vol.1 千葉 学

建築家の千葉学氏を監修者として、将来の活躍が期待される日本の若手建築家にスポットを当てたインタビューがスタート。

まずは千葉氏に、世界のなかの日本の建築と彼が若手建築家にかける思いについて語ってもらいました。

若手建築家のセレクト監修は東京大学大学院教授の建築家・千葉学氏


日本の建築は世界から注目されている

「日本の建築家の存在は海外でもよく知られています。むしろ国内よりも海外での評価のほうが高いと言えるかもしれません。端的な例を挙げるなら、オランダの建築家レム・コールハースが2011年に、日本のメタボリズムについての700ページを超えるインタビュー集を出しました。

メタボリズムは戦後の日本で唯一と言ってもよい前衛的な建築運動ですが、コールハースの本は当時の関係者への綿密な取材に基づく本格的な研究書です。

日本の建築は世界中から注目されていて、人材の交流も盛んに行われています。海外の大学で教えている日本人建築家はたくさんいますし、世界には日本の優秀な建築家に興味を持っている教育機関や企業も数多い。そうした意味で、日本の建築は海外と地続きであり、新しい才能が注目される機会も増えています」

世界のなかで日本の建築が置かれている状況について、千葉学氏はこのように語りました。日本発の創造的な文化としての建築。それを支えているのは、作品や建築理論を通じて自らのオリジナリティを探求する建築家たちです。彼らの実力は日本人が感じる以上に、国際的な評価を得ています。

千葉学氏作品/共に工学院大学125周年記念総合教育棟 Kogakuin University 125th Memorial Education Center 2012 Photo by Masao Nishikawa

日本の近代建築は短期間で世界と戦える実力を備えた

「しかし現在に至るまでの日本の近代建築の歴史は、決して長いものではありません」と千葉氏は言葉を続けます。お雇い外国人のジョサイア・コンドルが工部大学校(現在の東京大学工学部建築学科)で西洋建築を日本人に教え始めたのは1877年(明治10年)。

1920年代から30年代にはル・コルビュジエなどのヨーロッパのモダニズム建築家との交流が活発化しました。戦後はまず丹下健三が広島平和記念公園の設計案で国際的な脚光を浴び、それに続くポスト丹下の世代は広く海外に活動の場を求めました。

「日本の近代建築は短期間で欧米へのキャッチアップに成功し、自らのオリジナリティを武器に世界と互角に勝負できる実力を備えたわけです。ある一面では、桂離宮のような伝統建築のなかにモダニズムの美学と相通じるものがあり、そのことが日本の建築家が国際的な舞台に出ていくうえでうまく作用したという部分もあります。

しかしそれにしても丹下さん以降の急成長は目覚ましい。わずか一世代で磯崎新さん、安藤忠雄さん、伊東豊雄さんといった才能を次々と輩出し、その流れが現在にまで続いているのです」

いまは建築家にとっては難しい時代

現在の日本の若手建築家の多くも、そうしたDNAを受け継いでいます。しかしそのいっぽうで建築家を取り巻く国内の状況は厳しさを増しています。丹下らが活躍した高度成長期とは異なり、ひとりの建築家が国家的プロジェクトを担うような機会はほとんどありません。

低成長の経済状況下で新しい建築物を作る機会は減少し、建築を投資効果や経済性でしか評価しない風潮も強まっています。そのなかでも建築を作り続けるという強い意志を持つことが若手には求められているといいます。

「建築家にとっては難しい時代をむかえていると言えるでしょう。そして社会の変化に呼応して建築家の仕事の中身も変わってきています。今まで建築家があまり関わってこなかった領域、例えばリノベーションやプロダクトデザイン、エディトリアルなどの分野で建築家が活躍することは素晴らしいと思います。

しかし私自身としては、やはり建築家には建築を作ってほしいという思いが強くあります。大きなプロジェクトでなくても構わないので、とにかくリアルな建築を作り続けてほしい。今回選んだ若手には、そうした期待を込めています」

日本の若手建築家について語る建築家・千葉学氏


選んだのは日常のなかに新しい価値を見いだせる人たち

建築家の選定に当たってはこれまでの実作だけではなく、講評会やシンポジウムなどでの発言も重視。建築が成り立つ社会的なバックグラウンドへの理解も現代の建築家には強く求められています。自らの建築の理論を日常性のなかに見出し、それを鍛えあげること。たとえ小さな場であっても、人がよりよく生きるための空間を真摯に模索することを通じてしか建築家が存在し続ける道はない、といいます。

「建築家の仕事は日常生活の延長線上にあります。建築物や町並みは日常の風景の一部であり、建築家はその可能性をどのくらい広げられるかに取り組んでいるわけです。今まで気づかなかった生活の豊かさを発見したり、日常のなかに新しい価値を生み出すことは建築家の大切な役割です。従って今回の人選でも、そうしたことを目指している建築家かどうかを重視しました」

千葉学氏作品/大多喜町役場Otaki Town Hall 2012 Photo by Masao Nishikawa

千葉学氏作品/日本盲導犬総合センター Japan Guide Dog Center 2006 Photo by Masao Nishikawa


千葉氏が選んだ若手建築家は、中川エリカ、萬代基介、青木弘司、御手洗龍、海法圭、能作文徳、能作淳平、o+h(大西麻貴+百田有希)、田根剛、teco(金野千恵+アリソン理恵)、畝森泰行という9人+2ユニット。次回からは彼らのインタビューを順次掲載する予定です。


【プロフィール】

千葉学(ちば・まなぶ)

建築家。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授。1960年東京生まれ。東京大学建築学科卒業、同大学院修士課程修了。日本設計、ファクターエヌを経て2001年千葉学建築計画事務所設立。2013年より現職。主な作品に「日本盲導犬センター」(日本建築学会賞)「大多喜町役場」(ユネスコ文化遺産保全のためのアジア太平洋遺産賞功績賞)「工学院大学125周年記念総合教育棟」(村野藤吾賞)。著書に『rule of the site-そこにしかない形式』『人の集まり方をデザインする』など

http://www.chibamanabu.co.jp

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美