vol.9 畝森泰行(後編)

使う人や周囲の環境を受け入れる、自然で明快な建築を目指す建築家、畝森泰行(後編)

畝森泰行の2回目では、現在進行中の東北復興プロジェクトを中心に話を聞いた。


多くの市民の意見を聞くなかから潜在的な声を見つけていった

現在、畝森は東日本大震災で被災した福島県須賀川市で、市民交流センターの設計に携わっている。このプロジェクトは、もともとあった総合福祉センターが被災したため、その跡地に図書館、公民館、子育て支援、市民活動支援などの機能を持つ複合施設を建設するというものだ。2016年4月に着工し、オープンは2018年を予定している。

「この設計では、3つのことを目指しました。ひとつは、様々な境界を超えた交流の場をつくること。もうひとつは、誰もが気軽に集まれる多様な場をつくること。そして3つ目は、施設を利用する市民の姿によって復興の象徴をつくることです」と畝森は語る。

写真(上)/須賀川市市民交流センター Sukagawa Civic Center

完成予想図。5階建ての建物は、各階ごとに床のかたちや大きさが異なる。いくつものテラスの存在が特徴的だ。


設計を始めるに当たっては、市民を対象にしたワークショップを開催。わずか2ヶ月間に25回ものワークショップを行い、1400以上の意見を集めたという。その結果、設計案は当初のものから大きく変わることになった。

「当初は図書館や公民館、子育て支援などの機能を区分けして考えていたのですが、たくさんの意見を聞くうちに利用する側にとってはそうした縦割り的な区分けは大事ではないことが少しずつ見えてきました。むしろそれぞれの機能を融合し、繋いでいくことが潜在的に求められていると考え直しました」

実際の設計では、図書館や公民館、子育て支援などの機能を、「まなぶ」、「つくる」、「はぐくむ」、「あそぶ」といった、動詞の機能に分解。それらを従来の区分にこだわらないかたちで、ひとつの建築のなかに統合している。

例えば本の閲覧や貸出しに関しては、その中核となる「まなぶ」のフロア以外に「つくる」や「はぐくむ」のフロアにも本棚を設置。一時保育の機能を持つ「はぐくむ」のフロアでは絵本や育児書を借りることができる。このように建物全体に図書館の機能を拡張させることで、利用者の利便性が高められている。


建築の中で人々が動く姿がダイレクトに見えることが復興の象徴

5階建ての建物は、各階の床をずらすことでテラスや吹き抜けを設けている。それぞれのフロアは「まなぶ」や「つくる」といった各機能に対応しているが、テラスや吹き抜けを介することで、上下の階のあいだには視覚的にも空間的にも繋がりが生まれる。

また外に面した大きなテラスで行われる活動が、街からもよく見えるように考慮されている。

「復興の象徴が何なのか、ずいぶん悩みました。結論としては、やはり「人」だと思いました。建物に人々が来て、活動している様子が街からダイレクトに見えることこそが、被災した街に勇気を与え、復興の象徴になると考えました」

写真(上)/須賀川市市民交流センター Sukagawa Civic Center Photos by UNEMORI ARCHITECTS.(2枚とも)

(上)「須賀川市市民交流センター」の模型。さまざまな機能を持つ床が集まり、お互いを支え合いながら建物全体を形作っている。

(下)同建物の内部模型。開放的な吹き抜けの空間があることで、各階が視覚的にもゆるやかに繋がる。


このプロジェクトは、大手の組織設計事務所のひとつである石本建築事務所との共同設計だ。数百人単位の建築士を抱える組織設計事務所と建築家の個人事務所の性格が濃いアトリエ系事務所では、設計に対するアプローチも大きく異なる。組織事務所との協働を畝森はどのように捉えているのだろうか。

「基本的には一緒に設計しています。お互いが意見を出し合い、議論しながら少しずつ進めてきました。今回のプロジェクトに関して言えば、自分ひとりでは絶対にできなかったという部分が多々あります。

もちろん、考え方が合わずに、難しく感じる場面もあります。けれどもプロジェクトを進める上での推進力や経験値、判断力など、彼らと仕事をすることで、学ぶことも多かったし、この協働がいい建築につながると信じています」

