以下では,本研究室で実施した,(旧)宇土市役所本庁舎の解析を行った結果を記します。
なお,本ページの内容は,このページの著者が発表した下記の論文をもとに抜粋して作成しています。詳細に興味のある方は,下のリンクよりご確認ください。
Fujii, K. Pushover-Based Seismic Capacity Evaluation of Uto City Hall Damaged by the 2016 Kumamoto Earthquake. Buildings 2019, 9, 140. (Open Access)
注)全ての図は,上記論文より引用・転載しています。
Fig. 1に旧本庁舎の略伏図を示します。本建物は,構造的には事務室棟(Office Block)と階段室棟(Stair Block)から構成されています。この2つの棟は,床でつながっていますが,梁ではつながっていません。加えて,事務室棟側の構面A1~A3,B1~B3は他の構面ならびに階段室棟から45度回転した方向を向いています。
Fig. 1:(旧)宇土市役所本庁舎の平面図。
Fig. 2とFig. 3に被害状況の写真を示します。Fig 2(a)は事務棟南面の構面A3,Fig 2(b)は西面の構面B1です。西面の構面B1の方が,構面A3と比べて大きな損傷が生じる結果となりました。
Fig. 2:宇土市役所本庁舎の被害状況。 (a) 構面A3,(b)構面B1。
Fig. 3に構面B1の被害の詳細を示します。3階中柱(柱A2B1)の頭部で大きな損傷が生じた結果,4層が部分的に崩壊する被害が生じていました。
Fig.3:構面B1の被害の詳細。
本研究では,立体フレームモデルを作成して解析を実施しました。Fig. 4に各構面のモデル化を示します。なお,本庁舎の事務棟と階段室棟とは梁ではつながっていませんが,ここではスラブで一体になっているものとして解析を行いました。
Fig.4:構面のモデル化。 (a)構面B1,(b)構面Y5。
梁部材と柱部材は,Fig. 5のような非線形特性を曲げ変形にのみ考慮することとしました。なお,事務棟の外周部の構面では,柱梁接合部で接合部降伏の生じる可能性がありますが,これに関しては梁部材の曲げ降伏強度を接合部降伏の生じるときの梁端応力まで低減することで間接的に扱うこととしました。
Fig. 5:梁部材・柱部材の曲げ変形の非線形特性。
一方,耐震壁はFig. 6(a)に示すようにブレースを用いてモデル化することとしました。ここで,ブレース材はFig 6(b),(c)に示すような非線形特性を与えることとしました。一方,耐震壁の両側の柱部材はピン部材でモデル化し,軸方向変形は弾性挙動することとしました。なお,壁内梁は壁の存在で剛性が非常に高くなっていることを考慮して,その剛性は計算値の100倍の値を入れています。
Fig. 6:耐震壁のモデル化と非線形特性
ここでは,上記論文で提案している,静的非線形解析による耐震性能評価について示します。検討パラメータとして,(a)耐震壁のせん断破壊後の挙動,(b)基礎ばねの剛性,の2つを考えることとしました。全体で6つのモデルで解析を行いました。
Fig. 7:静的非線形解析による検討パラメータ。(a) 耐震壁のせん断破壊後の挙動,(b)基礎ばねの剛性。
耐震性能評価で用いる入力地震動は,宇土市の地域特性係数(Z = 0.8)を考慮した,建築基準法施行令における極めて稀に生じる地震動(第2種地盤)の設計用応答スペクトルとしました。
ここでは,旧本庁舎では接合部降伏が生じる可能性のある事を考慮して,静的非線形解析においていずれかの柱部材の層間変形角が1/75に至った点を建築物全体での終局点とみなすこととしました。これは,柱梁接合部で降伏の生じる建築物では応答が不安定になることが既往の研究で指摘されていることから,本解析のように接合部降伏後の挙動が再現できないモデルでの限界として仮定したものです。
初めに,静的非線形解析の結果から作成した,各モデルの代表的な復元力と変形の関係(1次モードの等価加速度―等価変位関係)をFig.8に示します。これより,耐震壁の耐力低下が最も顕著なモデル(図中の赤線のModel-RuW1-100,RuW1-050)は,他と比べて横軸の等価変位が大きくなると縦軸の等価加速度が低下していることがわかります。また,全てのモデルで建築物の終局点が2つ(●印と〇印)ありますが,これは実際の地震動は3次元挙動であることから,水平1方向入力のみ考慮と水平2方向同時入力を考慮する場合と2種類で検討したためです。以下では,●印の水平2方向同時入力を考慮した場合の終局点で話を進めます。
Fig. 8:各モデルの1次モードの等価加速度―等価変位関係。(a) 基礎ばねの剛性100%,(b)基礎ばねの剛性50%。
Fig.9は,終局点での1次モードの変形の例として,Model-RuW1-100の結果(水平1方向入力のみ考慮)を示します。同図より,旧本庁舎の応答が終局点に至るときの1次モード形は,建築物全体が大きくねじれて構面B1が大きく振られる形になることがわかります。なお,他のモデルでも同様の結果となりました。
Fig. 9:終局点における1次モードの変形の例(Model-RuW1-100)
