インドネシア・スラウェシ島西部・

マンダールのバナナ栽培文化

【1】はじめに

 インドネシア、首都ジャカルタのあるジャワ島の北東に、スラウェシ島があります。かつてはセレベス島と呼ばれた島です。アルファベットのKの字のような形をしたこの島の南西部に、自らをマンダールと呼ぶ人々が住んでいます。マンダールの人々はイスラム教徒で、サンデ(sandeq)と呼ばれる美しい小型の帆船と、大小さまざまの帆船の造船技術で知られています。毎年8月におこなわれるサンデ・レースは、マンダールの中心地であるマジェネから、州都マカッサル(ウジュン・パンダン)までの約200キロメートルを数日かけて競う、優雅なレースです。

 マンダールの人々は、周囲の人々から「バナナ食い」として知られています。周囲の、ブギス、マカッサル、トラジャといった人々が稲作を中心とした農業を営むのに対して、マンダールの人たちは、バナナ栽培に力を入れ、たくさんの種類のバナナを持ち、たくさんの料理法を知っているからです。マンダールの人々の住んでいる地域は、海岸線と山が多く、稲作の適地が少なかったこともあって、他の人たちのようには、米を作らないできたと考えられます。

 わたしたちは、州都のマカッサルから、海岸線に沿って西北に約300キロメートル舗装道路を走ったところにある、ティナンブン(Tinambung, 3'29°S、119'E)という村(Desa)を中心に調査をおこないました。


【2】マンダールのバナナ栽培 ~村中どこにも、バナナ~

 マンダールの人々の主食は、コメ、バナナ、キャッサバ(マニオクとも呼ばれる南米原産のイモ)、ヤウティア(サトイモに似た南米原産のイモ)、サゴヤシから採ったでんぷんなどです。毎日の食事において米は欠かせませんが、マンダールの地域では水田が少ないので、その多くは他地域から運び込まれています。それに対して、やはり毎日のように口にするバナナは、ほとんどが自分の畑かマンダール地域でつくられたものです。マンダール地域の典型的な畑(uma)では、バナナ、ココヤシなど複数の作物が、ランダムに混ぜて植えられます。このような方法は、混作と呼ばれます。1980年代には、政府が輸出作物としてカカオをつくることを奨励したため、この混作畑の中にカカオが混ぜて植えられるようになりました。カカオを混ぜて植えると、バナナの生長が悪くなったり、マサイ(masai)という病気(後述)が悪化すると農家の人は思っていますが、カカオはよい現金収入になるのでやめるわけにはいきません。混作畑の中に植えられたバナナの本数は、一般的な畑のひとつで計ったところ、1ヘクタールあたり100本(550株)でした。また、家の周りの家庭菜園にも、めずらしい品種を中心に、必ずバナナを植えてあります。道ばたにも、ちょっとした場所にはバナナが植えられています。家庭菜園での珍しい品種の手入れが、バナナの品種の多様性が保たれる大きな要因になっているようです。

 バナナには、細かい部位名称や部位の状態を表す名称が与えられています。ロカ(loka)というのが、バナナを示す名称です。品種の名前は、すべて、‘ロカ・~’という名前の付け方で、部位名称のいくつかにもこの単語が含まれています。葉は、頻繁に利用され、生長の指標にもなるためか、特に多くの呼び方があります。親株と子株はそれぞれ、祖父/祖母を表すkanneと孫を表すappoと呼ばれます。

 バナナの手入れの仕方は、次のように説明されます。同時に生長する子株は3株までが望ましいと考えられています。5世代たつと、生長が悪くなるので別の場所に植え替えた方がよいといいます。子株を別の場所に移植するときは、子株を掘り出し、葉と根を切って1.5メートルほどにし、10日ほど根元を乾燥させ、30センチメートルほどの深さの穴に植えます。穴は掘り棒で掘り、20日ほど放置しておきます。親株から切り取ったときに向かい合っていた親株と子株の面と面が向かい合うように植える方がよいそうです。他のバナナと4~5メートルの間隔があき、葉が重ならないように植えます。移植に特にシーズンはありませんが、朝に植えた方がよいと言います。植える株に自分の影が当たらないような位置に立って植えます。移植したのちは、水もやらず、肥料もほとんど与えず、マルチングもしません。雑草がはびこるとネズミが来るため、除草します。場合によっては、雄花序を切り落とします。収穫するときも、自分の影より高いところで株を切り倒してから根本を切ります。根元から切らないと、子株の生長が悪くなると言います。

 この地域では、葉が黄変して枯れるマサイと呼ばれる病気が見られます。この病気は、強い日射しを受けたあとに雨が降ると発生しやすいと言われています。予防のためには、それぞれの個体から黄変した葉を除去して、普段から枯れ葉を取り除いておかねばなりません。マサイの感染力は強いので、病気にかかった個体は根元まで掘り採られ、葉の除去に使った山刀はよく洗われます。後述するloka balambangは、この病気に耐性があるとして好まれています。


