4回 専門家インタビュー May. 2021

慶應義塾大学経済学部教授 大沼あゆみさん


専門は環境経済学。おもに経済学の観点から、生物多様性の保全を実現する経済制度に関する研究を行っている。東京外国語大学外国語学部専任講師・助教授、慶應義塾大学経済学助教授を経て、2003年4月より現職。2018年に出版されたIPBES報告書主筆者を務めた。2021年に出版された「生物多様性及び生態系サービスの総合評価」(JBO3)の検討会委員。主著に『生物多様性保全の経済学』(有斐閣)他。



インタビュア:竹内やよい(国立環境研研究所 生物多様性領域 主任研究員)


生物多様性及び生態系サービスの総合評価(JBO3)[1]から読む社会の方向性

竹内 2021年3月に出版された生物多様性及び生態系サービスの総合評価(JBO3)では、生物多様性のトレンド評価だけでなく社会変革への道筋や取り組みの方向性が盛り込まれていました。大沼さんはJBO3に検討会委員として関わられていらっしゃいましたが、今回のJBO3を終えて、どういったご感想ですか。


大沼 JBO3のポイントは、単に生物多様性の変化や直接要因と対応策を示しただけでなく、背後にある社会や経済を変革していくことは生物多様性の保護とか保全に繋がることを明示した点です。これはIPBESに沿った書き方で、国際的な動向です。社会や経済といった関わりのなかで生物多様性や生態系を基盤としたシステムに社会を変えていこうという潮流が全世界的に見られる証なのかなと思いますね。


竹内 私たちのチームの将来像「生態-社会システム共生体化」は、JBO3で示されていた地域循環共生圏や自立・分散型の自然共生社会の社会像に重なるのですが、これらが経済システムとして成り立つためには、どういったことが必要でしょうか。


大沼 「地域循環共生圏」や「自立・分散型の自然共生社会」の背景には、大都市圏を除いた日本各地で急激に起こる人口減少に対処した社会づくりがあります。それはまさに、日本の経済的な仕組みを社会構造も含めて変えようということです。実際、人口減少社会の将来像は、色々なビジョンが打ち出されています。例えば、コンパクトシティ[2]で、人口をどこかに集約させる、というビジョンもありますけれど、それは中々簡単じゃないと思います。地域の資源を使うことで自立をしていこう、再生可能エネルギーもやっていこう、というビジョンは、人口減少があるから循環型社会の必要性が高まっているとも言えます。日本全体で、地域の資源を活かしながら自立していく自治体を多く作っていこうという動きになっていると思いますね。


竹内 それはやはり地域の中で持続性を高めるという方向性ですか。


大沼 そうですね。補助金に拠るのではなく、ちゃんと若い人が就労して地域を基盤にして自分の暮らしを立てていくなかで、自然資源を持続的に利用していくわけですね。そして利用と保全を両立していくといった、1つの持続可能な社会の形ではあると思います。こういった社会は、里地里山の資源を利活用して何らかの形で所得を生み出すようにする(付加価値化する)ことが必要です。これは、生物多様性の第二の危機「使わないことの危機(アンダーユース)」の解決にも貢献します。それからもう1つは、自然エネルギーを使っていくことが、資源の循環利用をサポートするシステムになると思います。さらに、JBO3では人々の豊かさの認識を多様化するとか、少し変えていく、つまり都市で生活を送ることだけが豊かなのではなく自然と共にあることも豊かな暮らしの1つのかたちであることを言っています。例えば、イギリスでは、大都会の暮らしはアグリー(醜い)だから地方に住みたいと考える人が少なくなく、そういった価値観を醸成することに成功していると思います。要約すると、持続的な地域社会のために必要なのは、1つは里山の資源利用、それから再生可能エネルギーの推進、最後に人々の幸福とか豊かさの考え方を変えていくことです。

[1] http://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/jbo3/generaloutline/index.html

[2] コンパクトシティ 都市の郊外開発を抑制し、市街地の広がりを狭くすることで、公共サービスの効率化、公共交通の利用を促進する都市構造のこと。