「学びながら教える:放送大学生と高専講師の仕事」
石田紀久 全科履修生 「自然と環境」
1. 放送大学生として
放送大学には、平成20年~21年に選科履修生として、平成22年~現在まで全科履修生として在学しております。人生の節目にはこれを契機にそれまでとは違うことをしてみたいと願うのが人の常ではないでしょうか。私も平成20年3月に停年退職し、それまでの工学系の仕事から離れ、人間心理・精神分析などを勉強し、可能であれば臨床心理士の仕事につきたいと思い関連科目を受講しておりました。しかし、長年にわたり高度(硬度)に鍛えられた工学系の頭脳には可塑性がなくなっており、目標達成をあきらめざるを得ませんでした。「断念」ではなく、自分にあった分野を伸ばそうという柔軟な「意思」に従うこととし、工学系に近い物理系および数学系の勉強を選び直しました。放送大学の授業科目は、多くの分野にわたっており、また基礎的なものから専門的かつ実用的な段階の科目まであり、自分のレベルにあったものを選択できるのが魅力です。
茨城学習センターに通ううち、ここでのサークル、ゼミ及び同窓会の活動が活発であり、これらが学習の効率化、学生間の情報交換、親睦などに大きな役割を果たしていることを、私は次第に実感するようになりました。
そして、私も現在、サークルには
① 数学共楽会(今ではいくつかのグループに分かれ、線形代数のSIG(SIG:Special Interesting Group)、R統計のSIG及び集合・位相のSIGからなる)と、さらに
② ふるさと探勝会に属しています。
またゼミには、
1) 環境問題について書かれた本“Silent Spring”の英文購読ゼミではありますが、地理・生物・歴史などの豊富な話題について自由活発に議論する「朝野ゼミ」、
2) 実用統計に関していまだ盛んな研究意欲をお持ちの塩見先生が指導する「塩見ゼミ」及び
3) 現代数学の入門の一つである解析学について奥先生を中心にじっくり勉強する「奥ゼミ」、
ならびに現役の先生が直接講義してくださるゼミとして、
4) 暗号の科学についての黒澤先生指導の「黒澤ゼミ」及び
5) 相対性理論を中心に宇宙物理を横澤先生からていねいに解説・指導していただいている「横澤ゼミ」
に参加しています。
放送による講義や面接授業を含め放送大学ならではの多様な分野の勉強ができるのに加え、このようにサークルやゼミ活動さらには茨城学習センター同窓会にも属し、充実した放送大学の学生生活を送っています。
2.茨城学習センターでのサークル活動
私がサークル活動や幾つかのゼミに入るきっかけになったのは、すばらしい方々にめぐり会えたからであります。放送大学入学式後のサークル活動紹介の時に、「朝野ゼミ」と「数学の勉強会」についての丁寧な説明に魅力を感じて、すぐに両方に入ることにしました。「数学の勉強会」には数学の達人がおられ、少人数ながら意欲的な活動がはじまっておりました。なお、当時は他の全国の学習センターには「数学の勉強会」は存在しなかったと聞いています。やがて、この「数学の勉強会」をサークルとして正式に登録申請することになり、平成20年10月1日付けで「数学共楽会」という名称で本部から認可されました。なお、「数学共楽会」という名称は、私が入る前から使われていた魅力的なネーミングですが、これで晴れて市民権が与えられることになりました。
数学共楽会の活動は、当初、4人で月1~2回、通常は会議室ですが、ここが空いていない時には多目的ホールで数学の熱い議論を重ねました。この後で喫茶店に場所を移しクールダーンするのが楽しみで、そこでの話題は多岐にわたり各人の経験なども披露されていました。あるときメンバーの1人から「某大学の数学の特別講義を受けたが、教え方などにいい加減なところがあった。特に、工学系の先生が数学を教えるとその傾向がつよい」という話がでた時、賛意しかねましたが自分のことを持ち出して反論するのも圭角となると思い控えました。実は、この頃、私は工業高等専門学校(高専)の非常勤講師として物理を教え、数学も教えることになっていたからです。以来、高専での講師の話は封印してきましたが、この機会に少し紹介したいと思います。
3.高専の講師という仕事
前の仕事を停年退職した翌年に、高専での非常勤講師としての仕事が見つかり、物理(3、4年生対象)を教えていました。そのうち、数学(4年、5年生対象)をも担当してほしいと依頼されたときには、少しためらいましたが「放送大学で学びながら教えるのは相乗効果が期待できるのではないか」と楽天的に考え、これを引き受けることにしました。