【3】マンダールが栽培するバナナ  ~豊富な料理用バナナ~

 マンダール地域では、名称の異なるバナナの地方品種が39種類観察されました。これらの中には、形質も利用法も非常に似ているバナナも含まれています。

 マンダール地域でどこにでも必ずあり、どこの市場でもたくさん見られる3大品種は、料理用バナナのloka manurung (BBBもしくはABB)とloka balambang (AAB) 、生食用のloka tila (AAA)です。loka manurungloka balambangが、どこの市場でも商品の半分以上を占めます。その次に多いのは、両方とも生食用の、loka loka (AA)とloka barangang (AAA) です。loka loka は、非常に実の小さいバナナで、南スラウェシの各地でさまざまな名称で親しまれています。loka barangangは味が非常に好まれ、市場でも価値の高いバナナです。また、マンダールの各地には、特定の地域にだけたくさんある、地域特産のバナナもいろいろあります。海岸部と山間部、北部と南部などさまざまな違いがあります。概して、マンダール地域では、料理用のABB/BBBタイプのバナナと生食用のAAAタイプがたくさん植えられています。

 これらの栽培バナナの他に、マンダール地域の山間部には、loka lesang(サルのバナナ)と呼ばれる野生種も見られます。これは、インドネシアに数亜種が分布するMusa acuminataの1種だと思われます。野生種のバナナは、以前は各地にありましたが、「サルしか食べないバナナ」の名前が示す通り、まったく利用されないために駆逐され、現在は、山間部の一部に残っているだけです。

 また、loka balowoなどの名前で呼ばれる種ありバナナも観察されました。

 マンダールの人たちは、新しバナナ好きです。友達の家や親類の畑に自分の持っていない種類のバナナを見つけると株をもらって帰ります。また、海岸部には、「島から来たバナナ」など、外来種であることを示す名前のついたバナナがいくつかありました。バナナは常に運ばれ、名前をつけられ、その土地に根付いているのです。


【4】マンダールによるバナナの利用 ~儀礼・歌・格言にもバナナ~

 マンダールの人々は、品種によって用途を使い分けています。遺伝子型からみると、アクミナータ同質体のAAとAAAのバナナは生食され、バルビシアーナの形質が入るAAB、ABB、BBBのバナナは料理用に使います。

 マンダールのバナナ料理には、たくさんのレシピがあります。特に、バナナをつかったお菓子はバリエーションが豊富です。揚げバナナ(loka janno)、焼きバナナ(loka epe)、バナナチップ(karoppo loka)など単純なものから、米粉とココナツフレーク・ヤシ砂糖を混ぜて二度蒸ししたrokoroko-untiなど手間をかけたお菓子まであります。昔は、現在お菓子づくりにつかっているようなバナナを、茹でて主食にしていたと考えられます。バナナが一度にたくさん熟れてしまったときには、干しバナナにして保存していました。また、loka puruという品種は疲れたときに滋養強壮の効果があると言われ、茹でて食べます。

実以外にも、花茎の先端部の苞とその中の雄花序が食用になります。これは、トウガラシや赤タマネギ、魚などを加えて酸っぱいサラダ(lawar puso)となります。

 バナナの葉は、調理のときに包んだり、鍋蓋として使ったりとさまざまに使われます。

 一方で、マンダールでは、儀礼のときにバナナが欠かせません。マンダールに独自の儀礼、イスラムの儀礼の両方にバナナが供えられます。わたしたちは、コーランを読み終えた子どもたちを祝福するイスラムの祭礼を見学する機会に恵まれましたが、その際、モスクの中央には、loka manurungが丸ごと飾られていました。

 また、パンボアン村という村は、おいしいと評判のloka pereという品種のバナナ産地として名高いのですが、マンダール・ソングには、パンボアンの人が自分の村を讃える次のような歌があり、loka pereも歌に歌われています。

「パンボアン村の乾季/月が輝く/漁師が海に出ていく/東風が吹く/美しい浜、白い浜辺/私たちが待つ場所/漁師がトビウオを持ち帰る/どうして忘れることができよう/チャラカンにボンバンガーナ(魚の名)/パイナップルにloka pere/もっとも甘い」。

 マンダールの間には、「同じバナナでも実がつく位置によって味が違うように、人も器によって社会的位置を決めなければならない」、という意味の格言もあり、バナナは彼らの精神文化に深く関わっています。


【5】おわりに

 スラウェシ島は海岸線が長く、海沿いの道と、海路での交通が非常に大切な役割を果たしてきました。マンダール地域でも、海沿いを結節点として、現在でも頻繁な品種の移動があります。また、突然変異によって現れた変化を見逃さず、希少種として観賞用に大切にすることで、新たな品種の創出をおこなう土壌があります。スラウェシ島は、カリマンタンやジャワなどのインドネシアの島々、マレー半島とはかなり異なるバナナの品種群をもつフィリピンと地理的に近く、バナナの品種にもフィリピンとのつながりが感じられます。その中でも「バナナ食い」のマンダールのバナナ文化は、なぜ品種がこんなに多いのか?、いったい、どうやってバナナは他の土地に移動して根付くのか?、という品種の問題を考える格好の舞台となるでしょう。