vol.4 能作文徳

住宅を人とモノの連関として捉える建築家、能作文徳

これまで紹介してきた能作文徳・淳平兄弟による共同プロジェクトの仕事に続いて、今回は兄の文徳の建築を見てみよう。


街に対して自由に開閉できる住宅はコミュニケーションを生む

東京の中央線沿線に位置する国立は、緑豊かな郊外型の住宅地として知られる。関東大震災後に学園都市として整備が始まったこの街には、広い敷地にゆったりと建つ、開放的な住宅が多かった。

しかし昨今の分割相続による宅地の細分化を経て、その魅力は次第に失われつつある。小さな敷地には隣地との近すぎる距離を意識して小さな窓を設けた住宅が建ち、かつての町並みとは異なる閉鎖的な状況が生まれている。

写真(上2枚)/ Steel House 2012 Photos by Fuminori Nousaku Architects

(上)「Steel House」の外観。屋上にはさまざまな用途に使えるスチールフレームが設置されている。

(下)窓を多く設けた開放的な室内。外の景観を建物の内部へと取り込むようなデザイン。


能作文徳が設計した「Steel House」は、こうした現代の都市的な住宅環境に対応する試みだ。まず敷地の前面道路側に駐車場とアプローチを兼ねた前庭を確保。建物を道路から離すことで、間口いっぱいの大きな窓がある開放的なリビングを実現した。

建物は鉄骨の軸組でできているので、窓の場所や大きさを自由に決めることが可能だ。さらに屋上には広いテラスがあり、一層分の高さのあるスチールフレームが設置されている。このフレームは、ハンモックを吊るしたり、蔓状の植栽を育てるためのネットを張ったりと、施主のライフスタイルに合わせたさまざまな使い方ができる。

「小さな住宅が密集する都会の住宅地では外部空間を活かすのが難しい。どうすればうまく使えるかは、設計するときにいつも考えているテーマです」と文徳は語る。

「Steel House」では前庭や屋上テラスといった「外部」を巧みに配置することで、小さな住宅でも街に生活の気配が現れるように設計されている。必要なプライバシーを保ちつつ、街に対して過度に閉鎖的にならない住宅となっている。

「例えば天気のいい日に屋上のテラスで食事をしていれば、街を歩いている人は気づくでしょう。知り合いなら声をかけるかもしれない。住宅のなかで営まれる活動がきっかけとなって、コミュニケーションの機会が生まれます。現代の街や建物の多くがそうした機会を奪っているとしたら、僕たちが設計する建築は街に対してより自由に開いたり閉じたりできる可変性を持つべきだと思っています」


住む人が空間と格闘することで、空間を使う・つくる潜在力を引き出す

写真(上)/古いビルの1室をリフォームした能作文徳のオフィス


能作文徳が設計する住宅では、建築家の作品であると同時に、住む人によって使われる家という面が重視されている。

「住む人が空間と格闘することで、人間が潜在的に持っている、空間を思いがけない方法で使ったり、ときにはつくったりする能力が発揮されます。その潜在力を引き出す建築を考えたいんです」

彼が建築を学んだ東工大には篠原一男、坂本一成、アトリエ・ワンといった、住宅を中心に独自の建築的思考を展開してきたプロフェッサー・アーキテクトの系譜がある。文徳はその刺激を受けつつ、利用者という他者を介入させることで、より豊かな空間を生み出すことを目指しているのだ。

2016年に竣工した「馬込の平入」にはこの考え方が端的に現れている。施主は低コストを実現するために、ハウスメーカーに施工を依頼。コストを下げるにはメーカーの標準仕様にするのがいちばんだが、それでは新築のマンションのような味気ない空間になってしまう。

そこで内外装を部分的に変更。例えば内装の壁はクロス貼りをやめて、施主と友人たちが珪藻土を塗って仕上げた。天井が高いので手がとどく範囲の壁は珪藻土が塗られ、そこから上は仕上げをなくし、プラスターボートのままで残された。外壁には近隣にある古い工場の錆びた鉄色から着想を得た赤茶色の塗料が塗られている。

写真/馬込の平入Hirairi in Magome 2016 Photos by Jumpei Suzuki(2枚とも)

(上)外壁のリシン吹き付け塗料の赤茶色と切妻の勾配屋根が印象的な外観。

(下)室内の壁は施主と友人たちの手で仕上げた。梁から上の部分は下地の石膏ボードのままで残されている。


「この住宅は新築ですが、古い家を改修したのか、未完成なのか判然としない不思議な質感があります。新品のものだけが生活を豊かにするわけではありません。自分たちがつくることに関わった手応えや時間の経過を伴った質感にも楽しさや喜びを見つけることができます」

住宅を完成された製品として捉えるのではなく、人とモノの連関として捉える。そして建築家の仕事とは、その連関をより豊かに楽しくすることではないのか。こう考える能作文徳は、これからも自らの設計を通じて、声高なオリジナリティの主張だけの建築とは異なる、真摯かつ濃密な探求を続けていくに違いない。


【プロフィール】

能作文徳(のうさく・ふみのり)

1982年富山県生まれ。2005年東京工業大学建築学科卒。2007年東京工業大学大学院建築学専攻修士課程修了。2008年Njiric+Arhitekti勤務。2010年東京工業大学補佐員。2010年能作文徳建築設計事務所設立。2012年東京工業大学大学院建築学専攻博士課程修了。2012年より東京工業大学大学院建築学系助教。 http://nousaku.web.fc2.com

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美


■建築家にアンケート 能作文徳

Q1. 好きな住宅建築は?

A たくさんありますが、最近フィリピンでみせてもらったバンブーハウスは隙間だらけの独特な開放感がありました。

Q2. 影響を受けた建築家は?

A 大学の塚本由晴さんの研究室で学んだ影響が大きいです。

Q3. 好きな音楽は?

A レディオヘッドは高校生のときからなぜか飽きずに聞いています。

Q4. 好きな映画は?

A あまり詳しくないのですが、ドキュメンタリーを見るのが好きです。

Q5. 好きなアート作品は?

A ゴードン・マッタ=クラークの家を切断している作品。

Q6. 好きな文学作品は?

A 文学作品よりも思想や哲学の本を読む傾向にあります。

Q7. 自邸を設計したいですか?

A 庭のある家をつくりたいです。

Q8. 田舎と都会のどちらが好きですか?

A 両方を行き来するのが理想です。

Q9. 最近撮影した写真は?

A フィンランドの建築家アルヴァ・アアルトの作品。


もし何の条件も制限もなかったら、建築家はどんな家を考えるのか?

「夢の家プロジェクト」

【夢の家プロジェクト】

建築家の皆さんに、それぞれの考える「夢の家」を描いていただいた。「夢の家」の条件は「住宅」という枠組みだけ。実現可能性や具体性にとらわれず、各自の創造性や問題意識をぞんぶんに活かし、自由にイメージをふくらませて考えていただいた作品だ。


●能作文徳が考える「夢の家」

「現代の家は、電気、ガス、水道の巨大なインフラに頼っている。夢の家では、インフラに頼らずに身の回りの資源を最大限に活用して生活できないだろうか。太陽の光と熱を大屋根が受けとめ、風が吹けば風車がまわり、エネルギーを得る。雨水を集めてタンクに貯め、水や湯を浴室と洗濯室に送り、洗濯物をサンルームで干す。螺旋上の大きなかまどは、上にのぼっていくことができ、薪を燃やせば巨大な蓄熱体となって室内を暖める。トイレの糞尿は肥料として菜園で使われ、メタンガスを発生させる」

能作文徳