高専から大学3年に編入学する学生が多く、5年生ともなれば数学のレベルは大学1、2年の内容と同じレベルです。また放送大学の教養学部ともほぼ同じレベルなので、かなりの時間をかけて準備しながらの授業でした。また、教材をそのまま説明するだけでは授業になりませんので、敷衍して教えるためには一般的な数学の知識を必要とします。
ところで授業の進め方は先生によって大分違いがあります。「良い授業とは?」または「良い先生とは?」について、高専の経験からの私見を述べてみたいと思います。もちろん魅力ある授業をする先生がよい先生の条件の一つですが。
魅力ある授業をするコツの一つは、「ユーモア」を入れることといいます。ベテランの先生は、授業中1回はユーモアを入れ学生を惹きつけるのが良いと言われますが、小生の場合はユーモアのつもりが学生に風邪をひかせかねない可能性があり無理をしないことにしております。
学生にとって良い授業とは、少ない労力で理解できるよう分かりやすく講義してもらい、シラバス通りに進めてもらえることのようです。放送大学の学生である私の立場からすれば、実用性や具体性が重要と考えますが・・・。そこで、授業では学生に役立つことを教えようと、例えば、確率・統計の授業では、運動クラブに属している学生が多いので、テニスとか卓球の「ダブルスの試合で同じ人と組まないですむ組み合わせには幾通りあるか?」とか、適齢期の学生に関心があると思い「最良の結婚相手をさがす方法は(確率的に)?」などの問題を授業で取り入れましたが、残念ながら学生の反応はイマイチでした。学生の方では、余計なお世話と思っていたかもしれません。しかし「私の講義は、忘れた後にも効いてくるはずである」と一言付け加えることにしております。
つぎに「良い先生」についてですが、一般の大学においては、研究実績に対する評価の比重が高く、授業内容のみでの評価は一概には決まりません。しかし非常勤講師の場合は学生の評価が重要です。学生にとっては授業評価のほかに良い成績をつけてくれる講師が望ましいのです。学生の成績評価は期末試験の点数で決まります。年に4回の期末試験があり、これに対する問題作成と採点の仕事が講師にも課せられています。
テスト問題作成の仕事は結構、気を使います。平均点を上げようとして簡単な問題のみでも、また過去に出した問題と同じものはいけない等、学校の慣例・内部規則があり、さらに日本技術者教育認定機構(JABEE)の関係で問題が適正かどうか、模範解答が正しいかどうかを各学科の先生が評価し、それを保存することになっていますので慎重にならざるを得ません。問題作成時のうっかりしたことが難問になることもあり、模範解答を出そうと四苦八苦することにもなります(例えば、解析の授業の問題で、関数
f(x)=exp(-x*x/2) をテーラー展開し、収束半径を求めよという一見簡単なようで難問)。数学の場合、模範解答が間違っていることがあっても、問題が間違っているということはないので、どんな問題であってもそれに対する模範解答をださなければなりません。
一方、テスト後の採点は、幾分楽しみでもあります(どの位できているか心配もふくめて)。採点後、特に、合否すれすれの成績の学生がやってきて、あわよくば合格点を勝ち取るための1対1の交渉が始まりますが、この時の理屈や熱意はすごく、感心するほどです。この意欲を試験勉強に向けてほしいものだと思いますが。・・・このように学生と鬩ぎあいつつも折り合いをつけるのも講師の楽しみの一つです。いずれにせよ、学生にとっては試験の成績が最も重要なわけで、これをかなえてくれる講師がいい先生の最重要条件になっているようです。この点は放送大学生とは大分違うことが分かります。
4.おわりに
「初心忘るべからず」という世阿弥の言葉があります。これは、一番初めに立てた「心志し」を忘れるなという意味ではなく、一生の間、若いときでも年老いたときでも、その時々に生ずる壁や転機においてこれを乗り越え、そのつど新しい自分の生き方を見つけ出せという意味だそうです。
私の場合は停年退職したときが一つの転機でしたが、運よく放送大学の世界を知り、また高専の講師という新たな仕事につくことができました。高専の仕事と放送大学学生とはまさに「教えながら学ぶ」というシナジー効果もあり、自分の世界を大いに拡げてくれたと感謝しています。しかし、この仕事もそろそろ終わりに近づいており、次の節目に向かって新たな生き方を見つけようと思っています。
放送大学の学生としてはこれからも続けるつもりであり、このなかで「学びながら教え合う」を実践できればと思っています。さらに、数学、物理系の科目のみならず他分野の科目を焦ることなく履修することを目標とし、また楽しみにしたいと思っています。