個人的に気にかかっている地震発生物理の未解決問題を挙げます。この答えがわかった人がいたら是非教えてください。また今後、これらの問題が解決された際には、「解決済み」とメモしていきます。
1. 大地震前のスロースリップとそれ以外のスロースリップを見分けられるか?
近年、東北、チリ、メキシコなどで大地震直前のスロースリップが確認されています。その一方、大地震を伴わないスロースリップも多数観測されています。これらのスロースリップに違いはあるのでしょうか?これは、地震発生予測にとって最も重要な問題の一つです。また、この問題は群発地震と前震に違いがあるのかという古典的未解決問題とほとんど等価です。
追記:2018年、M7茨城県沖地震では直前スロースリップを見分けられると報告あり。
2. 大地震前のスロースリップは震源核形成プロセスか?
上述のとおり、大地震前にスロースリップが観測されることがありますが、このスロースリップの発生メカニズムは何でしょうか?実験的、理論的に実在が示されている大固着域の震源核形成プロセスでしょうか?それとも単なる大固着域近傍のスロースリップでしょうか?震源核形成プロセスならば、そのスロースリップの挙動は固着域の状態を強く反映するはずです。つまり固着の剥がれに伴いスロースリップの挙動が変わる可能性があります。
3. 深部スロースリップ、浅部スロースリップ、地震発生帯スロースリップに物理的、運動学的違いはあるか?
スロースリップは様々な温度圧力条件下で発生します。南海トラフでは地震発生帯より深い場所と浅い場所、相模トラフと日本海溝では地震発生帯で発生します。これらのスロースリップ発生場所の温度圧力条件に共通点は見いだせません。もし、これらが同じ物理現象だとするなら、スロースリップの物理は温度圧力条件にほとんど依存しないことを意味します。一方、違う物理現象が、運動学的には同じようにスローな滑りとして観測されるだけという可能性もあるでしょう。あるいは運動学的にも違うのかもしれません。また、震源核形成プロセスと深部スロースリップは明らかに違う物理現象であると感じますが、それは本当でしょうか?このように、スロースリップとひとまとめに呼ばれる概念は、複数の物理現象がごっちゃになっている可能性があります。
追記:2019年、2021年、浅部の地震学的スロー地震(微動、超低周波地震)は、深部の地震学的スロー地震と比べ、エネルギーやモーメントが十倍程度大きいということが明らかとなった。
4. 深部・浅部微動の地質学的実体は何か?
深部・浅部微動はスロー地震の中でも比較的高速な滑りだと考えられますが、それが通常の地震にまで至らないのはなぜでしょうか?地震断層と微動断層にはどんな地質学的違いがあるのでしょうか?深部微動断層と浅部微動断層にも地質学的に違いがあるのでしょうか?あるなら、それはどんな違いでしょうか?
追記:2018年、延性剪断帯中の石英脈の繰り返し剪断破壊が深部微動の地質学的実態であるという仮説が提出された。
5. 大地震の何パーセントが震源核形成で起こり、何パーセントがカスケードプロセスで起こるか?
大地震には主に二つの発生メカニズムがあると考えられています。一つは震源核形成であり、もうひとつはカスケードプロセスです。前者は直前に大きなスロースリップが発生するという点において、短期予測に比較的希望が持てるといえますが、後者は、小さい破壊がドミノだおし的に大きな破壊につながり、短期予測は絶望的です。大地震のうちそれぞれ何パーセントがこれらのメカニズムで発生するのでしょうか?もし、震源核形成の割合が極端に低いならば、大地震の短期予測は絶望的と言えます。
6. いかなる沈み込み帯にもスロー地震は存在するのか?
かつて、スロー地震は温度の高い沈み帯でしか発生しないと考えられていました。しかし、近年、日本海溝、琉球海溝、ヒクランギ海溝でのスロー地震の発見に伴いこの仮説は棄却されました。それでは、スロー地震はどんな沈み込み帯にも存在するのでしょうか?例えば、伊豆・マリアナ海溝、ケルマデック海溝、スマトラ海溝にもあるのでしょうか?これはスロー地震の物理メカニズムの解明にとって重要な問題です。
7. スロー地震活動の地域差を生む沈み込み帯のテクトニックな性質は何か?
スロー地震は多くの沈み込み帯で観測されており、珍しい現象ではありません。しかし、その挙動には沈み込み帯ごとに大きな地域差があります。例えば、スロー地震は南海トラフでは地震発生帯の深部・浅部で発生します。一方、相模トラフ、日本海溝では地震発生帯内部で発生します。また、深部スロー地震だけを見ても、南海とカスケーディアでは違いがあるそうです。これらの違いを生むメカニズムは何でしょうか?地震活動の地域差がテクトニックな性質(プレート速度、年代、曲率)でおおまかに説明できるように、スロー地震活動の地域差もテクトニックな性質で説明可能なのでしょうか?
8. ホルスト・グラーベン構造は、構造不均質と含水化の促進という二つの役割を持つが、地震活動に強く影響するのはどちらの役割か?