建築は多くの人を巻き込んで作られ、完成後も同じ場所に建ち続ける。そして街や文化、さらには時代の価値観を形作っていく。建築が持つこの大きな可能性が、畝森が建築家を志したいちばんの理由だという。

「父親が大工だったので、ものづくりの現場は小さい頃から身近にありました。ですが建築家になるということを本当の意味でイメージできたのは、ずいぶん後になってからです。

決定的だったのは、西沢大良さんの事務所で最後に担当した駿府教会です。この現場では、竣工間際にいろいろな事情から未完成のまま礼拝を行うことになってしまいました。玄関扉がまだついていなかったので、外の騒音が入ってくるなか、信者さんたちが一生懸命に賛美歌を歌って祈りの空間をつくっていく。その姿や建築のあり方に感動して、空間は人間と共につくられるのだと実感しました。自分もこうした建築を目指したいと思い、独立を決意しました」

膨大なコミュケーションと思考の積み重ねの上にしか建築は立ち上がらない。従って、どんなに厳しい条件の建築であっても、そこには必ず設計者の個性が現れると畝森は考える。人が設計し、人が使う建築。彼が目指すのは、使う人や周囲の環境を受け入れる、自然で明快な建築と言えるだろう。

【プロフィール】

畝森泰行(うねもり・ひろゆき)

1979年岡山県生まれ。1999年米子工業高等専門学校卒。2002年横浜国立大学卒。2005年横浜国立大学大学院修士課程修了。2002〜2009年西沢大良建築設計事務所勤務。2009年畝森泰行建築設計事務所設立。2012年〜2014年横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手。2016年より横浜国立大学非常勤講師。

http://unemori-archi.com/

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美


■建築家にアンケート 畝森泰行

Q1. 好きな住宅建築は?

A 「母の家_ル・コルビュジェ」や「スカイハウス_菊竹清訓」。建築とその建築に向けられた精神に感動しました。

Q2. 影響を受けた建築家は?

A すみません、たくさんいて絞れません。今はただ、たくさんの建築家から等しく影響を受けていたいと思っています。

Q3. 好きな音楽は?

A ザ・シー・アンド・ケイク、ジム・オルークなど。時代やジャンルを感じない軽やかな音楽が好きです。

Q4. 好きな映画は?

A 「EUREKA」。映像や音の美しさ、ゆっくりと進む時間が心地よいです。

Q5. 好きなアート作品は?

A 「大ガラス_マルセル・デュシャン」。ひび割れたガラスと周囲の空間がつくる透明さに驚きました。

Q6. 好きな文学作品は?

A 「伝奇集_J.L.ボルヘス」。「バベルの図書館」や「円環の廃墟」などに描かれる無限的、循環的な世界に魅了されました。

Q7. 好きなファッションは?

A 特定のものはありませんが、シンプルな服が好きです。

Q8. 自邸を設計したいですか?

A いつか設計したいですし、何より住んでみたいです。

Q9. 田舎と都会のどちらが好きですか?

A どちらも好きですが、田舎出身だからか山の緑や水の流れなどを眺めると落ち着きます。

Q10. 最近撮影した写真は?

A 家族の写真。建築の写真はあまり撮っていないかもしれません。

Q11. 行きたいところは?

A ガルダイア。

Q12. 犬派ですか? それとも猫派?

A 犬派。


もし何の条件も制限もなかったら、建築家はどんな家を考えるのか?

「夢の家プロジェクト」

【夢の家プロジェクト】

今回の連載に登場する建築家の皆さんに、それぞれの考える「夢の家」を描いていただいた。「夢の家」の条件は「住宅」という枠組みだけ。実現可能性や具体性にとらわれず、各自の創造性や問題意識をぞんぶんに活かし、自由にイメージをふくらませて考えていただいた作品だ。

●畝森泰行が考える「夢の家」

ゆっくりと変わる家

「光の射す向きや風の流れ、大気や季節などの外部環境の移ろいと、使い方や家族構成、ライフスタイルなど内部で起こる様々な変化に合わせてゆっくりと変わる家。成長する樹木のように時間を重ねながら規模、形、外層などの組成が少しずつ変わることでこの場所が持つ個性や時代、そして住人の生き方そのものを建築が現す」

畝森泰行