インドネシア・ジャワ島西部・

スンダのバナナ栽培文化

【1】はじめに

 ここでは、インドネシア・ジャワ島西ジャワ州(Jawa Barat)におけるスンダの人びとのバナナ栽培文化について報告します。スンダはインドネシアの総人口の約14%を占めており、ジャワに次いで2番目に大きなエスニック・グループです。西ジャワ州は4000万人以上の人口を抱えるもっとも大きな州であり、スンダは主要な民族集団の1つです。ジャワ島は人口が非常に稠密で、島全体の人口密度は900人/km2に達します(1996年統計、マドゥラ島を含む)。調査は、インドネシアの首都ジャカルタから約60km南に位置する近郊都市のボゴールと、ボゴールの約30km南に下ったチバダッ(Cibadak)近郊の地域において実施しました。この地域はチバダッのやや北側、ボゴールとチバダッを結ぶ幹線に面しています。北からチチュル(Cicurug)、パルンクダ(Parungkuda)およびチバダッという3つの町が順にあります。チバダッは人口約89万人、チチュルは約45万人の規模です(2002年推計)。

 スンダ語におけるバナナの部位の名称について聞き取りをしたところ、全体にインドネシア語との類似が多く見られたなかで、「(バナナの)果指」、「果掌」、「果房(全房)」、「偽茎」、「根茎」といった中心的な部位の単語に関しては、スンダ語独自の語彙をもっていることが分かりました。また、「乾燥したバナナの葉」を意味する特有な語彙があることからも、スンダがある程度古くからバナナを身近な作物として見なしてきた可能性が考えられます。


【2】スンダのバナナ栽培

 インドネシアの多くの民族集団と同様に、スンダはコメを主食とする人びとであり、調査地域の農地利用では水田がもっとも高い割合を占めていると思われます。一部では陸稲の畑も観察されました。稲作については、平坦地に比較的大きな区画を設け複数の品種を栽培しているものや、傾斜地では小さな区画が並んだ棚田を造成し、すべてを手作業によって管理している場合が多く見られました。

 稲作文化圏のスンダの農村部において、バナナはたいていの世帯で多少なり栽培しており、栽培頻度ではイネに次ぐ作物といってもよいかもしれません。スンダによるバナナの栽培には、おおまかに以下のようなパターンが観察されました。

1)畑における他作物との混作

 スンダの畑にはキャッサバ、陸稲、トウモロコシ、タロ、マメ類、野菜類等、さまざまな作物が組み合わされて栽培されていますが、バナナもその1つとして混作されます。観察した例では、陸稲の区画を仕切るようにバナナが列植えにされていたり、タロと列状に混作されているなど、比較的整然と配置されていました。このような畑では養分競合を防ぐための間引きなど、生育管理がおこなわれていることもありました。


2)畑における単作

 調査地域・パルンクダの西部にはバナナの生産が盛んな地域があり、標高500mほどのその地域では単作に近いバナナ栽培がおこなわれていました。そこでは商品価値のある品種('cau emas'、'cau ambon'、'cau galek'、'cau bangkawulu')などを中心に、さまざまな品種がランダムに近い形で栽培されていました。このような畑ではバナナの栽植密度が高く、その生育は概して良好でした。また、パルンクダ近くの幹線道路沿いには'cau raja bulu'を中心に単作でバナナを作っている畑があり、そこではジャカルタ向けに出荷するバナナを集中的に栽培していました(この出荷向けバナナについては、後述の「利用」の項を参照)。ただし全体的には、スンダによるバナナの単作的な栽培は一般的でなく、ここで挙げた例は近年のバナナの商品化が大きく関与していると考えられます。


3)庭での小規模な栽培

 幹線道路沿いでも外れの村でも、多くの世帯はバナナを畑で栽培するだけでなく、家屋のすぐ脇や裏庭にも植え付けていました。たいていは数株のみと小規模な栽培ですが、こういった庭では草高の低い品種(例:'cau badak')が好まれたり、比較的最近になって導入された珍しい品種 (例:'cau kemban')が試験的に栽培されていたりする傾向がありました。これらは必ずしも商品価値を反映しているわけではなく、栽培者個人の嗜好に基づいて品種が選択されている点が特徴的です。ジャワの人びとの屋敷地として知られている「プカランガン」のように、庭にさまざまな樹種や作物等を重層的に植え付け、利用するという例はあまりスンダでは観察されませんでしたが、それでもバナナの他に、マンゴーやランブータン等の果樹はよく庭に見かけました。