昔から、ホルスト・グラーベン構造は沈み込み帯の構造不均質として着目されていました。つまり、日本海溝のようにホルスト・グラーベン構造が発達した沈み込み帯は地震発生帯が不均質で小地震がよく起こり、大地震は起こらないと考えられていました。もちろん、「大地震が起こらない」という点は、2011年M9東北沖地震で否定されました。一方、近年ではホルスト・グラーベン構造がプレートの含水化を促進するという役割も注目されています。つまり、ホルスト・グラーベン構造に沿って海水がプレート内に侵入し、含水化するのです。水と地震の関係は古くから指摘されていますので、このような含水化の促進も地震活動に影響を与えると推測されます。では、ホルスト・グラーベン構造は、構造不均質、含水化の促進どちらのメカニズムで地震活動に影響しているのでしょうか?あるいは、どちらの影響がより支配的なのでしょうか?
9. プレート境界のすれ違い速度は揺らいでいるのか(スロースリップ遍在説)?
繰り返し地震の解析に基づき、日本海溝ではあらゆる地点でプレートすれ違い速度が周期的あるいは非周期的に揺らいでいるということが指摘されています。断層のゆっくりした滑りの加速をスロースリップと定義するなら、これは「スロースリップ遍在説」とでもいうべきものです。このような現象は他の沈み込み帯にも同様に存在するのでしょうか?存在するとすれば、沈み込み帯ごとにプレートすれ違い速度の揺らぎに個性はあるのでしょうか?そもそも、プレートすれ違い速度のゆらぎと、南海などで観測されるスロースリップを同一の物理現象とみなしてよいのでしょうか?違う現象ならば、それぞれの物理メカニズムは何でしょうか?
追記:2018年、ヒマラヤのプレート境界深部で降水量の変化に応じて非地震性滑りの加減速があるという報告あり。
10. 内陸大地震と沈み込み帯大地震の違いとその原因(例えば震源核サイズ、カスケードプロセス)
内陸大地震と沈み込み帯大地震にはその繰り返し周期など自明な違いがありますが、それ以外の性質はどうでしょうか?例えば震源核サイズは同じでしょうか、違うのでしょうか?摩擦則の教えるところでは震源核サイズは流体圧に反比例しますので、水浸しの沈み込み帯では大きく、比較的乾いた内陸断層では小さいと推測されますが、それは本当でしょうか?内陸断層の震源核サイズが小さいとすると、内陸断層は、沈み込み帯と比べ短期予測が困難であると言えます。また震源核サイズに関連して、カスケードプロセスにも何か違いがあるでしょうか、ないでしょうか?
11. なぜスロースリップには固有性が非常に強いものがあるのか?
スロースリップには固有性が非常に強いものが確認されています。例えば、房総半島沖やメキシコ・ゲレロでは数年周期でほとんど同じ大きさのスロースリップが繰り返し発生しています。逆にこの固有性のおかげで、スロースリップの発生時期、場所、規模をある程度予測できます。一方、通常の地震では、このような規則正しい発生は小さな繰り返し地震を除いて確認されていません。では、なぜスロースリップは固有性が地震以上に強いのでしょうか?繰り返し地震の研究から、固有性を生む原因として周囲の固着域と相互作用しないことなどが知られていますが、スロースリップは周囲の固着域と相互作用していないということなのでしょうか?地震には相互作用の結果、前震、余震がありますが、スロースリップには前スロースリップ、余スロースリップはあるのでしょか?ないのでしょうか?また、スロースリップの中には固有性が比較的弱いものもありそうです。固有性の強いスロースリップと弱いスロースリップにはどんな違いがあるのでしょうか?
12. 臨界核サイズは地震のモーメントにスケールするか?
臨界核サイズのスケール則に関しては論争が絶えません。地震波形解析は臨界核サイズのスケーリングを示唆していますが、これはDynamicな破壊エネルギーを見ているためではないかとしばしば批判されます。一方、臨界核サイズがモーメントにスケールしないとすると、地震の相似則(小さい地震も大きい地震も相似で本質的に同じ物理現象だという主張)が崩れてしまうことも留意すべきでしょう。臨界核サイズがスケールしない場合、地震の特徴的な空間サイズと臨界核サイズの比が、小さい地震ほど1に近づきます。つまり、小さい地震ほど相対的に非地震性滑り的になってしまいます。臨界核サイズのスケーリングを否定することは、広く受け入れられた地震の相似則を否定することです。また、日本海溝ではM9東北地震の固着域になんどもプレート境界地震のアフタースリップ(M7以上)が侵入したことが知られています。小さな臨界核サイズを持つ固着域が大きなアフタースリップの侵入に耐えられるのでしょうか?
13. バリアモデルの精緻化
バリアに幾何学的バリア、安定性バリア、アンチアスペリティがありますが、この3つを観測から見分けることは可能でしょうか?見分けられるなら、それらの分布を世界中の沈み込み帯で明らかにできるでしょうか?地震の起こらない場所(バリア)を見つけることは地震の起こる場所(アスペリティ)を見つけること同程度に重要であると思います。