回 専門家インタビュー Mar. 2021

脱炭素社会と自然共生社会との両立に向けて

竹内  これまでも脱炭素社会・低炭素社会と自然共生社会は環境配慮の未来社会のビジョンとして同時に進められてきたわけですが、この二つの社会実現のトレードオフ[10]はどのように考えていらっしゃいますか。


三枝  脱炭素社会を作ることは、単に温室効果ガスをたくさん出す工場の稼働を止めればよいわけではありません。もちろん大規模工場では温室効果ガスの排出量削減は必要かと思いますが、例えば、人工的なCO2吸収源を作ろうと考えれば、早い話、新しい若い樹木をたくさん植林すれば一時的にはCO2吸収源になります。しかし、そうすると非常に均質な人工林ばかり増えて、生物多様性とはトレードオフになっていまいます。だから、森林管理も生物多様性保全の見地から、人の関与をある程度制限して生態系を保全する地域、農林水産業の見地から林業として利用する地域、さらにCO2吸収源として利用する地域など、地域全体としての土地利用計画が必要かと思います。もっと極端なケースでは、バイオエネルギー作物を大規模に育てて化石燃料の代替にするという試みも実際あります。しかしその場合も、食糧生産と競合してしまいます。バイオ作物を大規模に生産するには土地も水も使ってしまうので、食糧生産の出来る面積を減らすため食糧の価格が上がるので、これもトレードオフになります。このようにトレードオフが起こることが考えられる場合は、どの地域でなら弊害は少ないか、どこまでの面積を増やすと食糧安全保障とのトレードオフが厳しくなるかなど、アセスメントをしなければなりません。ですので、食糧生産、水、生態系保全は、脱炭素化、特にCO2吸収源の確保とは切っても切れないと思っています。このトレードオフの解決はなかなか大変です。生態系や気候変動、水あるいは食糧の専門家などでIPCCやIPBESのような報告書を何年かに一度まとめて、現状をきちんと把握し、状況が改善している地域や悪化している地域を分析し、有効な対策の模索に注力しないと、バランスの取れた社会、それこそ持続可能な社会への道は開かれないと思います。


竹内  現在、脱炭素社会への移行が加速し、再生可能エネルギー発電インフラの建設計画が進んでいます。陸上でも洋上でもそれらの建設には、環境改変が伴うわけですが、脱炭素化が急速に進みすぎていて、例えば生物への影響などのアセスメントが追いついておらず、事前の環境影響評価が不十分ではないか、という気がしているんですけど、このあたりについて何か考えはありますか。


三枝  脱炭素化を急げばどこかに必ず弊害が出るので、そういう所にしわ寄せが来てしまうとは思います。過去にも、ある土地で工場を作ると煙突から有害物質が出るので、地域の自治体の方々と長い議論が必要であったとか、その工場の誘致の是非などについて難しい選択を迫られたということはあったと思います。こういった生態系や地元との軋轢は、今後脱炭素化を急げば出てくることは必至ですので、重要な生態系についてはきちんとアセスメントをするという声を上げることは大事だと思っています。


竹内  例えば、生物影響のアセスメントをするときに、生物がどこに分布しているという情報があれば、それを使って事前にリスク評価が出来ると思います。しかし揃っていないのが現状なので、そこが生物多様性分野の課題だと考えています。次に、脱炭素社会からみた自然共生社会とのシナジー[11]についても考えてみたいと思います。先ほど食糧システムとのトレードオフとの話がありましたが、例えば、食糧もその土地の文化と絡める、つまり土地の伝統知を用いた和食文化や在来品種を特産物化する、などができれば、地域活性化にもつながります。脱炭素・低炭素の文脈では、日本は森林が多い国なので、森林保全・利活用することが地域産業にもなるかもしれません。例えば、木質バイオマスエネルギー産業[12]もその一つにあたると思いますが、ローカルな視点での脱炭素対策に関して保全と両立するような動きはありますか。


三枝  これがあるといいんですけれどね、あっても大規模な取組や世界規模の取組にはなかなかうまく繋がらないんですね。今年度から国立環境研究所で持続可能地域共創研究プログラムが始まります。そこで地域環境保全領域や資源循環領域の研究者が、会津などいくつかの地域をターゲットにして、循環型の持続可能な地域社会を作ることに挑戦します。国立環境研究所としては、そのなかのいくつかでも長く続く良い事例みたいなものを出していければいいなと思っています。何人かの研究者が北海道下川町など、バイオマスエネルギーに熱心ないくつかの地域との共同研究など個別の事例はあります。しかし、それがスケールアップするのには、非常に大きな難しさを感じています。ただ、2050年までの30年間の第一歩としてローカルでの成功例をたくさん作っていけば、それが日本の排出量を削減するくらいの大きなものになっていくかもしれません。国を挙げての取り組みまで結びつくのは、まだハードルというか距離があるようにも思います 。

[10] 一つのことを達成するためには別のことを犠牲にしなければならない関係のこと。

[11] 2つ以上のものや事象が相互に作用し合い、効果や機能をさらに高めること。

[12] 木材を原料とする再生可能エネルギー燃料(木質バイオマスエネルギー)を用いた発電と関連する産業