ローカルマーケットが守るもの
(小松かおり)
(小松かおり)
バナナには、輸出作物としての甘いバナナと生産された地域で食べられたり国内で流通したりする多種多様なバナナがある。輸出されないバナナは地域でどのように流通するのか、インドネシアの例を見てみよう。
インドネシアのスラウェシ島の南西部の海岸沿いに、周りの人から「バナナ食い」と呼ばれている人がいる。スラウェシ島の中心であるマカッサルから北西に180キロメートル離れた海岸部に住むマンダールの人びとだ。マンダールの人びとは美しい白い帆船で沿岸漁をすることでも知られている。現在は主食はインドネシアの他の地域と同じようにコメだが、1950年代に調査した日本の研究者が、マンダールの人たちの主食は料理したバナナだと報告していて、今もバナナの栽培や利用がさかんな地域だ。
2000年頃調査したマンダールの町ティナンブンには週に2回定期市が立っていた。定期市には、いろいろなバナナを仕入れて売る店もあれば、農家の女性が自分の家から持ってきた2、3の果房を地面に並べて売る売り場もあった。ある日、定期市で、バナナの品種を全部買い集めると、10種類のバナナが見つかった。
それらのバナナをすべて買ってホームステイ先の家に持って行き、生で食べるとおいしいものは生で食べ、料理した方がよいバナナはその種類に合った方法で料理してもらうようにお願いした。家の女性たちはそれらのバナナをよく知っていて、茹でたり、ココナツミルクで煮たり、菓子にしたりしておいしく食べさせてくれた。疲れたときにはこのバナナがよい、とか、バナナ・チップにはこれが最適、とかいう注釈もついた。
珍しいバナナが見たいというと、家族や近所の人で話し合って、あの道を入ったあの村のあの家におもしろい種類があったとか、あそこの畑に珍しい品種がある、という情報が入ってきて、最初のティナンブンの滞在では、1週間で22種類の異なる名前をもつバナナに会えた。
さらに、海沿いにだけあるバナナ、山にだけあるバナナ、ある町にだけあるバナナなど、マンダールの人たちの中でも地域によって異なるバナナが分布している。海岸沿いに走る道路の10キロメートルから15キロメートルくらいごとに市場があって、近くの山から持ち込まれたものも含め、ご近所のバナナが買えるのだった。
東南アジアはそもそも現在の食用バナナの多くが生まれた地域のひとつで、AA、AB、AAA、AAB、ABBなどのゲノムタイプのバナナが存在し、遺伝的多様性が非常に高い。二倍体(AAやAB)のバナナは果指や果掌が小さく、三倍体(AAA、AAB、ABB)のバナナは大きい、バルビシアーナの染色体(Bゲノム)が入ったバナナは皮がくすんでいるなどの傾向があり、慣れてくると、実を見ただけで少しは見分けられるようになる。
また、品種間の違いもわりと見分けやすく、市場を1週間も回っていると、素人のわたしも、多少は品種の見分けができるようになった。ずっとバナナを栽培して食べている地元の人なら、かなりの品種が見分けられるだろう。
ところが、スラウェシ島の中心地、マカッサルの大きな市場では、ほとんどの店で4種類のバナナしか売っていなかった。生食用のバナナが2種類、料理用のバナナが2種類である。一生懸命探して、やっとあと2種類が見つかった。なぜマンダールの市場に比べてこんなに品種が少ないのか気になって調べてみた。
マカッサルにはスラウェシ島の南半分からバナナが集まってくるが、最も大きな産地はスラウェシ島中央部の稲作地帯だという。そこに行ってみると、畑で作られているバナナは1種類か2種類で、少し移動すると種類が少しずつ違っていた。大きな町の郊外にバナナ集積場があり、近隣で作られたバナナはそこに運ばれる。そこで大型トラックに品種ごとに積み込まれて、マカッサルや隣のスマトラ島に運ばれていくのだ。
大産地の市場に行くと、売っているのはマカッサルで売っているバナナで、その中でもその地域でたくさん作られているバナナが多く売られているようだった。バナナは商品作物として扱われていて、めずらしい品種を訊いてもでてこない。
大きな市場にだけ出荷している場所では、バナナは都会で知られている限られた品種に限られる。買い付け業者が農家で買い付けたバナナを集積場に運び、品種ごとにトラックに積み込まれる。マカッサルで見た集荷場では、果房に油性ペンで果掌の数が書いてあった。これで値段が決まるのだろう。大型トラックには同じ品種だけが乗っていた方が仕分けの手間がなく、値段の計算が簡単だ。
しかし、マンダールでは、都会に出荷されるのと同時に地域の市場にもバナナが出荷される。地域の人たちはその地域で作られるバナナをよく知っているから、めずらしいバナナにも買い手がつくし、小さな市場なら、めずらしいバナナがひとつだけあっても出荷することが可能だ。マンダールの人たちも、都会で売れるバナナは知っている。
しかし、市場に合わせてバナナを作るだけではなく、自分たちが食べたいバナナ、ローカルマーケットで人気のバナナ、珍しいから作っているバナナもあるし、結果としてそれはどこかで売れる。作物の多様性を守っているのは、ひとつは、このような地産地消のローカルマーケットだろう。
ただ、マカッサルのマーケットも、インドネシア全体から見れば、独自の品種をそろえている。インドネシアの場合は、南スラウェシで栽培されたバナナは、スラウェシ島の中か、隣のスマトラ島に運ばれるくらいで、国の中にいくつもバナナ流通圏が併存している。首都ジャカルタでは、売られる品種も呼び方もスラウェシとは違っている。
国がひとつの流通圏になっている国では、国の中で標準的な品種が同じだったり(ガーナ)、村の中では品種が見分けられていても、市場に出るとひとつの名前にまとめられてしまったり(ウガンダ)することがある。
スラウェシでも、畑や地域の市場では見分けられて別々の名前で扱われているバナナが、マカッサル行きのトラックに載せられるときには、マカッサルで売れる特定の名前にまとめられてしまうことがある。大きな市場では、細かい違いよりも均質性が求められるのだ。そして、そのバナナを買って食べる人たちの知識も大雑把になっていくのだろう。
ローカルマーケットは違いを見分け、楽しみ、使い分ける買い手に支えられているし、そのような買い手を作り出す。