想定される質問をまとめました。
全ての大地震の前に前震が観測されるのか?
大地震の前に必ず前震が観測されるというわけではありません。むしろ観測されないことの方が多いです。日本海溝においては茨城県沖と三陸沖ではマグニチュード5以上の地震の20~40%は前震を伴うことが知られています(Maeda, 1996)。
大地震が前震を伴うとは限らないのに前震を研究する意義はあるのか?
大地震が前震を伴う場合、それを大地震発生前に異常地震活動として検出できれば、防災上役立ちます。全ての大地震が前震を伴うわけではありませんが、前震を伴う場合それを見逃さないということが重要であると私は考えています。
前震の物理メカニズムは何か?
前震には主に二つのメカニズムがあると考えられています。一つは、前震は巨大地震直前の断層のゆっくりとした自発的滑り(震源核形成)に誘発されているという説です (例えばOhnaka, 1992)。このケースでは、前震は前兆現象(大地震直前特有の物理現象)の一部と言えます。もう一つは、小地震が応力変化等を介して偶然、大地震を誘発するという説です。この場合、小地震(大地震からみたら前震)は前兆現象とは言えません(Helmstetter & Sornette, 2003)。
どちらのメカニズムが支配的か?
これに関しては未だ決着がついていません(Tape et al., 2018; Ellsworth & Bulut, 2018)。
本解析ではどちらのメカニズムを想定しているのか?
本解析では、地震どうしの誘発現象では説明できない異常な地震活動を活発化として検出しています。よって、一つ目のメカニズムを想定していることになります。
なぜ本解析で前兆的前震活動を検出できると考えられるのか?
本解析では、地震どうしの誘発現象を非常にうまくモデル化したETASモデル(Ogata, 1988)を使用しています。ETASモデルは全世界の研究者に広く使用されている標準的な地震活動モデルです。このETASモデルに従わない地震活動を検出することで、地震どうしの誘発現象では説明できない地震活動を検出できます。前兆的前震活動は地震どうしの誘発現象ではないので、本解析で検出できると考えられます。逆に、本解析で検出できない地震活動は地震どうしの誘発現象でうまく説明できますので、大地震直前にいくつか地震が発生していたとしても前兆的前震活動とは限りません。
本解析以外に前兆的前震活動を検出できる手法はあるか?
あります。リアルタイムの波形データから繰り返し地震 (Igarashi et al., 2003; Uchida et al., 2004)を検出し、プレート境界の非地震性滑り分布を常に監視できれば前兆的前震活動を検出できると考えられます。しかし、繰り返し地震検出は膨大な波形データを蓄積し、かつ迅速に解析する必要があるため簡便な手法ではありません。将来的に、このような大量波形データのリアルタイム解析に長けた研究者の方と共に地震活動・地震波形モニタリングができたらいいなと考えています。興味のある方、ご連絡よろしくお願いいたします。
活発化が検出されれば、それは必ず前兆的前震活動か?
ちがいます。本解析はあくまで地震どうしの誘発現象では説明できない地震活動を検出しているにすぎません。よって、前兆的前震活動に限らず非地震性現象に伴う地震活動を検出すると考えられます。たとえば、2018年6月房総沖スロースリップに伴う群発地震活動を活発化として検出しました。あるいは流体貫入に伴う地震活動も活発化として検出するでしょう。検出された活発化が必ずしも前兆的前震活動とは限りませんが、非地震性現象に誘発された可能性が高い地震活動として地震発生物理学の観点から興味深い現象といえます。
前兆的前震活動とその他の活発化を区別する方法はあるか?
本解析では区別できません。また、既存のその他の手法でも不可能です。これは「前兆的前震活動と群発地震活動を区別できるか」という地震発生物理学の長年の未解決問題と等価です。しかし、活発化の発生した場所とプレート境界固着域の位置関係や、活発化の時間的推移、過去に観測された活発化や非地震性現象との比較を通して、定量的ではないにしろ、目星をつけることは可能かもしれません。例えば、房総半島沖など既知のスロースリップイベント近傍で発生した活発化は前兆的前震ではないと推測できます。また、東北地震のように固着域内部で活発化が発生した場合は、前兆的前震活動である可能性を頭に入れたほうがいいでしょう。
過去の大地震において、前兆的前震活動が確認された例はあるのか?
そのような報告はあります。日本周辺では2011年東北沖地震 (Kato et al., 2012; Ito et al., 2013)、1982年茨城県沖地震 (Matsumura, 2010; Nishikawa & Ide, 2018)、2008年茨城県沖地震(Matsumura, 2010; Nishikawa & Ide, 2018)、1978年伊豆大島近海地震 (Ohnaka et al., 1992)などです。国外では2014年チリ・イキケ地震 (Ruiz et al., 2014; Kato et al., 2016; Socquet et al, 2017)や2008年千島列島沖地震(Nishikawa & Ide, 2017)などです。
本解析がリアルタイムで前兆的前震活動の検出に成功した例はあるのか?
2019年4月の本解析開始以来、未だ前兆的前震活動は検出されていません。データの蓄積を待つ必要があります。本解析のような世界標準の地震統計モデルを用いた前兆的前震活動のリアルタイム検出の取り組みは、私の知る限り過去に例がありません。検出に成功すれば大きな科学的意義があります。
また、前兆的前震活動とは言えないものの、2019年5月10日日向灘M6.3プレート境界地震発生前の3月に活発化、4月に静穏化を確認しており、この地震直前にTwitterで報告しました。