Fig.10に,基準法施行令における設計地震動に対する限界地震動倍率と等価変位の関係を示します。この図より,旧本庁舎が本研究で仮定した終局点にいたるときの限界地震動倍率が0.32~0.38程度であることがわかります。このことは,旧本庁舎は現行の建築基準法施行令で定める設計用地震動に対し,およそ1/3程度の倍率までしか耐えられない程度の耐震性能しか有していなかった可能性のあることを示しています。
Fig.10:各モデルの限界地震動倍率―等価変位関係。(a) 基礎ばねの剛性100%,(b)基礎ばねの剛性50%。
Fig.11に,各モデルの終局点での損傷分布を示します。この図で,黄色の●印が曲げ降伏の生じた部分,赤色の▲が柱梁接合部降伏を考慮した梁での曲げ降伏が生じた部分を表します(どちらも,損傷の発生個所と考えていただいて結構です)。この図より,いずれのモデルでも構面B1の方が構面A3よりも解析上の損傷が大きくなっていることがわかります。このことは,Fig. 2,3で示したように,実被害において構面B1の方が構面A3よりも損傷の大きいことと対応します。一方,Fig. 3で示したように,構面B1の3層中柱の頭部で曲げ降伏が生じ,かつそこの柱梁接合部での降伏が生じているケースを見ると,Fig. 11の(c),(e),(f)がそれに該当します。このことから,本研究では,モデル(c),(e),(f)が旧本庁舎の被害をより説明しうるものと判断しました。
Fig.11 各解析モデルの終局点での損傷状況。(a) Model-RuW1-100,(b) Model-RuW2-100,(c) Model-RuW4-100,(d) Model-RuW1-050,(e) Model-RuW2-050,(f) Model-RuW4-050。
次いで,K-NET宇土での観測記録に対する耐震性能を検討します。Fig 12は,04/14に発生した前震での地震動の強さを表すものを黒線で表し,これに各モデルの代表的な復元力と変形の関係を表したもの(Fig. 8の等価加速度―等価変位関係)を重ねたものです。この図より,各モデルの等価加速度―等価変位関係と前震での地震動の強さを表す黒の曲線の交点がないことがわかります。このことは,この地震動により生じる応答は,各モデルの終局点を超えてしまうことを意味します。
このことから,旧本庁舎は04/14に発生した前震の時点で,Fig. 10に示す程度のダメージを受けていた可能性があると考えられます。
Fig.12 04/14(前震)のK-NET宇土での観測記録に対する耐震性能評価。(a) 基礎ばねの剛性100%,(b)基礎ばねの剛性50%。
Fig. 13は,04/16に発生した本震での地震動の強さを表すものを黒線で表し,これに各モデルの等価加速度―等価変位関係を重ねたものです。この図より,各モデルの等価加速度―等価変位関係は,本震での地震動の強さを表す黒の曲線の内側に入ってしまい,交点が得られないことがわかります。このことより,本震により生じる応答は,各モデルの終局点を大きく超えてしまうことがわかります。
Fig.13 04/16(本震)のK-NET宇土での観測記録に対する耐震性能評価。(a) 基礎ばねの剛性100%,(b)基礎ばねの剛性50%。
以上より,本研究での解析結果から判断する限り,
旧本庁舎は現行の建築基準法施行令での設計用地震動に対して1/3倍程度までしか耐えられなかった可能性のあること,ならびに
旧本庁舎で西面の構面B1の方が南面の構面A3より損傷が大きくなったことは,解析結果からある程度説明可能であること,すなわち旧本庁舎の1次モードは,建築物全体がねじれて構面B1が大きく振られる形となり,構面B1の方が構面A3より大きな損傷が生じたと考えられること
旧本庁舎は04/14の前震の時点で,層間変形角にして1/75を超える応答が生じてある程度の損傷が生じていた可能性のあること
がわかりました。本研究では,旧本庁舎で4層に部分崩壊を伴う大きな被害が生じたことを,完全に説明できているわけではありません。ただ,旧本庁舎は大きくねじれて応答したために事務棟西面の構面B1の方が南面の構面A3より大きな損傷が生じたと考えられること,04/14の前震の時点で,事務棟西面の構面B1の3層中柱の頭部で曲げ降伏と柱梁接合部での降伏(解析モデル上は梁端と柱頭の降伏による3ヒンジ状態)が生じていた可能性があること,まではわかったと考えています。ではなぜ西面の4層で崩壊が?の問いに関して,本研究から「推測」できることとしては,前震で3層中柱の頭部と柱梁接合部で損傷が生じたことで,04/16の本震の早期にこの接合部で劣化が生じて4層以上が「ぶらぶらに振られる」形になって大きな損傷に至った,ということであろうということです。ただし,これはあくまで「推測」の1つに過ぎません。
なお,宇土市役所は旧本庁舎の耐震診断を被災前に行っており,これを踏まえて建て替えのための準備を開始したその矢先に,この地震で被災したとのことです。2016/04/16の本震が深夜であったため,旧庁舎の損傷で人的被害が生じなかったのが,不幸中の幸いというべきことでした。
本研究は,千葉工業大学未来ロボット研究センターとフジテレビ系列「Mr. サンデー」との共同で行った調査に基づき,筆者個人の責任でとりまとめたものです。設計図書等を提供していただいた宇土市役所をはじめ,関係の皆様にここに謝意を示します。加えて,被災地の1日も早い復興を祈念します。