に貢献するアクションを対象に「生物多様性アクション大賞[4]」として表彰制度をつくったのがきっかけです。例えば、農業の活動を通じて地域の経済活動を活性化させる活動や、竹林の繁茂を防ぐような取り組みや獣害の対策をしつつ、地域経済・地域社会・文化の活性を図っていく取り組みなど、非常にユニークなものがありました。つまり、アクションそのものは自然保護を目的としていても、同時に地域活性といった社会課題の解決にも寄与することができ、これはIUCNの最近の言い方で「自然を基盤とした解決策(NbS)」そのものだと思います。生物多様性アクション大賞を通じて、日本でもNbSに関する色んなユニークな取り組みがあることが見いだせたと思っています。


竹内 生物多様性アクション大賞は、実は身近な活動が「NbS」であることを発見できる面白い活動ですね。


道家 この活動は、自然保護協会などか大きいNGOが主導する活動の奨励というよりは、地域のユニークな取り組みを発掘するという趣旨でやっていました。もう一点興味深いのは、生物多様性アクション大賞に企業からの応募がこの10年でどんどん増えていったことです。企業の変化、というのはこの10年のなかでとても顕著だったと思います。それとも関連して、自然保護協会でも企業との連携がこの10年増えています従来の「市民が主体で市民がボランタリーにやってきた活動」は、高齢化の問題がのしかかっています。一方、元気を失わずにもう1段2段レベルを上げながら企業や地方自治体との協働を進めてる団体が生まれている印象はあります。



竹内 企業の関心が高まっているのは、生物多様性業界には明るいニュースですね。企業はCSRとして参加する、というモチベーションなのでしょうか。


道家 「企業と生物多様性」に関して、この15年の国際的な動きで言いますと、ざっくりと2005年以前は対立構造があったと思います。対立構造があるからこそ、企業にいかに適切な生物多様性に配慮したルールを作ってもらうか、という論調でした。2005年から2007年ごろから、企業も生物多様性のことをしっかりやらないといけない、という議論が欧州を中心に高まり、2008年に生物多様性条約の中で企業に関するプログラムが始まりました。ちょうど2010年にCOP10が名古屋で開催予定だったので、この欧州の動きを日本でも始めていこうという流れとなり、よい意味での輸入の機会というか浸透の機会になったというわけです。感覚的にいうと、2010年前後はまず経営方針に生物多様性の配慮を掲げることや、「生物多様性の重要性を認識する」という宣言から始まって、2013年頃から具体的なアクションがどんどん増えていったというように段階的に進展していきました。

   IUCN-Jのにじゅうまるプロジェクト[5]では、自分たちの活動が愛知ターゲットの目標の達成につながっていることを宣言し(にじゅうまる宣言)、その宣言をした団体や活動を集めるという取り組みを2011年から10年間行っていました。ここでも、10年のうちに企業の宣言がどんどん加わるようになっていたんですが、2010年当初は「経営方針を立てました、そして何らかのアクションあるいは試行みたいなものをNGOと共同でやります」といった宣言があったり、あるいは、「NGOの活動に社員を派遣します」といった活動にとどまっていました。2014年あたりから、「自社の取組としても、保全活動をやります」とか「自社の調達方針に位置付けます」など、企業オペレーションの中に取り組みが位置づけられるようになりました。なかには、非常にユニークな取り組みもあります。例えば、キャノンマーケティングジャパンさんは、トナーカートリッジの回収数に応じて寄付金をあるファンド[6]に出しています。そのファンドは、NPOの仲間を増やすための助成金として地域のNGOへの資金提供を行います。「仲間を増やす活動の1つに、地域を魅力的に紹介するというのがあるよね」、「じゃあキャノンのカメラを使った撮影技術の勉強会を開きましょう」という活動の派生効果というかサイクルが生まれます。キャノンマーケティングジャパンさんは印刷機メーカーですが、印刷機本体の販売が主体でななく、印刷機をリースして部品とか紙とかインクなどの消耗品を販売して収益を得るというビジネスモデルです。つまり、自社製品を使いづづけてもらう戦略が必要なのですが、自社製品を使い続けるということは環境保全にもなりますよというストーリーをブランディングに活かしているわけですね。そして収益の一部を、助成金という形でまたNPOの支援に回す、それによってキャノンとしてのCSRや消費者とのコミュニケーションにつなげ、またそれが地域の人に広がっていくという、ビジネスとNPOの活動を両方回していくような面白いアプローチです。他にも、損保ジャパンさんは、保険の約款を紙からウェブベースにすると、郵送料とか紙代が削減されるので、その分を日本NPOセンターを通じて全国のNGOへの活動支援にまわしています。ビジネスに直結しながらも、地域の活動へも還元するようなシステムがいくつかの企業では実践されています。

