vol.8 畝森泰行(前編)

建物のスケールと構造の関係から考える建築家、畝森泰行(前編)

若手建築家のインタビュー4人目は畝森泰行。最初は独立後に設計したふたつの狭小住宅を手がかりに、環境から考える建築のあり方や設計時に重視するポイントについて話してもらった。

狭小地でも良好な住環境は生み出せる

畝森泰行が設計した「Small House」は都内の典型的な狭小地に建てられた住宅だ。敷地は10坪強(約34平米)だが、地下1階・地上4階の建物のフットプリントは約17平米しかない。敢えて建物の周囲に空地を設けることで、良好な住環境を生み出すことを目指している。

「敷地が小さいことを積極的に考えて、建物のボリュームのスタディを重ねました」と畝森は語る。「狭い敷地いっぱいに建てるのではなく、建物の平面を小さくし、周りに空地を設けると、建築法規の制限が緩和され、より高く積層させることができます。しかも風通しや採光もよくなります」

写真/ Small House 2010 Photos by Shinkenchiku-sha(2枚とも)

(上)通りから見た「Small House」の外観。駐車場を兼ねた空地に面した大きな窓を設けることで、狭い敷地の住宅でも充分に外光を取り入れることができる。

(下)2階のダイニングルーム。各階は一辺が約4メールの正方形。右手の壁の一部は大きな開閉式パネルになっている。螺旋階段で繋がった3階はスペアルーム。丸く開いた穴の部分に床の薄い小口が見える。


各フロアはほぼ正方形のワンルームで、各階ごとに天井高が異なる。1階や2階は隣地の住宅との距離が近いので、どうしても暗くなりがちだ。そこで天井高を高くし、窓を大きくすることで、少しでも光が多く入るように工夫されている。また充分な内部空間を確保するために、床の厚さは7センチと極めて薄くなっている。建具の小口とさほど変わらない厚さは、構造設計者との時間をかけた検討作業の成果だ。具体的には鉄骨造の柱の外側に鉄板のブレースをつけて外壁面の剛性を上げるなどの補強策がとられている。

「とても小さな住宅なので、床や建具・家具などの存在感が同じぐらいのほうがちょうどいいと思いました。建物全体が階段で繋がったワンルームとも言えますが、各フロアで切り分けられている感じも欲しい。天井高や窓の大きさでフロアごとの変化が生まれ、いろいろな暮らし方ができるほうがいいと思いました。施主は夏場は半地下のベットルームで寝て、冬はより暖かい上階のスペアルームを寝室代わりにするといった、空間の使い分けを楽しんでいるようです」


建物の大きさと構造は時が経っても変わらず残り続ける

畝森にはもうひとつ、都内の狭小地に建つ住宅作品がある。 この「山手通りの住宅」の敷地は「Small House」よりもさらに小さい。鉄筋コンクリート造で5階建の建物は、下の階ほど天井高が高く、上の階にいくに従って低くなっている。

「上の階と下の階では構造が負担する力も変わってきます。そのため下の階では柱と梁が太く、上にいくに従って柱と梁が細くなります。これを壁と窓の関係として見ると、天井の高い下の階は大きな壁面に縦長の窓が穴のように開いた空間。

それに対して天井の低い上の階は壁が少なくて窓が大きいので、外に投げだされるような空間になります。この小さな住宅では、上下の環境の変化が建築の空間やそこでの人の生活に反映されることを目指しています」

写真/山手通りの住宅 Yamate Street House 2014(共同設計:三家大地建築設計事務所) Photos by Shinkenchiku-sha(2枚とも)

(上)「山手通りの住宅」の外観。上の階にいくほど外壁の壁面が少なくなり、窓が大きくとられていることがわかる。

(下)同建物の内部。下は2階のアトリエで上は3階のダイニングルーム。天井高と窓の大きさの操作によって、室内の雰囲気に変化が生まれている。


施主は革製品の製造と販売を営む独身の男性で、現在はこの建物をショップ兼アトリエと住居として使用している。しかし設計時には、将来的に家族構成やショップの営業規模が変化することも想定し、その変化にも対応可能な柔軟性を意識したという。

「Small House」と「山手通りの住宅」に共通するのは、建物のスケールと構造に関するさまざまな角度からの検討だ。このふたつの要素は、畝森が自らの設計において最も重視するものだ。

「建物をどのくらいの大きさにして、どのような構造にするかは、設計をするうえで最も大事なテーマだと思っています。表面的な仕上げや使い方は時の経過とともに変わっていきます。それに対して、建物の大きさとそれを支える構造は、建物がある限り、建築として残り続けます。だからこそ建築家が考えるべき普遍的テーマだと思いますし、その探求を通じて環境との関係や時代の価値観、そして自分自身の個性がどう現れるかを考えています」

続く

【プロフィール】

畝森泰行(うねもり・ひろゆき)

1979年岡山県生まれ。1999年米子工業高等専門学校卒。2002年横浜国立大学卒。2005年横浜国立大学大学院修士課程修了。2002〜2009年西沢大良建築設計事務所勤務。2009年畝森泰行建築設計事務所設立。2012年〜2014年横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手。2016年より横浜国立大学非常勤講師。

http://unemori-archi.com/

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美