ベトナム南部タイニン省・

キンのバナナ栽培文化

【1】はじめに -ベトナムとバナナ、タイニンの人びと

 ベトナムの食べ物と聞いて、バナナを思い出す日本人はほとんどいないと思います。日本でよく知られているベトナム料理といえば、生春巻やフォーと呼ばれる米麺などでしょう。近年、ベトナムを訪れる日本人観光客も増え、ベトナム最大の都市ホーチミンのベンタイン市場などでも多くの日本人を見かけます。日本人の多くは日本で見ることの少ない珍しい果物、例えばランブータンやドラゴンフルーツ、ドリアンなど、もしくは日本で見られるようになったけれども日本よりかなり値段の安いマンゴーやパパイヤなどに惹かれるようです。日本で見慣れているバナナはあまり注意を引かないように見えます。しかし、実際に市場で最も多くの場所を占めている果物は実はバナナなのです。バナナはベトナムの人にとって最も身近な果物といっていいでしょう。

 調査をおこなったのはベトナム南部のタイニン省です。タイニン省の省都タイニンはホーチミンから北西の方向におよそ100km、車で2時間程度、またカンボジアとの国境までは40km程度のところにあります。ベトナムは多民族国家ですが、その民族構成を見るとキン(Kinh)が全体の90%を占めています。調査地でも、そのほとんどがキンでした。

  タイニンはカオダイ教の町として知られています。カオダイ教は1920年に生まれた新興宗教で、キリスト教、イスラム教、仏教、道教、儒教など東西の宗教を織り交ぜた宗教で、その信徒の多くはタイニン省に住んでいます。タイニン省の70%の人がカオダイ教徒であるとも言われ(「地球の歩き方」編集室、2000)、多数の外国人観光客が総本山の参拝風景を見に訪れています。


【2】キンのバナナ栽培

 バナナが植えられている場所は大きく4つに分類できます。一つはバナナの単作畑、二つ目は果樹園に他の果樹とともに植えられているもの、3つ目は水田の畦に植えられたもの、4つ目は家の周りに植えられたものです。

 バナナの単作畑は市場などに出荷するための商品作物としてのバナナを栽培する畑です。栽培されている品種もやはり商品価値をもつchuoi xuchuoi giaです。3m程度の間隔で整然と植えられ、雑草もきちんと刈られています。一部の畑では肥料も与えられています。

 果樹園ではドリアンやランブータンなどと混作されています。この場合も雑草は刈られて、刈った草はバナナや他の果樹の根元に集められ、肥料にされます。

 水田の周りの畦や川岸のちょっとした土地にもバナナは植えられています。ココヤシといっしょに植えられていることも多いです。

 農村では家の周りに屋敷畑があり、そのほとんどにバナナが植えられています。街中でもちょっとした空き地にバナナが植えられています。ここでは単作畑のように単一の品種を整然と植えるのではなく、いろんな品種のバナナが雑然と植えられています。最も多様な品種が観察できる場所でもあります。

 近年、シンガポールや台湾などの外国資本による大規模プランテーションが作られたという話もありましたが、現地に行ってみるとそれらはすでに放棄されていて、マンゴーなどの果樹園になっていました。バナナに投資した外国資本はアジア経済危機のときに撤退したそうです。また、輸出用としてはすでにフィリピンなどで日本向けに生産体制が確立しているバナナよりも、他の果物のほうが有利だと考えられているようです。ただし、地元での重要性は決して減っているわけではありません。


【3】キンが栽培するバナナの種類

 ベトナム語でバナナはchuoiと呼ばれます。各品種のバナナはchuoiの後に単語をつけて表現されます。

 タイニン省では26品種のバナナが見つかりました。ベトナムでは他の東南アジアの国々では見られないようなバナナもいくつか存在します。遺伝子タイプ別に見るとアクミナータ3倍体(AAA)が10品種で、全体の4割近くを占めています。次はアクミナータ2倍体(AA)で6品種です。このように品種数ではアクミナータ系のバナナが多いです。その一方で他の東南アジアではある程度見られるAABの品種が1つしかありません。ABと思われる品種がありましたが、これは東南アジアでは珍しいものです。また、BBの栽培用品種もありました。