   こういった企業の活動は、担当者に面白いというかユニークな人がいて、その人に依存するようなところはありますね。NGOと働くことについても、すごいフランクというか積極的な人が担当者にいて、その時にNGOとうまくマッチングして、こういったプログラムが生まれていくことが多い、という印象です。


竹内 企業の環境保全への取り組みが、ステークホルダーを超えて広がっていくのは、大変面白いですね。こういった企業の販売戦略の中に環境保全を入れる場合は、消費者行動も重要なカギとなりそうですが、消費者側も保全や地域活動への間接的な貢献ができるといったモチベーションで動いているのでしょうか。


道家 消費者にどこまで浸透しているかについて、明確なエビデンスはないですが、環境配慮をセールスポイントとして語ろうとしている企業が増えたという傾向はありますね。別の事例ですが、例えば不動産を扱う三菱地所さんは、マンションのコーポエリアに自然観察できそうな緑の空間を作って資産価値をあげるとか、積水ハウスさんは「5本の木プロジェクト」があり、自宅を建てる時に併せて生き物のための3本・自分たちの鑑賞のための2本の5本の木を植えませんかというのを提案しています。同時にこういう緑豊かな物件の資産価値の高さもアピールされています。


竹内 自然を取り入れることは資産価値があがるといった直接的なプラスの効果があるのですね。いろんな業種で、それぞれの取り組みがあるのは面白いですね。企業の間の生物多様性配慮の取り組みの広がりは、やはりCOP10がきっかけでしょうか。


道家 色んな要素が関わっているとは思いますが、COP10は一つ大きなきっかけだったと思います。COP10の開催に際して、オリンピックのスポンサーになるような大企業が中心のネットワーク「企業と生物多様性イニシアティブ[7]」が生まれました。経団連の中には全体底上げの役割を大きく果たした経団連自然保護協議会[8]もあります。経団連の登録数は約1400社ですけれど、自然保護協会と連携している企業は200~300社ぐらいあります。でも複数のコミュニティが一斉に動き出しているので、とがっていくグループもあれば横繋がりのグループもあります。例えば経団連のスピンオフのような形ですが、電気電子事業連合会という電気電子4団体、SONYや東芝などの電気電子系の企業が参画するグループでも、生物多様性のグループが構築されており、わかりやすいガイドライン[9]を自ら作っています。あるいは日本製紙業連合会や日本建設業連合会も同様に生物多様性のガイドラインを作っていたりしますね。


竹内 現在、SDGsの社会への浸透や、ESG投資が進む風潮なので、企業はさらに環境配慮の活動の方向に進んでいくことが予想されます。生物多様性については、実はCOP10の頃から芽があって、それが現在の風潮も相まってどんどん広がっているということなのですね。


道家 投資というところはここ数年の動きだと思います。それ以前は、金融側の圧力といいより企業自体の判断で、経営戦略として企業活動をサスティナブルにしていく方向性でした。それは、リスク回避やビジネスチャンスをどう取っていくかという戦略でもありましたし、あるいはそもそも企業としてどのような負荷を環境に与えているか、環境に依存しているかを把握するツールを作っていこう、という取り組みが増加したのが過去10年でした。これらの構想が形として見えてきたのが、2020年ですCOP15でも議題の中心となるであろうポスト2020枠組みの議論が出てきた中で、企業体としてもやるべきことをもっともっと加速しなければならない、そうして金融も一緒にやっていかない、といった動きが昨年から急激に増えています

