回 専門家インタビュー Apr. 2021

GDPに変わる指標:幸福の経済学

竹内 「幸福と豊かさの考え方」について、資本主義経済では経済発展の指標としてGDPを用いられることが多いと思います。GDPの増大が社会の発展であり、人の幸福も増大するかのようなイメージを持つ人も多いかもしれません。でも実は、人の精神的な豊かさとGDPは必ずしも一致しないですよね。「幸せな社会」を目指す上では、GDPとは別の指標、例えば「幸福度」などを経済システムで評価していく方向性もあると思いますが、その点はいかがでしょうか。


大沼 それはとても重要なポイントです。実は経済学でも1960年代あるいはそれ以前から気づいてて、特に高度経済成長の時には、GDPだけで国の豊かさを測ったり比較したりすることに批判が多く出てきました。GDPの代替的な指標は色々考案されてきましたが、それが普及するまでには至っていません。今は、GDPも含めた中で人々の豊かさの指標を作っていこうという動きがあります。これを「幸福の経済学」と呼ぶこともあり、いくつか重要な要因が挙げられます。まず所得です。経済的な豊かさは幸福に繋がります。次に、社会や家族など人とのつながりです。信頼できる人が周りにいるか、自分がどういう風に社会に貢献しているかなど、いくらお金があっても、やはり孤独でない、人から求められることがあることはすごく幸せ、ということです。それと、健康ですよね。健康も幸せを大きく作ると言われています。最後に自然で、自然との触れ合いも人を幸せにします。さらに自由などの政治体制も影響します。こういう観点で幸福や豊かさを測っていくと、経済的豊かさというのは非常に重要ではあるのですが、ある一定のところを超えると飽和してしまいます。例えば、100ドルを所有する人にとって追加的な100ドルを与えることと、1万ドルを所有する人にとって追加的な100ドルでは、同じ100ドルから受け取る幸福感は全く違ってきます。つまり、これまでのように、GDPの成長を最重要視する経済政策を追求していくのではなく他の軸である、社会関係、健康、自然環境とバランスを取っていかないと人々の幸福は実現できないと思います。


竹内 自然環境も人の幸せにとって重要な要素なんですね。今後、「持続可能性で幸福な社会」を目指す方向性に進めば、市場経済は、GDPだけでなくこういった豊かさを測る指標も含めて評価するというシステムに移行していくことになるでしょうか。


大沼 経済学者からみると、市場経済というのは経済の中にある労働とか資本を効率的・効果的に配分していく上で非常に性能のいい道具です。市場経済をうまく活用して環境も含めた形での実際の豊かさというのにつなげていくというのが環境経済学の立場です。例えば、二酸化炭素の排出権取引は、お金を出せば地球を汚していい、といったようにも解釈されたので、制度ができた当初は環境NGOなどに非常に批判されていましたが、その利点が理解されるようになり、現在では受け入れられています。まず、二酸化炭素を排出せずに節約すれば、誰かに売ることもできるので、誰もが二酸化炭素の排出を減らそうというインセンティブを持つわけですね。それから、同じ量の二酸化炭素を排出するならそれをちゃんと使ってより多くの所得を生み出すところに使ってもらったほうが、社会全体にとって地球温暖化に対処するコストが下がります。排出権市場では、取引を通じて効果性の高いところに排出権が移っていきます。さらにもう1つ大事なのは色々な技術革新を促進することです。なぜなら二酸化炭素を削減すれば儲かるわけですから、より省エネ的な技術を開発しようというという動きが起こったり、あるいは再生可能エネルギーに投資しようという動きが起こったりするわけですよね。ですので、排出権の価格が高くなるほど、そうした社会経済への影響を強めていくことになります。市場経済があることで、政府も強制することなく、二酸化炭素の排出が抑制され脱炭素を促進するシステムが可能となる、そういった意味で市場経済うまく活用すると良いというわけですね。もちろん環境問題の大きな原因の1つが市場ですので、ここには適切な規制を加える必要があります。例えば熱帯林の木材は非常に安いと、それを積極的に使うというような動きは市場で起こりやすいですが、これに対する規制はあって然るべきなんです。持続可能であるためには、熱帯林の持続不可能な森林伐採が不利になるような形で市場を改善していかなければならない。市場を活用するというのは、うまく介入したりコントロールしながら市場の暴走を食い止めたり、いい方向に持っていくということです。

[3] 各企業・国などが温室効果ガスを排出することのできる量(排出枠)を決めて、排出枠を超えた場合や排出量を抑えた場合は、取引が可能となる制度