4)利用性の低い土地での栽培

 村内を歩いていると畑地のほかに、雑草が茂った状態の土地が時折あり、このような土地にはココヤシ、サトウヤシ等のヤシや樹木が生育している傍ら、バナナが点々と生えていることがありました。これは休耕地に木本やバナナだけ残している状態のようで、バナナについてもほとんど栽培管理をしていないようでした。


5) 水田の畦(もしくは脇)における列植え

 ジャワやバリと同様に、スンダの水田景観は、そのなかにバナナやヤシ、あるいはタロ等がしばしば生育していることに1つの特徴が見られます。人びとは狭い畦や水田の境界部分でバナナを育て、有効に土地を利用しています。ときには水田内部にバナナが点在している場合もありました。

 このようにバナナの作付けパターンはさまざまですが、管理技術に関しては場所によって大きな違いはないようです。つまり、調査のなかで部分的に観察されたものを除いて、スンダは決まった栽培技術をあまり実践していないようです。養分や水分の個体内競合を招く余分な吸芽についても、ほとんど間引きをしていませんでした。また、イネやトウモロコシ等には施肥されることがあっても、バナナにはあまり施肥がおこなわない傾向がありました。


【3】スンダが栽培するバナナの種類

 畑もしくは市場における調査から、33の地方品種について情報を収集しました。これらはアクミナータ2倍体(AA)が4品種、3倍体(AAA)が12品種、交雑3倍体AABがもっとも多く13品種、ABBが3品種、そしてバルビシアーナ2倍体(BB)が1品種という内訳でした。

 アクミナータ2倍体(AA)の4品種はすべてが生食用で、料理して利用されることはごくまれといえます。また3倍体(AAA)についても、12品種のうち11品種までが生食用の品種で、このうち料理することがあるという品種は、'cau medan'と'cau papan'の2品種のみでした。AAAのうち唯一料理して消費されるのは'cau bangkawulu'で、この品種は味が好まれており、さまざまなバナナのデザートに利用されるなど、スンダの間でもっともポピュラーな品種の1つです。

 AABの品種については、プランテン以外のバナナが多いことに特徴が見られます。アフリカではプランテン以外のAABのバナナはわずかしか存在していません。この特徴に関連して、AAAの品種よりも利用法が多様になっています。13品種のうち、生食によく利用されるものが10品種あったものの、そのなかであまり加工して利用することがないという品種は4品種のみで、あとの品種については、生食・加工の両方の用途で利用されていました。生食にあまり用いられない'cau tanduk'などの3品種は、いずれも揚げバナナ(pisang goreng)に適した品種と人びとに認識されています。

 ABBの3品種はいずれも生食・加工の両方の目的に利用されています。

 BBの1品種'cau batu'は観察した品種のなかで唯一、果実に種子を含む品種で、熟したものを時折生食することもあるということですが、スンダはこれを食材として独特な利用をしています(【4】「利用」の項を参照)。


【4】スンダによるバナナの利用

 スンダの食文化はやはりコメが中心になりますが、バナナの食文化もさまざまな形で見られます。そのなかでも、インドネシア・スラウェシ島のマンダールの人びとと同様に、バナナを用いたデザートは種類が豊富です。インドネシアやマレーシアで広く見られる「揚げバナナ(pisang goreng)」や、細かくスライスして作るバナナ・チップスをはじめ、揚げて作るものが多く、5種類観察されました。また、茹でたバナナのスライスをヤシ砂糖のシロップで煮た'kolak'、もち米の生地の中にバナナのスライスを挟み、バナナの葉にくるんで蒸した'papais'など、他の調理法でもバナナのデザートが作られています。