   例えば、2020年7月に自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)[10]といって、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の自然資本版の準備が始まりました。その翌月に国際標準化機関(ISO)のなかで生物多様性の規格化のための「TC331」という検討会が立ち上がり、さらに9月に「生物多様性のためのファイナンス協定」[11]という欧州を中心とした26のグローバル大手金融機関が、意欲的なポスト2020目標を求めていくと同時に、金融機関としてもステークホルダーに生物多様性に関する情報の開示やコミュニケーションを求めていくという宣言をだしました。2020年12月には、宣言に加わった機関が37に増えましたが、そういう動きが昨年一斉に始まっています。さらに、ダボス会議を開催する組織であるWorld Economic ForumがGlobal Risk Report[12]でビジネスリスクを公表しており、リーマンショックあたりは経済、2015年あたりはISや格差の問題があったので地政学でしたが、昨年2020年は、全部環境一色でした[13]。サイバーテロなど他にも色々な社会課題があるなかで、ビジネスの一番のリスクは、温暖化とか異常気象とか生物多様性の損失など環境に関するものだと政財界のトップは言っているのです。1年後のレポート(2021年)は、もちろんコロナの影響があるので、新興感染症は上位に入って来ましたが、引き続き生物多様性の損失は上位五位に入っています。政財界のトップたちは、生物多様性の損失はビジネスのリスクだと認識しており、その対策のための取り組みは、数兆ドル規模のビジネスチャンスでまた雇用を生み出すと言っています。これは、企業を刺激するようなレポートとなっており、みんなポスト2020を何らかの形で意識して、そこでリーダシップをとることを考えるようになるでしょう。こういった動きが、ESG投資とリンクしています。


竹内 生物多様性を社会経済に取り込む流れは、今後急速に進みそうですね。TNFDは日本の企業も加盟しているのでしょうか。


道家 TNFDは今インフォーマルワーキンググループという名前で、グローバル企業のアクサ、HSBC、グローバルアクセプトなど保険業や監査法人など全部で73社加入していますが、日本からはSusConというNGOと三井住友信託銀行の2社だけです。メガバンクなどは残念ながら入っていないですね。


竹内 TNFDの枠組みが固まり、生物多様性の理解もさらに浸透すれば、日本からの企業参画も増えるかもしれませんね。今後に期待したいです。

[1] 生物多様性条約(CBD) 第10回締約国会議(COP10)は日本が議長国となり、2010年に名古屋市で開催された。CBD-COP10において地球上の生物多様性を保全するための国際的な目標である「愛知目標」が採択された。

[2] http://jcnundb.org/

[3] 国連生物多様性の10年日本委員会(UNDB-J)https://undb.jp/

[4] UNDB-Jが推進している「MY行動宣言5つのアクション(たべよう、ふれよう、つたえよう、まもろう、えらぼう)」を参考に、全国各地で行われている5つのアクションに貢献する団体・個人の取組を表彰し、積極的な広報を行うことにより、生物多様性の主流化を目指す活動。2013~2019年まで行われた。http://5actions.jp/award2019/index.html

[5] にじゅうまるプロジェクト http://bd20.jp/

[6] 未来につなぐふるさとプロジェクト https://canon.jp/corporate/csr/furusato

[7] 企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB) http://jbib.org/

[8] https://www.keidanren.net/kncf/index.html

[9] https://www.fepc.or.jp/environment/3r/seibutsu/index.html

[10] 自然関連財務情報開示タスクフォース(Task Force for Nature-Related Financial Disclosure:TNFD)企業や金融機関が自然への依存度や影響を評価、管理、報告するための枠組みを検討するための国際イニシアチブ。

[11] 生物多様性のためのファイナンス協定(Finance for Biodiversity Pledge):欧州を中心とした大手金融機関が、事業運営と投資運用の中で生物多様性へのインパクトのプラスへの転換にコミットすることを宣言した。 https://www.financeforbiodiversity.org/

[12] 世界の約800社ぐらいの政財界のトップ層向けのアンケート。ビジネス上のリスクだと考えている要因の上位五位の結果を毎年1月に公表。

[13] https://www.weforum.org/reports/the-global-risks-report-2020