vol.11 御手洗龍(後編)

街を変えていく、街とともに動いていく建築を目指す建築家、御手洗龍(後編)

「プレミアムジャパン・アートプロジェクト」の若手建築家の連載インタビュー。御手洗龍の2回目では、東北での復興プロジェクトのコンペ案や街頭につくるデジタルライブラリーの計画などを紹介しつつ、人の活動を通じて都市へと広がる建築について語ってもらった。

写真(上)/御手洗龍の事務所には大型の建築模型がきれいにディスプレイされている。


震災後の何もないところで小学校をどうつくるか

御手洗龍が伊東事務所から独立して間もなくして、「陸前高田市立気仙小学校」のコンペがあった。東日本大震災で大きな被害を受けた陸前高田市に新しく建てられる小学校の設計コンペで、御手洗の設計案は惜しくも次点となった。

「伊東事務所には9年間いましたが、7年目までは伊東さんの建築の変遷のなかでは『せんだいメディアテーク以降』と呼ばれる時代です。自分もその時期のプロジェクトに関わりながら、ようやく建築とは何かを掴んだ気がしていました。ところが震災が起きて、もう一度建築の原点に立ち戻ることになった。伊東さんと一緒に釜石市の復興計画などをやりましたが、震災後の建築がどうあるべきか、よくわからないというのが正直な実感でした。それでこれまでの自分の歩みを含めて、もう一度建築を見直さなければいけないと思い、独立を決めました」

写真(上)/陸前高田市気仙小学校 Kesen elementary school in Rikuzentakata

地元の豊富な森林資源である杉の集成材を使用。内部は木材の質感を活かした空間で、湾曲した屋根を支える曲がり梁が親しみやすい表情を生んでいる。


建築が本当に必要とされている場所で自分に何ができるか。彼にとって「陸前高田市立気仙小学校」のコンペは、その問いに答えるものでもあったという。敷地は津波対策で10メートルかさ上げされた土地で、街全体が更地のような状態となっていた。

「何もないところに小学校を作るので、この小学校が街づくりの拠点になることが求められていました。しかもそこに通う子供たちは街の未来そのものです。その数少ない子供たちに学校という広い空間のなかでいかに安らぎや安心感を与えられるのかも、設計のテーマのひとつでした」と御手洗は語る。

建物は木造の平屋で、屋根は穏やかな波のように湾曲した面の連続でできている。木造平屋にすることで躯体のコストを抑え、工期も短縮することができる。内部空間は個々の曲面屋根と木造の柱で柔らかく分節されている。広がりのある大きな空間であっても、柱や筋交いが作り出す親しみやすいスケール感が子供の身体感覚に安心感を与え、居心地の良さを生み出すという。

またこの小学校では図書館などの一部施設を地域住民にも開放することになっている。小学校のエリアと地域開放のエリアは、セキュリティの範囲を時間によって変えることでゆるやかに繋がる。子供たちと地域の住民が同じ施設に共存し、それが街からも見えることが重要だと御手洗は考えている。

「建築は単体ですが、建築だけで捉えるべきではないと思います、震災以降は特にそう考えるようになりました。どんな小さい建築でも、街とともに動いていくというか、街を変えていく。そうしたことが建築でできればいいと考えています」

デジタル技術を活用した図書館の姿とは

「道の図書館」はまさに街を変えていく建築といえる。これは東京、目黒にあるドレメ通り沿いに、デジタルライブラリーのスポットを点在させる計画だ。道に建てられた「本の木」と呼ばれる木柱にiBeaconシステムで構築された超短距離型wifi機能が装備されていて、そこにタブレットを近づけると「道の図書館」に入館することができる。

この図書館はデジタル書籍を自由にダウンロードすることで、その地域ならではのライブラリーが作られていく。また利用する地域の人たちに合った本を推薦したり、今読んでいる本に関連した地域のイベントや教室を紹介することも行う。柱をたてる場所は通りの空地を丁寧に読み込んで決め、通り沿いの杉野服飾大学前の広場には複数の柱に屋根をかけ、カフェライブラリーを開設する計画だ。

写真(上)/道の図書館 Street Library

「道の図書館」の中核施設となるライブラリー・カフェ。wifi機能を備えた「本の木」を柱にして、そのうえにアルミプレートの屋根をかけている。


「従来の図書館には本がたくさん並んでいます。本が大量にあるので、基本的には本棚という面で構成された空間になります。それがデジタルになると、樹皮のついた木柱が本棚の代わりで、同時に構造体にもなっている。その柱一本一本に大量の本が集約されているので、図書館が面の空間から線の空間となり、明るく開放的なものへと変わっていきます。こうしてやわらかな地域性と空間を融合させることで、図書館というビルディングタイプを変えていくことができるのではないかと考えました」

