回 専門家インタビュー Apr. 2021

経済学からみた有効な社会変革のレバレッジポイント

竹内 JBO3やIPBESでも挙げられているレバレッジポイント[16]についてもお伺いしたいです。生態学でも今後はそれを明らかにするような研究の方向性は重要になると考えていますが、経済の面で重要なレバレッジポイントはどういったところでしょうか。


大沼 IPBESで書かれているレバレッジポイントのなかでも、良い暮らしについての多様な観念の受容によって自然の豊かさを生活の満足感として認識するようになることが大事です。あと、消費と廃棄を減らす、不平等とか保全における正義、なども重要ですが、私はやはり経済のなかでいうと、まず、消費行動が大事だと思いますね。つまりニーズを作れば生産者や企業は動くのですよ。もちろん企業が我々のニーズをつくることもありますが、経済学の点からいうと、やはり持続可能な形で消費者がグリーングッズを買うようなライフスタイルを構築していくかというのはとても大事だと思いますね。


竹内 ニーズが変わると具体的にはどういった産業が影響を受けますか。


大沼 例えば、畜産業などでは、さっきの卵の例でいえば鶏がケージで飼われていて、ボロボロになるまで産まされるようなアニマルウェルフェアに配慮しないような卵はいやだとみんな思うようになれば、生産者は平飼いの卵を多く生産するようになるでしょうね。結婚式などのお祝いの席で使う卵は、情報を与えれば簡単に変わりそうです。それから金融面も影響があると思います。さっきESG投資の話が出ましたが、環境にやさしい企業で組まれたETFとか投資ファンド、投資信託などへ投資行動が進むでしょう。環境に配慮した投資を行う、あるいはESGに配慮した企業で組まれたポートフォリオや投資信託を機関投資家や個人が購入すれば、そうしたESGファンドの価格が上がることで株価が上がり、環境配慮企業がお金を調達しやすくなります。結果として環境配慮製品がより効率的に生産され、さらに多くの消費者が需要するようになります。しかもそうしたファンドの価格が持続的に上がっていけば、環境に無関心な人も「今買っとけば儲かるな」と考えて買うようになり、さらにお金の流れが加速するでしょう。このようにESGをふくめて投資の流れを変えるが重要だと思います。

   それから不平等の是正も非常に大事だと思います。「衣食住足りて礼節を知る」という言葉がありますけど、知るのは環境もだと思います。衣食住に困っている時は環境問題なんて気にする余裕がないわけですよね。なので不平等を是正して環境に配慮した消費行動をとろうとする経済的余裕をつくってもらうことが大事なんじゃないかと思います。


竹内 機関投資家行動がカギと仰いましたが、機関投資家を動かすものというのはなんでしょうか。


大沼 一つは国民の意識による政治への圧力だと思います。例えば、膨大な年金資金を運用する年金積立金管理独立法人(GPIF)は、 だいぶ以前からESG投資での資金運用をやるべきだとOECDから勧告を受けてきたのですが、ずっと従うことはしていませんでした。ところが、2017年に投資原則を改め、運用の中に、ESG投資を含めるようになってきたのです。時間はかかりましたが、とにかくESGに投資する方向になりました。これにより、機関投資家に間接的にESG投資に向かう圧力をかけることになります。例えば生命保険などの民間の機関投資家に対して、我々が直接圧力をかけることはできませんが、GPIFが、ポートフォリオにそういったESG投資を長期的に組み入れると、当然価格が上がりますから、それに追随する流れが生まれます。環境への対処策は、直接的なものになりやすいのですが、大事なのは根底にある資金の流れや運用を、環境配慮を行う経済活動に集めていくことだと思います。

[16] 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分 (Access and Benefit-Sharing)