西郷 慎太朗 博士

指導教員名永井先生,ポンサトーン先生,鎌田先生  

現在の所属:トヨタ自動車株式会社 第2シャシー開発部  

 修了年度2014  

博士論文のタイトル :ドライバの運転行動モデルを内蔵した運転状態推定手法に関する研究  

博士論文の内容 

人の運転操作を個人特性をパラメータとして持つモデルとして定義し,普段と異なる運転操作を検出することで人の異常な状態を推定することに取り組みました. 

博士後期課程に進学しようと思った理由 

一番の理由は,自分の研究テーマの分野を礎として,企業で継続,発展させたいと思ったためです.元々,一般企業への就職を考えており,修士の時に就職活動もしました.一方で研究を通じて「人の運転特性」への探求心は日に日に強まり,当時,交通事故ゼロの社会の実現という目標に社会全体で進み始めたさなかであったことも相まって,自分の研究を製品として世に広めたいと思い始めました.最近は修士卒の新入社員が大多数を占めるため,自分のやりたいことがそのまま入社しても継続できる恵まれた人はほんの一握りです.最近はわかりませんが,当時は博士卒よりも修士卒のほうが圧倒的に就職に有利でした.博士卒の就職の難しさと,自分がやりたいこととを天秤にかけ,やりたいことを優先させて博士課程への進学を選びました. 

博士後期課程に進学して良かった事 

運よく企業に就職でき,自分の研究テーマに近いことを仕事にすることができました.これも良かったことではありますが,最近感じるのは,未知の分野に取り組みことに全く躊躇いがなく,逆にそれを原動力とできるスキルを身に着けたことだと思います.弊社でも数名博士卒の社員がおりますが,新しいことに取り組むエネルギーが抜きんでているように感じます.おそらく,知識と経験に裏打ちされた自信のようなものがあるのだと思います.そのためか,論文を読まない期間があると大変不安になることがあります.博士卒は名刺に明記されることで有名ですが,そう少なくない頻度で「博士なんですね」と言われます.それ自体を誇りに思うというより,「博士なのに」と思われないように自分を律することにつながっている気がします. 

 博士後期課程在籍中に印象に残っている出来事 

先生方に恵まれ,学会でいろんな国で発表の機会を頂いたり,いくつかの研究プロジェクトに参加させていただきました.その中で一番印象に残っているのは,富士河口湖町とのプロジェクトです.高齢ドライバーの普段の運転行動を研究するテーマで,自家用車にドライブレコーダを装着させていただき,一定期間データを計測させていただきました.今ではほとんどの方が自主的に取り付けるドライブレコーダですが,十数年前はまだ認知度が低く,まずドライブレコーダを装着することの嬉しさを町民の皆様にご理解いただく活動から始まりました.研究用で使用したドライブレコーダはB5ノートPCを2段重ねしたくらいの大きさがあり,暗電流でバッテリーを上げてしまったり,ドライブレコーダ自体が故障したりと,トラブル対応で週に2,3回小金井と河口湖を往復することもありました.大変ご不便とご迷惑をおかけしましたが,温かい町民の方々や,町役場の方に支えられ,大変貴重な経験ができたプロジェクトでした. 

博士後期課程進学を考える方にメッセージ 

私は当時,進学をとても悩みました.今でも進学が正解だと,自信をもってお勧めすることは難しいです.ただ博士課程での経験は今の自分の研究に対する姿勢の基盤となっており,後悔はしていません.博士後期課程進学は分岐点であり,一つの手段にすぎません.その先,どういう研究者を目指し,どう進むかを決めるのは自分自身です.今ほどリスキリングが話題になっていなかった当時は少なくとも,一度大学を出て社会人ドクターを取得するのは,家族や職場の理解などが前提となるため,個人の努力だけでは叶いませんでした.仕事と学業を両立するのも大変な苦労で,社会人ドクターをあきらめた人を何人も見てきました.私は器用な人間ではないので,学業に専念できるように修士からの進学を決断しました.どうか後悔のない判断をしていただければと思います.