バナナの利用法といえば、まずは果肉を食べることである。日本で普通に見かけるバナナはほぼ生食用バナナで、黄色くなった皮を剥いて、中の甘い果肉を食べる。最近ではバナナジュースもしくはバナナスムージーとしても利用されることも多い。
一方でこのサイトの他の部分でも多数紹介されているように、生食用のバナナとは別に料理用バナナも世界にはたくさん存在する。煮る、蒸す、焼く、油で揚げるなど様々な料理法が用いられ、国や地域、民族ごとにさまざまな料理が見られる。
図1.インド南部ケララ州の大衆向け食堂のミールス
また、バナナが栽培されている多くの地域で、バナナの大きな葉が様々なものを包むためや、料理の皿の代わりなどに利用されている。インド南部ケララ州のミールスと呼ばれる大衆向けの食堂で出される昼食のカレー料理では食堂の席に着くとバナナの葉がテーブルに敷かれ、その上にご飯とカレーが載せられる(図1)。
このような料理用バナナを煮る、蒸す、焼く、揚げるといったことやバナナの葉の利用は多くのバナナ栽培地域で観察され、日本人にとっては珍しいかもしれないが、バナナ栽培をしている人たちにとっては当たり前のことである。
しかし、著者が調査をしたベトナム南部には他の国や地域には見られないバナナの利用法が存在する。バナナの料理では他にはない食材との組み合わせがある。また、フルーツ以外の部位でも、葉のようにどこでも見られるものではなく、ベトナムでしか利用しないようなものもある。この章では他の地域では当たり前ではない利用法、とはいえベトナムの人たちにとっては当たり前の利用法を紹介したい。
私がベトナムで調査を行ったのはかなり前になるが、2001年3月である。当時私自身が担当するコースの学生にベトナム南部からの留学生がおり、彼女が春休みに里帰りをするということで、私と他の教員1名、さらに何名かの日本人学生とともにベトナム旅行をしようということになった。私は他の学生や教員が日本に帰った後も残り、留学生の家族の手助けを受けながらバナナの調査を10日程度行った。留学生の母親にはたくさんのバナナ料理を作ってもらったり、市場を案内してもらったりした。また留学生の叔父さんは英語ができるということで、私のフィールドワークの手伝いをしてもらい、いくつもの畑に案内してもらい、いろんな品種のバナナを観察できた。ただし、彼の英語は私にとっては訛りが強く、リスニングが難しかったため(多分、彼にとっては私の英語の訛りが強く感じただろう)、時には英語で筆談をすることもあった。また、私はベトナム語がほとんどわからなかったため、バナナの品種や料理については彼にクオック・グー(ベトナム語をアルファベットで表記する方法で、母音に声調を示すための符号が付加されている)で直接私のフィールドノートに書いてもらった。ここで紹介する情報はこのような調査に基づいている。
まず、ベトナムならではのフルーツを使ったバナナ料理を紹介しよう。バナナの粽(ちまき、bánh tét)である。コメとバナナを組み合わせて食べるというのは日本人には思いつかない発想だろう。
図2.バナナの粽(bánh tét)
図3.揚げバナナ(chuối chiên)
図2の左側の中が赤いものがchuối sứ(もしくはxứ)という品種のバナナで、そのまわりがもち米で包まれており、それをさらにバナナの葉で包んで蒸される。右側の真ん中は白くなっているが、これは豚の脂肪である。私が市場で観察した限り、chuối sứはベトナム南部で最も多く売られているバナナで、熟したものを生で食べることもあれば、熟する前のまだ皮の青いものや熟したものを調理することもある。生で食べると日本で普段食べるバナナよりも甘さと酸っぱさがともに濃く、よりモチモチしている。また、図2を見るとわかるように火を通すと赤い色になるということも特徴である。このちまきでは熟した甘酸っぱいバナナが利用されている。食べてみるともち米と甘酸っぱいバナナは意外と相性が良い。右の豚の脂肪ともち米の方は多分日本人でも味の予想ができるだろうし、予想通りにおいしい。
図4.焼きバナナ(chuối nứóng)
図5.フエ風ブン(bún bò Huế)
バナナと米を組み合わせた料理はたくさん観察された。揚げバナナは世界各地でみられるが、ベトナム南部ではchuối sứのフルーツを押しつぶして平たくしてそれに米粉をまぶして揚げたものである(料理名chuối chiên、図3)。この場合もchuối sứは熟したものを用い、甘いバナナがおいしく感じる。焼きバナナ(chuối nứóng)と呼ばれる料理は炊いたコメでバナナ(甘いchuối sứ)を包んで短めの巻き寿司のような形にし、それを海苔の代わりにバナナの葉で包んで焼くというものである(図4)。
ベトナムは日本と同じもしくはそれ以上にコメを食文化の中心としている。そのためコメとの組み合わせの料理が発達しているのだろう。料理用バナナを煮る、蒸すなどして主食のように食べることはみられない。
