想像力がもつ変革の力を信じる建築家、海法 圭(後編)
若手建築家のインタビュー。海法 圭の後半では、空想と現実というふたつの面から建築を捉える彼の手法を紹介。建築における想像力の大切さについて語ってもらった。
空想的な提案で解の可能性を広げたい
海法の発想は時として、従来の建築の守備範囲をあっさりと超えてしまう。彼が宇宙工学の研究者であるサイスッチャリット・ポンサトーンと共同で発表した『空飛ぶマンタ』は、SF的とも言えるスケールのプロジェクトだ。高度1キロメートルの上空に10キロメートル四方のマイクロフィルムの膜を浮遊させ、その表面で太陽光発電を行うと同時に太陽光を適度に遮蔽し、快適な都市環境を作り出す。
写真(上)/「空飛ぶマンタ」Flying Manta
都市全体をひとつの巨大な空間と捉え、その環境をパッシブに調節するという壮大なプロジェクト。屋内とも屋外ともいいきれない大きな環境が生まれる。上空でマイクロフィルムの皮膜が水平に広がるための工学的なアイディアも検討されている。
「宇宙の出来事のほとんどは不可視で非同時的であるとバックミンスター・フラーが示唆したように、世の中の多くのことは正しく理解することは非常に難しいと思います。宇宙の世界は建築とは完全に専門分化した別のものというイメージがありますが、建築の検討条件から人と重力の2つを抜けば宇宙の提案もできるというのが発見でした。都市空間を考えるときも前提条件ばかりに支配されて議論が矮小化することがないように心がけています。」
海法はこうした空想的な提案を行ういっぽうで、極めて現実的なプロジェクトも手がけている。その一例が2012年に竣工した『西田の増築』だ。既存の木造住宅の平屋部分の屋根のうえに四坪弱の細長い部屋を増築。
中学生の女の子が利用する部屋なので天井高を1.9メートルに抑え、部屋幅は両手を広げるとぎりぎり届かなそうな幅に抑えてある。開口部の引き違い窓も子供の手で扱いやすいサイズに調整されている。また将来的には床を抜くことで、一階の和室に光をとりこみ、風を送りこむ塔屋の役割を果たすこともできるという。
写真(上)/「西田の増築」Extension N Photos by Kei Kaihoh Architects
(上)増築部分の内部。天井の低い細長い空間になっている。
(下)建物の外観。増築部分は既存の平屋部分の屋根のうえに載っている。建築とも工作物ともとれる独特のスケール感が興味深い。
「ここでは、地方の住宅地の街並みを主に構成するミニアパート、戸建住宅、物置、車庫などの諸要素のスケール感に当てはまらない大きさのボリュームを挿入しています。住まい手の生活の一部が身体感覚によりそったボリュームとして規定され、それが街の風景に新しい要素として参加するようにしました。」
空想と現実は対立ではなく相互補完的な関係
このほかにも海法はマンションのリノベーションや店舗のデザインなど幅広い活動を展開している。また海外では集合住宅の建設プロジェクトも進行中だ。壮大な都市計画的なプロジェクトでも、リノベーションのような小さなプロジェクトであっても、彼は常に空想と現実のあいだを行ったり来たりしながら提案を考えるという。
「空想というのは、現実とパラレルに存在していたはずの世界からヒントを得るというやり方です、しかし空想するといっても、自分ひとりの想像力には限界があります。現実はその限界を乗り越えるステップとして捉えています。従って空想と現実は対立的な関係にあるのではなく、相互補完的でポジティブな関係なのです」
空想を大事にすることは、現実とパラレルな関係にある世界を想定し、そこに存在したかもしれない他者への思いやりや、現実には存在しないものに対する想像力を育むことに繋がるという。逆に空想を無視することは、それらへの想像力を損なうことになる。
海法は実際の空間やプロジェクトのイメージを通じて、想像力を損なうことへの抵抗を呼び覚まそうとしている。想像力が持つ変革の力を信じて社会と結びつく彼の建築の今後に期待したい。
【プロフィール】
海法 圭(かいほう・けい)
1982年生まれ。2004年東京大学工学部建築学科卒。2007年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2007〜2009年西沢大良建築設計事務所勤務。2010年海法圭建築設計事務所設立。現在、東京大学、芝浦工業大学非常勤講師。
取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美
■建築家にアンケート海法 圭
Q1.好きな住宅建築は?
A ルヌガンガ。生き様が住宅だけでなく広大な敷地いっぱいに提示されていて素晴らしかったです。
Q2.影響を受けた建築家は?
A 西沢大良さん、千葉学さん、原広司さん。
Q3.好きな音楽は?
A クラムボン、bonobos、小沢健二、Nuyorican soulなど。
Q4.好きな映画は?
A デヴィッド・リンチやソフィア・コッポラが好きです。
Q5.好きなアート作品は?
A オラファー・エリアソンのダブルサンセット。
Q6.好きな文学作品は?
A ドリトル先生航海記。
Q7.好きなファッションは?
A ステッチなどのディテールで雑妙に野暮ったさを出しているのとか。
Q8.自邸を設計したいですか?
A まだつくりたくないですね。って死ぬまで言ってる気がします。
Q9.田舎と都会のどちらが好きですか?
A 行ったり来たりしたいです。
Q10.最近撮影した写真は?
A 石目のきれいな瑪瑙のコースター。
Q11.行きたいところは?
A マハ・クンブメーラというインドのお祭りにいつか行ってみたいです。
Q12.犬派ですか? それとも猫派?
A 犬です。高校までで延べ6匹の犬ちゃんと一緒に育ちました。
もし何の条件も制限もなかったら、建築家はどんな家を考えるのか?
「夢の家プロジェクト」
【夢の家プロジェクト】
今回の連載に登場する建築家の皆さんに、それぞれの考える「夢の家」を描いていただいた。「夢の家」の条件は「住宅」という枠組みだけ。実現可能性や具体性にとらわれず、各自の創造性や問題意識をぞんぶんに活かし、自由にイメージをふくらませて考えていただいた作品だ。
●海法 圭が考える「夢の家」
「雲のみちをなぞる夢」
「サーマルと呼ばれるそらの波をのりついで、雲底の連なりをたどる。雲の発生と衰退をことわりに大きな波を見定めれば、上昇気流で雲上の彼方に浮上する。はるか先を昼下がりが走り、後ろを振り向けば夜々中が迫り来る。どこまでも雲のみちにただよう、そらの人のくらし」
海法 圭