【掲載雑誌】
Nishikawa, T., S. Ide, and T. Nishimura (2023), A review on slow earthquakes in the Japan Trench, Progress in Earth and Planetary Science, 招待あり (PDF).
【研究の要点】
日本海溝のスロー地震に関する観測、実験、シミュレーション研究を初めて網羅的にレビューした
日本海溝におけるスロー地震およびスロー地震に関連する地震現象の膨大な観測結果を総合し、統合的なスロー地震分布図を初めて作成した
我々の統合的なスロー地震分布図によって、日本海溝プレート境界の基本的な滑り挙動が明らかとなり、今後の日本海溝における地震研究に対して強固な基礎が与えられた
【論文の日本語要旨】
スロー地震は、ゆっくりとした間欠的な断層滑り現象であり、通常の地震(速い地震)と並んで、プレート境界変形プロセスの基本的な構成要素をなす。2011年3月11日、東北地方太平洋沖地震(以下、東北沖地震)が発生した沈み込み帯、日本海溝では、最近の地震・測地観測により、詳細なスロー地震活動が明らかとなった。本論文では、日本海溝沿いのスロー地震に関する観測、実験、シミュレーション研究とその歴史をレビューする。我々は、スロー地震(テクトニック微動、超低周波地震、スロースリップイベントなど)と、スロー地震に関連する断層滑り現象(小繰り返し地震、群発地震、プレート境界大地震の前震など)の観測結果を総合し、日本海溝沿いの統合的なスロー地震分布図を提示する。スロー地震と海溝型巨大地震は空間的に相補的に分布し、スロー地震はその周辺で速い地震を誘発することがある。プレート境界面の走向方向約200kmに及ぶ地震学的スロー地震(テクトニック微動及び超低周波地震)の空白域は、日本海溝中央部の巨大なプレート間固着域に対応する。東北沖地震はこの固着域を破壊したが、その破壊は日本海溝の北部と南部のスロー地震発生域には深く伝播することなく停止した。スロー地震は、日本海溝における巨大地震の破壊開始と停止の両方に関与している。次に、我々は、スロー地震分布と日本海溝の地殻構造(プレート境界の堆積物ユニット、沈み込む海山、プチスポット火山、ホルスト・グラーベン構造、残差重力、地震波速度構造、プレート境界反射強度など)を比較した。さらに、スロー地震発生域の地質環境(水の供給源、温度-圧力条件、変成作用など)について述べる。我々の統合的なスロー地震分布図により、東北沖地震の発生過程におけるスロー地震の役割を包括的に議論することが可能となった。また、スロー地震分布と地殻構造・地質環境の対応は、日本海溝におけるスロー地震発生メカニズムに関する洞察をもたらし、高圧な流体が複雑なスロー地震分布を理解するための鍵であることを示唆する。さらに、我々は、スロー地震活動を詳細にモニタリングすることで、日本海溝におけるプレート間地震活動の予測を改善し得ると提案する。
【今後の展望】
本研究による網羅的なレビューと統合的なスロー地震分布図(図1)によって、日本海溝プレート境界の基本的な滑り挙動が解明された(図2)。これは、今後の日本海溝における地震研究の極めて強固な基礎となる。具体的には、今後の巨大地震研究、地震活動予測研究、スロー地震研究、地殻構造研究、および地質研究に対して、本研究の統合的なスロー地震分布図は重要な情報を提供するだろう。その一方、「なぜ、日本海溝のプレート境界がこのような滑り挙動を有するのか」という点に関しては、依然わからないことが多い。今後、我々の統合的なスロー地震分布図を基礎として、プレート境界滑り挙動の原因を究明する研究の進展が期待される。
図1. 日本海溝および南海トラフにおけるスロー地震・ファスト地震(通常の地震)の分布
図2. 日本海溝のプレート境界滑り挙動の模式図