「道の図書館」ではデジタル技術が活用されているが、ここでも重要なのは身体的な感覚だという。さまざまな人が行き交う場に、建築を介して新しい活動を作り出す。そしてそれを契機に人が集い、やがて緩やかに繋がる。彼が考える建築の未来は、身体性を踏まえた社会のデザインとも密接に関わっているのだ。


【プロフィール】

御手洗 龍(みたらい・りゅう)

1978年東京都生まれ。2002年東京大学工学部建築学科卒。2004年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。2004〜2013年伊東豊雄建築設計事務所勤務。2013年御手洗龍建築設計事務所設立。2015年より横浜国立大学大学院/建築都市スクール Y-GSA設計助手。

http://www.ryumitarai.jp/

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美


■建築家にアンケート⇒御手洗龍

Q1. 好きな住宅建築は?

A 土浦亀城邸。学生時代初めて写真を見た時に、自分の空間感覚とぴったりと一致して、それが原風景のように今もずっと記憶に残っています。

Q2. 影響を受けた建築家は?

A 建築という枠を遥かに超えて、伊東豊雄さんからは、人に伝えきれないほどの大きな影響を受けました。

Q3. 好きな音楽は?

A 奇跡的な出会いによって独特の世界観が生み出されたトーレ・ヨハンソン時代の原田知世さん一連の楽曲。

そしてアントニオカルロス・ジョビンによる初期のBossa Nova。その土地、その時代に生きる喜びと野心を感じます。

Q4. 好きな映画は?

A Gus van sant監督の「elephant 」。日常と非日常を断片化してパラレルに描いていく映像に衝撃と感動を覚えました。

他には、Tom Tykwer監督の「パフューム ある人殺しの物語」。悪臭漂う18世紀のパリの魚市場で子供が産み落とされるシーンから始まり、映像が常に嗅覚を刺激します。初めて匂いというものを感じる映画でした。

Q5. 好きなアート作品は?

A ゴッホの「ひまわり」。絵全体を鑑賞した後、顔を徐々に絵に近づけていきます。すると一つ一つの筆跡がはっきりと立ち現れ始め、ゴッホがその時に抱いていた感情や息遣いが蘇り、それが生きもののように伝わって感じられるのが好きです。

Q6. 好きな文学作品は?

A 「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル著)

数学者ルイス・キャロルが描き出す独特の世界の本質には、幾何学や物理現象をベースとしたダイナミズムが見え隠れしているように思います。そこに建築の世界観を見ずにはいられません。

Q7. 自邸を建てたいですか?

A 東日本大震災を経験し、住宅を設計するようになってから、生きることの豊かさや喜びと家との間に強い結びつきを感じるようになりました。それが理由なのか、このところ俄かに自邸を建てたいと思うようになってきています。

Q8. 最近撮影した写真は?

A 雪が積もるロシアオビ湾の河口付近を、飛行機に乗って空から撮影した写真です。荒れ狂う川が自然や町を取り込んでそのまま雪と氷に結晶化してしまったような不思議な景色でした。

Q9. 行きたいところは?

A 近代化されない文化の濃さと、そこに息づく生の迫力を感じに、インドを旅してみたいです。

Q10. 犬派?それとも猫派?

A まっすぐが好きなので、犬派です(笑)。

Q11. 好きなファッションは?

A ISSEY MIYAKEの服を好んでよく着ています。布の少し外側まで一緒に纏っている感じがして、とても好きです。

Q12. 田舎と都会のどちらが好きですか?

A どちらも好きですが、選ぶとすれば都会です。人が行き交う都市の中で地球や自然を感じる瞬間が好きです。


もし何の条件も制限もなかったら、建築家はどんな家を考えるのか?

「夢の家プロジェクト」

【夢の家プロジェクト】

今回の連載に登場する建築家の皆さんに、それぞれの考える「夢の家」を描いていただいた。「夢の家」の条件は「住宅」という枠組みだけ。実現可能性や具体性にとらわれず、各自の創造性や問題意識をぞんぶんに活かし、自由にイメージをふくらませて考えていただいた作品だ。

●御手洗龍が考える「夢の家」

まちを動かしていく家

「今まで世界中のいろいろな町を訪ねてきました。どの町にも独自の文化があって、歴史があって、人がいて、そして必ず家がある。人は家に住むのと同じくらい、いやもしかするとそれ以上に町を選んでいる。

だから町がもっと好きになる、家が町そのもののような、そんな家を作りたいと思っています。その土地の素材で立ち上がり、その土地の光と風を取り込んで呼吸し、その土地の産業や文化を引き継いで町の背中を押していく。

少し先の未来を描く、そんな家、そんな町に住みたいと思うのです」

御手洗龍