 デザートではありませんが、'tutug'と呼ばれる料理も知られています。これは、揚げたバナナを細かくつぶし、炊いたご飯にニンニクやタマネギ等の薬味とともに混ぜるという「バナナご飯」で、クリご飯のような食感で美味しいです。調査者らのホームステイ先の家庭では時折朝食に用いるということです。

 これらのデザート等に用いられる品種は料理用の品種が中心で、'cau galek'、'cau apu'、'cau bangkawulu'、'cau nangka'などの品種は利用頻度が高いようです。

 他にもおもしろい利用法が見られます。'pais jantung'と呼ばれる料理は、バナナの若い雄花序を細かく切り、それをココナッツ・フレークや種々の香辛料と合わせたものを、バナナの葉にくるんで蒸す料理です。これに用いる品種は、'cau apu'(ABB)の1品種だけで、まだ果房の肥大が始まった直後の若い雄花序でないと美味しくない、という話を聞きました。食べた印象としては、雄花序自体の味はあまりくせがなく、むしろ食感を楽しめるというものです。このようにバナナの雄花序を利用する料理は、インドネシアの他地域やベトナム、マレーシアなど、東南アジアで広く観察されますが、スンダのように香辛料と合わせて蒸すという調理法は例が少ないように思います。

 もう1つの独特な食べ物に、さまざまな果実などを用いた和えもの、'lujak'があります。これはチバダッやジャカルタなど、この地域の屋台で時折売られているもので、強壮剤のような効果があるといいます。この和えものに'cau batu'(BB)が利用されます。

 一方で、物質文化ではバナナの利用はあまり観察されませんでした。スンダ料理には、もち米やキャッサバを材料にした「ちまき」の類や、トリやサカナの蒸し料理が多いですが、材料を包むものとしてバナナの葉がよく用いられています。このため、バナナの生葉は束になってマーケットで販売されています。

 また、ジャカルタでは今日、バナナの植物体が装飾用として利用されており、調査地域からその目的でバナナが株ごと(根茎を除く地上部)出荷されていました。結婚式などパーティーが催される際に、大きな果房をつけた見栄えのいいバナナの株が通常2株、その家の前に飾られることがあります。雄花序をつけたままでは、ジャカルタまでの運搬が難しいため、雄花序は取り除かれて運ばれ、ジャカルタで別の雄花序が取りつけられます。用いられる品種は決まっており、'cau raja'と呼ばれているいくつかの品種がそれにあたり、とくに'cau raja bulu'が代表的です。'raja'はインドネシア語で「王」を意味し、この地域一帯でもっとも見栄えのいい品種と認識されていることが、装飾に用いられていることと関連していると思います。調査した出荷業者は1ヶ月あたり約125本の'cau raja bulu'の株をジャカルタに出荷していると話してくれました。

 最後に、調査地域ではバナナ果実の成熟を促進する技術として、燻煙をおこなっていました。人びとは庭先に掘られた深さ1mほどの穴に、収穫した生食用のバナナを入れ、穴を閉じた状態で燻煙します。このような穴は村のなかで時折観察することができました。同様な方法はタンザニアのハヤやルグルなど他の地域でも知られており、ハヤでは酒造用の品種がしばしば対象となっています。


【5】おわりに

 チバダッ周辺で観察されたバナナは、遺伝子型で見るとAAAとAABの3倍体品種が大半を占めていました。バナナの用途別では、AAA品種がほとんど生食用だったのをはじめ、料理・加工用よりも生食用の品種が目立ちました。しかしながらチバダッ周辺のマーケットや屋台を見てみると、料理・加工用の品種はよく売られており、それらの利用頻度はボゴールと比較しても高いことが推察できます。

 この地域では、幹線までのアクセスが良ければボゴールやジャカルタといった都市にバナナを出荷することが可能ですが、実際には幹線から距離はなくても道路が未整備であったり、地形的に出荷が困難なところが少なくないようでした。出荷向けのバナナ栽培を単作で生産する地域が見られるように、この地域でもバナナの商品化は進行していると思われます。ただそれだけではなく、庭で1株だけ育てられる変わり種のバナナや、水田の景観を多様にしている畦沿いのバナナを見ると、今後もスンダの人びとがサブカルチャーとしてのバナナを保持し、これを多様に巧みに作り続けていくように思えます。