回 専門家インタビュー Mar. 2021

生態系サービスにおける地方と都市との格差の解消

竹内  グリーンインフラは、都市での活用も期待されていますよね。都市では、例えばヒートアイランドの緩和、雨水の急増の抑制、屋上の緑化など、つまり都市の環境改善でグリーンインフラを利用することが中心だと思います。一方で、地方でのグリーンインフラは砂防、グリーンベルト人工林の管理とか荒廃の抑制など、地元だけでなくより広域にも影響する生態系サービスが中心です。つまり、地方でグリーンインフラの対策をとることは、地域だけで閉じないで都市部の人たちにもメリットがありますが、逆は薄いですよね。そもそも地方 と都市の間に生態系サービスの受益とコスト負担の不平等があるからでもありますが、今後それを解消するときに、どういったシステムが必要になるでしょうか。


吉田  まさにそれは今後の課題です。例えば食料・木材・水・エネルギーの調達において、都市は自立的ではなくて地方があるからこそ成り立っているシステムなので、そこをどういう風に持続的にしていくかと考えた時に、やはり都市が地方に何か働きかけをするようなことがもっと積極的に求められると思います。その一つが生態系サービスへの支払い(PES)[19]で、森林環境税とか森林環境譲与税とかあるんだけど、それだけでなく、もっと違う仕組みも必要だと思っています。

    例えば、防災減災の面では、流域を上流中流下流に分けたときに、川は必ず上流で溢れるように設計されているんですよ。治水安全度は必ず上流のほうが低いように作られていて、河川整備計画では大きな河川になるほど下流は治水安全度は高く、中上流に行くにしたがって治水安全度が低くなっていくので、その通りに整備すれば上流中流で水が溢れて下流では溢れません。だけどそのことは、下流の人たちの間ではあまり意識されていないですよね。東京とか大阪とか名古屋とかの大河川の下流で溢れたら大変なことになってしまいます。下流の都市を氾濫させないために、上流中流の地域の人たちが払っている安全に対するコストを、ちゃんと見えるようにするのは1つ大事なことです。見える化出来ていれば、例えば下流の人たちが上流中流の溢れてしまうような場所で、遊水地を作ることに管理費用を出す、といった仕組みが作れるかもしれません。こういったことを、地球研プロジェクトのサブグループで取り組んではいますが、かなり難しい話で、どこまでできるかわからないです。


竹内  Eco-DRRの社会・経済的インセンティブに関する研究ですね。どういった内容でしょうか。


吉田  これは、社会・経済系の研究者と保険会社の人も入って行っている研究テーマです。Eco-DRRがどこかで導入される場合、インフラ整備の資金を公的な資金だけでなくて民間の資金をどう使ったらいいか、既存の民間の仕組みについての調査を行っています。例えば、ソーシャルインパクトボンド[20]やグリーンボンド[21]、保険の仕組みも色々あって、パラメトリックな保険[22]などのやり方があります。とある地方行政組織は、流域間でのリスクの不平等の是正について考え始めているので、そこに実装できるような保険とか金融のスキームがないかという事を今考えているところです。


竹内  PESについては既にある仕組みもありますが、今後はどのような方向性が必要でしょうか。


吉田  広い意味でのPESがもっと出てこないといけないですね。PESをデザインしようと思うと、どういう便益を都市の人たちが得ていて、どういう負担を田舎の人たちがしているのかというのを数値で見せていく必要があるので、それは生態系サービスの話にしても防災減災にしても大事なことなんじゃないかなと考えています。でも情報がまだないのが現状なので、今後の課題だと思います。


竹内  不平等の定量化やPESの設計に、先ほどのリスクマップが使える可能性ありますか。


吉田  はい、そういうマップを作りたいと思っています。そのためには、高解像度のマップにする必要がありますが、それができれば流域のスケールのどこに負担者がいて、どこに受益者がいるか分かりますので、不平等の是正の議論に繋がってくれればいいなと思います。そのうち一般公開する予定で今準備しています。


竹内  社会的なインパクトが高い成果となりそうです。社会変革の文脈では、”行動変容”が重要といわれていますが、この成果はきっかけとなるかもしれませんね。


吉田  このマップを示すことで、経済的な利益を受ける人、損害を受ける人、色々出てくる可能性があり、かなりハレーションを起こすんじゃないかとメンバーは危惧していますが、それで議論をまずしてもらうことが大事だと思っています。不平等の是正は、国全体がそういう方向に今動いていますしね。例えば、不動産の取引をする時、重要事項説明の中にこれまでは土砂災害のみでしたが、去年の夏からは水害リスクを入れることが義務付けられました。このように、リスクをちゃんとリスクとして開示することは、社会的な流れでもあるので、それほど大きな抵抗感は無いんじゃないかとも思っています。行動変容については、現在のパンデミックなどは、もしかしたら変化を促進するきっかけとなるかもしれませんね。

[19] Payment for Ecosystem Services (PES) 資金を確保するための資金メカニズム。他にも水源税や今後導入が検討されている炭素税など。

[20] ソーシャルインパクトボンドとは行政から民間へ委託する際の手法の一つで、事業の成果を評価して可視化し、それに評価結果と支払を紐づけた、成果連動型民間委託契約の一つ。

[21] グリーンボンドとは企業や地方自治体等が、国内外の地球環境の保全に要する資金を調達するために発行する債券のこと。


[22] パラメトリックな保険とは、損害と因果関係のある指標(パラメーター)が、契約時に設定した条件を満たした場合に、予め決められた一定額の保険金を支払う保険のこと。