次はフルーツ以外の部分の利用を見ていこう。まずは、バナナの花の雌しべと雄しべの利用である。ベトナムは日本でもよく知られるフォーのような米粉を材料とした麺料理が発達している。その麺料理の具にバナナの花の雌しべと雄しべが用いられて、いる。図5は牛肉入りのフエ風ブン(bún bò Huế)である。ブンはフォーと並んでもしくはそれ以上に人気のある麺料理で(ホーチミン観光ガイド)、フエはベトナム中部の都市で過去に王宮があった場所である。左下にある太いものがモヤシであり、真ん中にあるモヤシより細いものがバナナの花の雌しべと雄しべである。味は特にないが、もやしと同じようなシャキシャキした食感を楽しむもののようである。
図6.種ありバナナ(chuối hột)
ベトナムではムサ・バルビシアーナの2倍体が栽培されている。これはchuối hộtと呼ばれ、hộtはベトナム語で種子を意味するので、種ありバナナという意味になる。実際、大きな種がいくつもフルーツに含まれている(図6)。このバナナはフルーツを生もしくは料理して食べるためのものではない、というか食べてもおいしくはないし、とても食べにくい。
図7.種ありバナナ屋さん(bán chuối hột)
図8.種ありバナナ屋さんの商品
ベトナム南部には種ありバナナ屋さん(bán chuối hột、bánは店を意味する)がある(図7)。BÁN CHUỐI HỘTの看板の横にchuối hộtのフルーツがつるされている。この店の裏にはchuối hộtの畑が広がっていてそこで収穫されたフルーツを加工して販売していると思われる。売られているのはテーブルの上に置かれている3つの壺に入ったもので、左の壺はフルーツを平たくつぶして乾燥して焼いたもの、真ん中の壺は種子、右の壺は種子をすりつぶして粉にしたものである。これらはすべて民間薬である。すりつぶした粉末はお湯に混ぜて飲む。スーパーマーケットではこれのティーバックが製品として売られている。平たくつぶしたフルーツはベトナムのもち米から作った蒸留酒(rượu)に3か月程度漬け込んで薬用酒として飲む。お湯に混ぜたもの、漬け込んだお酒ともに体がだるい、腰が痛い時に飲むという話であった。
図9.薬用酒のお店の商品
図9は薬用酒のお店の商品棚で、前に置かれたペットボトルの中にchuối hộtのラベルが貼られたものがある。その後ろには大きな壺があり、写真に写っている3つの壺のうちの真ん中がchuối hộtの乾燥したフルーツが漬け込まれている。ペットボトルの方は完成した薬用酒のみでバナナのフルーツは入っていない。ベトナム南部では他にも朝鮮人参を漬け込んだ酒やヘビを漬け込んだ酒もあり、薬用酒は人気の飲み物である。壺のラベルは現在ベトナム語の表記に使われるクオック・グーに加えて漢字でも書かれている。漢字を見る機会は日常的にはほとんどない中で、珍しく感じた。ここでは詳述しないがベトナムと中国はかなり昔から複雑な政治的、経済的、文化的な関係が存在していることから、この薬用酒は中国の文化の影響を受けているために漢字の表記もなされていると想像される。
ベトナムに他の国ではあまり見られないバナナの利用法があるのはなぜだろうか。まず食用について考えてみる。ベトナムにとって食文化の中心はコメである。バナナは生食用バナナとしてそのまま皮を剥いて食べられることもあるが、料理をする場合はコメと組み合わせて調理されることが多い。東南アジアでも島嶼部は今でこそコメが最も重要なエネルギー源になっているが、以前はバナナに加えていろんなイモさらにはサゴヤシのデンプンが主食として利用されてきた。そのためバナナは主役の一つであったと思われる。ベトナムではコメの脇役としてバナナが位置付けられていることが、このような違いを生み出しているのかもしれない。
バナナの雌しべと雄しべも主食ではなく麺のトッピングでもやしと同様の使われ方をしている。もやしが先に利用されていて、それと同じような食感だから使うようになったのか、バナナの雌しべと雄しべが先に利用されていたのかはわからないが、ベトナムの人たちの発想の豊かさや柔軟性がうかがえる。
種ありバナナの薬としての利用は種子をすりつぶした粉をお湯に混ぜて飲むにしろ、薬用酒にして飲むにしろ、日本人からすると漢方薬とのつながりがあるのではないかと想像してしまう。ベトナムの伝統医療には中国由来の要素も存在するようで(小田2011)、種ありバナナの薬としての利用もその一部なのかもしれない。
今回取り上げたベトナムのバナナの利用は、バナナの立場からすると、バナナがベトナムに導入されていく中で、バナナ自身の独自性を主張するのではなく、ベトナムの文化もしくはやり方といったものにバナナの方がすり寄っていった、もしくは合わせに行ったように見える。だからこそ他には見られない利用法が生まれたのだろう。これは人間が利用するという立場から見ると、バナナの柔軟性もしくは様々な状況への適応能力の高さを示している。バナナを主食とするもしくはかつてしていたところはよりバナナが自身をより主張しており、そことは違ったバナナのあり方がベトナムの特徴といえるのだろう。
参考文献
小田なら 2011「ベトナム近現代史における「伝統医学」」『東南アジアー歴史と文化ー』40:126-144.
参考ウェブサイト