 タイニンの代表的なバナナは、AAのchuoi cao、AAAのchuoi giachuoi bom、ABBのchuoi xu、ABのchuoi cha bot、そしてBBのchuoi hotです。

 chuoi caoは小さな生食用バナナで、味がよく、他のバナナより値段が高いです。chuoi giaは大ぶりの生食用バナナで日本で食べられているバナナと同じ品種です。chuoi xuは市場でも畑でも最も多く栽培されている品種です。小さな店ではこの品種しか売っていない場合もあります。タイニン省で最も重要なバナナで、生で食べるとともに、いろんな方法で料理されます。

 chuoi cha botは最もおいしくまた値段の高いバナナとされています。chuoi hotは大きな種が実にいっぱい詰まっていて、薬として用いられます。珍しいけれど特徴があるバナナとしては実や偽茎が赤いchuoi lualuaはベトナム語で火を表す)や小さな果実がたくさんついているセンナリバナナchuoi tram naitramは1000、naiは果掌)があります。

 バナナを探しているというと、珍しいバナナを多く栽培している老人を紹介してもらうことが何回かありました。その屋敷畑に他では見ないようなバナナが栽培されていました。一方、商品として栽培されている畑ではごく限られた売れる品種のバナナしか栽培されていません。将来のことを考えると、この老人たちが珍しい品種を維持している間に、どこかでこれらを管理していくことが必要でしょう。


【4】キンによるバナナの利用

(1)食用

 バナナの利用法で最も重要なのは当然食用です。ただし、食用といっても、日本のように皮をむいてそのまま生で食べるだけではなく、その他にさまざまな料理法があります。

 ベトナムのバナナの品種の多くは、生で食べるものです。特にAAおよびAAAタイプのバナナはすべて生食されます。ただし、これはバナナを料理に用いることが少ないということではありません。タイニン省で最も多く栽培、消費されているバナナであるchuoi xuは生食と料理の両方に用いられていて、料理を実にする機会は非常に多いです。しかし、アフリカのようにバナナを主食として食べることはなく、副食やお菓子として利用されています。

 chuoi xuを使った料理をいくつか紹介しましょう。まず、熟した甘酸っぱいフルーツを用いたものです。

 banh tetはフルーツをもち米で包み、それをさらにバナナの葉で包んで煮たものです。火を通すとchuoi xuのフルーツは赤い色になり、切り口はもち米の白とchuoi xuの赤のコントラストが鮮やかです。バナナの甘さと酸っぱさがもち米と混ざった微妙な味がとてもおいしいです。

 プレスしたchuoi xuのフルーツに米粉をつけ油で揚げた揚げバナナ(chuoi chien)もあります。

 炊いた米の中にchuoi xuの切ったものを入れ、それをバナナの葉で包んで焼いた焼きバナナ(chuoi nuong)は、米のおこげと甘酸っぱいフルーツがうまく合っています。

 banh chuoi nuoc cot duaは切ったフルーツをもち米の粉をココナッツミルクで溶いたものに加えて型に入れて蒸したものです。

 洋風のものではバナナケーキ(banh chuoi nuong)を家で焼いたりしているようです。

 また、バナナアイス(kem chuoi)が街角で売られています。これはプレスしたchuoi xuをココナッツミルクといっしょに凍らしたものです。

 熟す前の甘くないchuoi xuを使った料理もあります。

 ベトナムの代表的な料理である生春巻(goi cuon)の具にまだ熟しきっていないchuoi xuのフルーツをとても薄くスライスしたものを用いています。サラダのような感じで他のハーブともあっています。

 熟していないフルーツとキャッサバのイモ、タピオカ、緑豆などをココナッツと砂糖で味付けした煮込み料理(che chuoi)はかなり腹持ちのする間食になります。

 ベトナムのバナナ料理の特徴は、バナナと米を組み合わせたものが多いことでしょう。米はベトナムの食文化の中心を担うものです。日本でバナナと米を組み合わせた料理というのは思いもよらないものかもしれませんが、ベトナムではごく普通のものとして庶民の味になっています。

