vol.3 能作文徳、淳平兄弟(後編)

能作文徳、淳平兄弟の感性を育んだ地域性と伝統とは

モノが経てきた時間や来歴に価値を見出す

写真(上)能作淳平


前回に続き、能作兄弟が子供時代を過ごした家を祖母の住まうゲストハウスに改修した「高岡のゲストハウス」の試みについてお伝えする。

新しくできた祖母の家では、古い家にあった雪見障子や欄間、襖などが再利用されている。既存の部屋を補強しつつ、水周りなどの設備を追加。梁や柱を見せることで木造家屋の簡素な美しさが際立っている。その空間に溶け込んだ欄間や障子は、家族の記憶と深く結びついている。素材の再利用は限られた資源の有効利用というだけではなく、それらのモノが経てきた時間や現在に至るまでの来歴に価値を見出すことでもある。能作淳平はそうした「モノ」の持つ力をストーリーという言葉で説明する。

「建物を構成するするモノは、いわば部品として捉えるのが一般的です。けれどもそれらのモノが秘めている時間やプロセスに注目すれば、モノにはそれぞれのストーリーがあることがわかります。建築をつくることは、そうしたストーリーを相互に関係づけることに似ていると思います」


鋳物職人の家にうまれたふたりの感性

高岡のゲストハウス Guest house in Takaoka Photos by Jumpei Suzuki


ふたりがモノに注ぐ細やかな眼差しは、彼らが育った環境とも無関係ではないだろう。富山県高岡は鋳物の街として有名で、数多くの鋳物職人がおり、もともと祖 父母も鋳物職人をしていたこともあり、古いものや伝統的な技術へのこだわりは、日々の暮らしのなかで育まれたものと言えるかもしれない。

かつては建築の部材として当たり前に使われていたものが、いつの間にか手に入らなくなっている。彼らはそうしたことに敏感に反応し、今あるものを活かすことの重要さに気づいたという。

「障子や欄間にしても、新しく作るとすればコストもたいへんかかるし、職人さん自体も減っています。今これを捨ててしまえば、同じものを作るのは大変なわけです。それならば、ここにあるものを可能なかぎり新しい建築のなかに組み込んでいくほうがいい。それによって過去から未来へと引き継がれていきます。

僕たちには歴史や伝統という重いものを直接的に背負っているという感覚はあまりありません。むしろそのときの世代が、今あるものを大事にしていくことが、結果的に歴史になっていくのだと思います」と淳平は語る。


地域性や伝統はより豊かな建築や空間を生み出すための契機

写真(上)能作文徳


単にひとつの建物の設計だけを考えるのでなく、その背後にある社会や文化にまで視野を広げると、建築の見方も変わってくる。その視点の変化を文徳が学生時代の経験を踏まえて語ってくれた。

「学生時代に窓についてのリサーチで、世界各地の建築を見て回りました。そこで強く感じたのは、それぞれ地域には、その場所の歴史や風土に根ざした豊かな生活があるということです。けれども建築家はその部分の面白さにはあまり目を向けていなかった気がします。僕たちが『高岡のゲストハウス』で行おうとしたのは、歴史や風土を引き受けながら新しい建築をつくる可能性を探していたと言えるかもしれません」

地域性や伝統を過去に固定されたものではなく、より豊かな建築や空間を生み出す契機として捉え直す。こうした考え方が可能なのは、彼らが基本的には、新しいものを作り出す建築の力を信じているからだろう。

「子供の頃、母親の友人の建築家たちを見て、楽しそうだなと思ったのが最初です」と文徳は建築に興味を持ったきっかけを語る。

「家に建築雑誌の『JA』があって、それに載っていたSANAAのスタッドシアター・アルメラのドローイングを見たとき、これが設計のプロセスなんだと思い、建築家への道を強く後押しされた気がします」と淳平は言う。

多様な展開を見せる現代建築の手法を咀嚼しつつ、そこからこぼれ落ちるものにも目を向ける。それは建築を理念的なコンセプトの実現として捉えると同時に、建築が成り立つ場所のリアリティと向き合うことでもある。次回からは、兄弟ひとりひとりの活動を紹介しつつ、その建築の魅力を探っていきたい。


【プロフィール】

能作文徳(のうさく・ふみのり)

1982年富山県生まれ。2005年東京工業大学建築学科卒。2007年東京工業大学大学院建築学専攻修士課程修了。2008年Njiric+Arhitekti勤務。2010年東京工業大学補佐員。2010年能作文徳建築設計事務所設立。2012年東京工業大学大学院建築学専攻博士課程修了。2012年より東京工業大学大学院建築学系助教。

http://nousaku.web.fc2.com

能作淳平(のうさく・じゅんぺい)

1983年富山県生まれ。2006年武蔵工業大学(現・東京都市大学)建築学科卒業。2006〜2010年長谷川豪建築設計事務所勤務。2010年ノウサクジュンペイアーキテクツ設立。現在、東京大学非常勤講師、東京藝術大学非常勤講師、東京都市大学非常勤講師。

http://junpeinousaku.com/

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美