回 専門家インタビュー Apr. 2021

総合地球環境学研究所 准教授 / 東京大学 大学院総合文化研究科 准教授 吉田 丈人さん


専門は、生態学や陸水学。生物の多様性や複雑性を解き明かす研究と、生態系を活用した防災減災(Eco-DRR)など人と自然のかかわりに関する研究に取り組んでいる。主な編著書に、『実践版!グリーンインフラ』(日経BP)、『地域の歴史から学ぶ災害対応:比良山麓の伝統知・地域知』(総合地球環境学研究所)、『シリーズ現代の生態学6:感染症の生態学』(共立出版)がある。



インタビュア:竹内やよい(国立環境研研究所 生物多様性領域 主任研究員)


生態系を活用した防災減災(Eco-DRR)

竹内  私たちのチーム「生態―社会共生体化」では、自然生態系を用いた解決策(NbS)[1]が持続可能社会の基盤となっている未来像を描いています。NbSの中で、生態系を活用した防災減災(Eco-DRR[2])やグリーンインフラ[3]は、自然再生・保全や気候変動適応の文脈で重要なテーマであり、既に研究も進んでいる分野です。現在吉田さんは、総合地球環境学研究所(地球研)でEco-DRRに注目した研究プロジェクト[4]に取り組んでいらっしゃいますが、このプロジェクトの目的や着想に至った背景などについてお話をお伺いできますか。


吉田  地球研プロジェクトのタイトルは人口減少時代における気候変動適応としての生態系を活用した防災減災(Eco-DRR)の評価と社会実装” ですが、”人口減少時代”と”気候変動適応”という社会課題の解決にEco-DRRを活用することが重要なポイントです。特にグリーンインフラの持つ多機能性の評価手法の開発を行いその手法を実際に社会に実装するところまでやる、というのがこのプロジェクトです。実は、このプロジェクトの最初の構想では、そこまで防災減災の目的を明確に打ち出したものではなく、もう少しボヤっとした広い意味の生態系を用いた適応(EbA)[5]をテーマとしていました。しかし、一連の予備研究の段階で、あまりに焦点が広いのでもう少しフォーカスしてほしいと言われて、このEco-DRRに注目するようなテーマに絞ってきたという経緯があります。また、現在地球研では、超学際研究[6]をやるというのが一つのミッションになっているので、それに合うような形で社会実装をちゃんと入れるというのもあります。

    このプロジェクトは、大きく3つの目的があります。まず一つ目は、自然災害のリスクを見える化することです。例えば、川の合流地点の上流側は、一番浸水しやすい場所です。昔からこういった場所は田んぼとして使われていることが多いのですが、実は色んな生きものが住んでいる場所でもあります。こういう場所が宅地開発されずに残されることは、災害を避けることにもなるし、生物多様性の保全にもなるし、他の色んな生態系サービスを地域で利用することにも繋がります。一方、住宅地は自然堤防の上にあって、川から少し水があふれても浸水しない、安全な場所に立地されてるわけですね。こういった情報は、実は地図からも読み取れます。地図には色んな情報が詰まっていると思いますが、今は見えるようになっていないので、こういった危険や安全、さらに生き物や生態系サービスに関する情報を”見える化する”ことをまず1つの目標として進めているところです。これができれば、リスクを避け、さらに生態系を活かすEco-DRRが設計できると考えています。この、”生態系を活かす”こと多機能性の評価の部分です。二つ目の目的は、土地利用の将来シナリオ分析の手法を使って、Eco-DRRを活用した場合の生態系サービスの多機能性を予測評価することです。三つ目は、Eco-DRRの社会実装です。福井、滋賀、千葉それぞれの地域サイトを対象として、ボトムアップやトップダウンの方法など、色んなアプローチでどうにか社会実装の糸口が見えないかと試行錯誤しながらやっています。ボトムアップでは、自然再生協議会とか自治会が持ってる自主防災活動を通じた取り組み、あとは伝統知[7]とか地域知[8]の収集なども行っています。トップダウンの方は、国の制度とか保険・金融・民間の仕組みなどの調査も行っています。幅広いレビューを行って、使えそうな仕組みを探しているところです。


竹内  生態系の機能評価という基礎的なところから社会実装まで、非常に先導的で実行性もありそうですね。第一の目的のリスクの見える化は具体的にどのように行うのでしょうか。


吉田  ”リスク”というのはハザードと曝露と脆弱性の掛け算のようなものなんですね。どこに水が溢れるか(ハザード)だけじゃなくて、そこにどういう人間活動があって(暴露)どれだけ弱いか(脆弱性)ということでリスクが決まります。浸水ハザードマップは、みたことがあるかと思いますが、大体は川から水が溢れたら水がどこに行くかという地図なんですよ。小さい川はハザードマップに載っていない上、内水氾濫という、川に水が上手く流れず浸水する現象がうまく表現されていないものがほとんどです。現在改良が進められていますが、まだ全国はカバーされていない状況です。そこで、まず自分たちで全国規模のハザードマップをつくることを行っています。通常のハザードマップは、物理的な水理モデルを解くものですが、それを日本全国でやるのは難しいので、滋賀県の地先の安全度マップ[9]という、物理計算で解いたデータを利用して、日本全国に展開できるようなハザードの機械学習モデルを開発しているところです。次に暴露ですが、マイクロジオデータという、家がどこに建っているのか、日本全国の家に何人住んでいるかというデータや、土地利用のデータを使って算出しています。脆弱性は、例えば住宅が1平方メートル浸水するといくらの経済的損失が発生するかという国土交通省のマニュアル[10]があるので、それに従って計算することができます。この3つの要素を全部組み合わせると、浸水によってどれだけのリスクがあるのかということを金額とか被災人口とかという形で計算できるので、今それを進めています。全国すべての1700を超える基礎自治体で集計しています。