 フルーツ以外では雄果序の中の雄花を生で食べます。見た目も味も舌触りもほとんどモヤシと同じです。これをbun bo Hueという料理で用いていました。この料理は牛(bo)でだしをとったスープにbunと呼ばれる米の麺を入れたものです。Hueはベトナム中部の都市でベトナム最後の王朝の都があった都市で、そのHue風のbun boということです。この麺のトッピングに牛肉やコリアンダー、ミントなどのハーブ、モヤシに加えてバナナの雄花がのっています。ベトナムといえば米の麺の料理が有名ですがそれにもちゃんとバナナは使われているんです。

(2)薬用

 バナナは薬としても用いられます。chuoi hot (BB)という品種が最も重要で、フルーツ、種、樹液が薬になります。

 フルーツを天日で乾かし、ベトナムの伝統的な蒸留酒ruouに漬け込むと、薬用酒となります。種は乾燥させたあと、粉にして水に溶いて飲みます。種の中の白い部分(仁と胚乳)が薬になります。

 また、偽茎を途中で切ったときに偽茎の中の穴にたまる樹液も薬用になります。

 chuoi hotの乾燥果実や薬用酒、種子などの粉末はそれぞれ街中で売られており、ban chuoi hotbanは店を意味する)という看板が出ている専門店もあります。家の裏でchuoi hotのみをたくさん栽培している人もおり、その人たちにとっては重要な現金収入源になっているようです。

 これらのバナナの薬は腰の病気や体がだるいときに効くということでした。

(3)物質文化

 物質文化としての利用は、他の東南アジアの地域と同じように、葉でいろんなものを包むということが見られました。ベトナムでは粽のように米に具を加えて蒸す、煮る、焼く料理が多く見られますが、これらの料理を作る際にバナナの葉で包みます。上で紹介したban tetがその典型でしょう。

(4)精神文化

 精神文化の面では、寺院におけるお供え物としての利用が見られます。タイニンはカオダイ教の総本山のある町ですが、その寺院ではお供え物の皿にぐるりとchuoi xuを配し、その上にマンゴー、ザボン、オレンジ、ウォーターアップルなどをのせていました。多くの仏教寺院でも同じようにお供え物としてchuoi xuが用いられていました。ベトナム中部ニャチャン(Nha Trang)のチャンパ寺院の遺跡でもchuoi xuがお供えされていました。これは少数民族チャムの人たちの寺院です。


【5】おわりに

 ベトナムの人々の生活の多くの面でバナナが深く根付いていることがわかっていただけたかと思います。品種数はインドネシアやマレーシアと同程度ですが、生食用のAAおよびAAAがほとんどです。これはchuoi xuというバナナが人びとの圧倒的な支持を得ていて、他の料理用バナナの出る幕がないという状況になっているからかもしれません。

 現在、ベトナムはドイモイ政策のもとで市場経済化が進んでいますが、バナナもそれに伴なって自家消費用から販売用へと栽培目的が変化していっているようです。商品作物としてのバナナを栽培する単作畑も多く見られ、そこでは売れる品種に栽培が集中しています。現在の状況は、より利益を上げるために、商品価値の高いバナナ品種、さらにはバナナよりも商品価値の高い別の果物へと栽培が移行しつつあるように思えます。今後の品種改良などのためにも、バナナの遺伝的多様性を維持していく必要がありますが、それにはお年寄りによって維持されている稀少なバナナ品種を再評価しないといけないでしょう。

 ベトナムにおけるバナナの食文化の特徴はchuoi xuを用いた多彩な料理でしょう。ベトナムの食生活の主役は米で、3度の食事の中ではバナナはあくまでも脇役です。しかし、間食やおやつなどの場面では、米と組み合わされて重要な位置を占めています。

 ベトナムのバナナ利用の大きな特徴は薬用です。chuoi hotの薬用酒はホーチミンの牛鍋屋さんでも売られていて、これを一杯飲みながら、牛鍋をつついている人もいます。一般のスーパーマーケットにもchuoi hotのティーバックが売られています。薬用酒やお茶などは漢方薬の影響を受けているのかもしれません。中国とベトナムの長年にわたる交流と支配の歴史を反映しているのでしょう。


-参考文献-

「地球の歩き方」編集室(2000)『地球の歩き方93、ベトナム2000~2001年版』ダイヤモンド社。