vol.20 青木弘司(前編)

リノベーションを通じて建築の新しい可能性を探る建築家、青木弘司(前編)

若手建築家のインタビュー。10回目に登場するのは青木弘司。前半ではリノベーションのプロジェクトを中心に彼の設計の方法論について話を聞いた。


暮らす人の時間を断絶させないリノベーションを

近年リノベーションは建築家が積極的に関わる領域のひとつとして注目を集めている。特に若い建築家にとっては、リノベーションは新しい建築の可能性を見出すうえでの格好の思索と実践の場といえる。

藤本壮介建築設計事務所から独立後、最初に発表した「調布の家」には、彼が考える新しい方法論が明確に反映されている。改修の基礎となっているのは築25年の木造住宅だ。内部をいったんスケルトンの状態に戻したうえで、構造的な補強と設備のリニューアルを行うという点では一般的な改修工事と大きな違いはない。青木の独自性はその先の部分、つまりリノベーションを通じて建築の新しい可能性をいかに広げていくかにある。

写真(上)/「調布の家」House in Chofu 2014 Photos by Anna Nagai

(上)あらゆるモノが断片的に並置され、新旧の要素が渾然一体となった内観。

(下)トップライトの直下に再配置された真っ白い階段や本棚は、インテリアに緩やかな秩序を与えている。


「藤本さんの事務所には8年間いたのですが、当時はリノベーションの仕事はほとんどありませんでした。ところが独立すると立て続けに住宅の改修の依頼を頂いた。自分にはリノベーションの経験がなかったので、いろいろなリノベーションの事例を気にかけて見るようになりました。なんとなく見えてきたのは、新旧の対比を際立たせるような手法でしたが、直感的に『それは違うのではないか?』と思いました」

このように青木はリノベーションを通じて思考を深めた経緯を語り始めた。新旧のコントラストを強調したデザインは、両者を時間的に断絶し、過去を標本化してしまうという。

「施主はリノベーションに対して複雑な感情を抱いています。今まで住んでいた家には愛着を持ちつつ、いろいろと不具合もあるのでリニューアルしたいと思っているわけです。つまり既存の部分に対して新たに手を加えていくことは、本来とてもデリケートな作業なのです。それにも関わらず、両者の対比をデザインのアリバイにしてしまうような態度は、傲慢でしかないと思います」

こうした考えかたは設計のプロセスにも反映されている。リノベーションの場合は、建築家が現場で「この部分は残そう」といった判断を行うケースが多い。しかし青木は敢えて現場での直感的な判断を避けたという。

まずは新旧の要素すべてを模型に落とし込む

「現場で判断しないようにしています。スケルトンになった木造の軸組は美しいので、それだけで格好良く見えます。ただ、そのような高揚感に惑わされないように、すべての情報を事務所に持ち帰ることにしました。既存の部分も新しくデザインする部分も等価に扱わないと、両者の関係を正しくとらえることができません。それで既存の部分も新しく付け加える部分もすべて等しく模型に落としこみました」

建築模型のうえでは、既存の部分も新しく付け加える部分も同じように見える。空間を構成する要素が持つ個別の意味を漂白し、すべてをフラットな目線で再検討することができる。事務所では1/20のスケールで内部空間を忠実に再現した模型を作成。それに基づき緻密にスタディを重ねた。この作業には多大な労力と時間を必要とするが、その結果として導きだされたデザインは、無造作な装いの下に精密さを秘めたものになっている。

写真(上)/ 「我孫子の家」House in Abiko 2016 Photos by Anna Nagai

(上)即物的で簡素に設えられた室内。ありふれたモノの素人仕事の集積のような状態を目指して緻密に設計されている。

(下)建物の中央には風と光の立体的な通り道が設けられ、一様に白く塗り込められている。


2016年に竣工した『我孫子の家』は、『調布の家』の試みをさらに一歩進めたプロジェクトだ。敷地は雛壇状に造成された住宅地で、手賀沼を一望できる。ここに建つ木造二階建の住宅は、北側が擁壁によって閉ざされ、風通しや採光の問題を抱えていた。まず最初に、年間の風の流れを調べ上げ、それに基づいて新たに開口部を設定した。特徴的なのは、室内に出現した風や光の通り道が白く均一な塗装で仕上げられている点だ。

「太平洋の彼方から運ばれてきた風が、この小さなインテリアを吹き抜けていくわけです。言い換えれば、コントロールできない自然の大きな力の一部を建物のなかに取り込む。そう考えると、風が通る部分は、住み手が自然に対して明け渡す部分と言えるかもしれません。白く塗ることで、生活から少し距離を置いた他者のための場所を用意しようとしたのです」

ここで青木は室内の仕上げの違いによって、住み手の振る舞いが変わることに着目している。例えば既存の仕上げを剥がして下地をむき出しにした部分では、住み手が仕上げ材を追加したり、棚を増設したりというようにDIYの対象になりやすい。逆に白く均質に塗られた部分は、手を加えにくい領域として比較的そのまま維持される。さらに既存のままの部分は愛着もあるので保存欲が働き、やはり遠慮しがちになるという。

「仕上げの違いによって、家との付き合い方が変わるのです。これはリノベーションを通じて得た大きな発見でした。施主の手が加わることで、自分の想像を超えた空間が出現するのは興味深いし、住み手の生活を少しだけ誘導し、主体性を喚起するような、日々の活力を生み出すデザインは可能です。竣工時をゴールとしてとらえないことは、必ずしも作家性の放棄ではありません。むしろ僕は他の建築家よりも恣意的に設計を行い、圧倒的な作為を投入していると思います」

続く

【プロフィール】

青木弘司(あおき・こうじ)

1976年北海道生まれ。2001年北海学園大学工学部建築学科卒。2003年室蘭工業大学大学院修了。2003〜2011年藤本壮介建築設計事務所勤務。2011年青木弘司建築設計事務所設立。現在、武蔵野美術大学、東京造形大学、東京大学、前橋工科大学非常勤講師。

http://kojiaoki.jp/

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美