竹内  ハザードとリスクは異なるもので、リスクはハザードだけでなく暴露や脆弱性などの要素があるのですね。リスク回避を考えたとき、特に重要な要素はなんでしょうか。


吉田  リスクの3要素の中でも、どういう場所に家が建ってるか、何階建ての家が立っていて、そこに何人住んでいるかという暴露が大事です。たとえハザードがあって水があふれて来ても、そこに家が建ってなかったらそれはリスクになりません。リスクの計算では、そこに農地があれば住宅に比べれば被害は低くなるけれど、湿地だったらそれは単なる生態学的な攪乱になります。


竹内  ”暴露”は、私たちがどこにどのように住むか、で決まるので、逆をいえば選択肢にもなりえるわけですね。自然災害のリスクは数値で計算されるとのことでしたが、場所ごとにその災害に対するリスクが違っていることが可視化されるのは社会的にインパクトが高そうですね。


吉田  例えば24時間に500ミリぐらいの雨が降る、これは滋賀県でいうと100年に1回の確率ぐらいの雨量なんですけれど、この場合はこれぐらいのリスクがあって家屋の被害が生じますということが数値で出せます。雨量が増えればリスクが大きくなり、その場合の被害額を億円単位で計算することができるので、生々しい数字がでてきます。

    見せ方として、リスクではなく逆に安全率という形で出すこともできるので、どうやって世の中に出すかというところを、今検討中です。さらにリスクだけでなく、同じ地図上に生態系の多機能性、つまり生態系サービスの評価を載せたいと考えています。それぞれの自治体がどれだけ危ない土地利用をしていて、あるいは逆にどれだけの自治体が安全な土地利用をしていて、それぞれの自治体に生態系サービスがどれぐらいあるのかということを上手く見せる必要があります。おそらくリスクと生態系サービスの両方で考えれば、それぞれの自治体の特徴が出てくると思うので、それが可視化されるマップの制作に取り組んでいます。


竹内  Eco-DRRの多機能性の評価の研究は非常に興味があるところです。生物多様性も含めてこの多機能性を示すデータや知見は既存のものも含めて揃いつつあるのでしょうか?


吉田  全部のデータがそろっているわけではないので、今回は私たちのプロジェクトでも新しくデータを取っています。生態系サービスの評価は既存のモデルを使えば広域評価できるのですが、例えば生きものに関するデータは、フィールドでデータは取っているものの、広域スケールに展開できるほどのデータは無いです。だから、ローカルなレベルでは生きものまでちゃんと見られるんですけれど、日本全国レベルでは評価できないですね。生物多様性評価に関しては、地球研プロジェクトではとても扱い切れない大きな問題だと思います。例えば環境省のモニタリングサイト1000とか、既存のモニタリングとか観測データをどう繋げていくかが重要ですよね。そこには統計モデリングを噛ませないといけないと思いますが、生物多様性分野の次期の大きな課題だと思います。

[1] Nature-based Solutions (NbS):自然を基盤とした社会的課題の解決策。自然生態系の機能を活用して、コストを抑えて環境・社会・経済に便益をもたらし、社会に安定化をもたらす。

[2] Ecosystem-based disaster risk reduction (Eco-DRR)。生態系の持つ機能を利用した自然災害への対策

[3] グリーンインフラ:自然の機能や仕組みを活用した、社会資本整備や土地利用計画のこと。 従来のコンクリートによる人工構造物に代表される従来型の社会基盤グレーインフラに対比して用いられることが多い。


[4] https://www.chikyu.ac.jp/rihn/project/2018-01.html


[5] Ecosystem-based Adaptation (EbA):生態系機能や生態系サービスを利用した気候変動の影響の低減や対策などの適応戦略のこと。


[6] 超学際研究:文理融合や学術分野間の連携を中心にした「学際研究」を超えて、研究者と社会の様々なステークホルダーの直接的な協働に基づき問題解決をめざした研究


[7] 伝統知 世代を超えて受け継がれてきた知恵・知識・技術などの総体


[8] 地域知 それぞれの地域に特有の知恵・知識・技術などの総体


[9] 地先の安全度マップ 流域内の各地点における降雨規模別の浸水深などの水害リスク情報で、大河川だけでなく中小河川や農業用排水路など身近な水路のはん濫も考慮したもの。https://www.pref.shiga.lg.jp/ippan/kendoseibi/kasenkoan/19581.html


[10] 治水経済調査マニュアル(案)https://www.mlit.go.jp/river/basic_info/seisaku_hyouka/gaiyou/hyouka/r204/chisui.pdf