vol.21 青木弘司(後編)
ユーザーの主体性を育む建築を目指す建築家、青木弘司(後編)
若手建築家のインタビュー。青木弘司の2回目では、ユーザーの主体性を喚起する建築という観点で、自らの作品について語ってもらった。
住み手が持続的に自ら手を加えていく仕組みをあらかじめ組み込む
一連のリノベーションの設計プロセスのなかで青木が強く意識したのは「生きられる空間を設計する」という考えだ。一般的に建築家の作品は、建物が竣工し、施主に引き渡されたときが完成形だと考えられている。
竣工時を、あたかも画家が自らのタブローに署名する瞬間と同じようにとらえるならば、竣工後に建物がユーザーによって使われていくプロセスは完成形からの逸脱になってしまう。もちろん設計者は設計段階で完成後の使い方を想定しているが、現実の使い方はその想定の範囲内に収まるとは限らない。
青木が考える「生きられる空間」とは、このような計画と経験の間にある宿命的なジレンマを認めつつ、ユーザーの主体性によって空間が日々更新されていくことを肯定的にとらえる思考によって立ち現れるものに他ならない。
「批評家の多木浩二さんが『生きられた家』という本で、住みこなされた家と建築家の作品の間には埋めがたい裂け目があるとし、その対立と相関の間に空間言語の多様さの一切が生じ、関係し合っていると述べています。リノベーションに関わるなかで、この長年アンタッチャブルな領域に留まっていた『生きられた家』の問題に改めて向き合ってみたいと思うようになりました」
それでは住み手の主体性を育むようなデザインとは何か? 『調布の家』や『我孫子の家』では、リノベーションの過程で、住み手が持続的に自ら手を加えていく仕組みをあらかじめ組み込んでいるという。
「例えば、ホームセンターで買えるような材料も敢えて使っています。そうすることで、住み手が後で造作の追加を行ったとしても、何となく調和が生まれますし、ありふれた身近な材料を組み合わせ、あらゆるモノが見えるように設えることで、空間の成り立ちを感覚的に理解できるようになっています。このような簡素で緻密な操作が、『空間の成り立ちを知り、自ら手を加えることで身の回りの世界を変えていく』という、ある種のDIYの精神を喚起するのだと思います」
重要なのは現場での実験的な実践とオリジナルな思考の積み重ね
住み手の主体性を誘発する空間という考え方は新築のプロジェクトでも継承されている。現在建設中の『伊達の家』では、北海道の気候風土を前提に、住み手にとって、いろいろな過ごし方が可能な家を提案している。
「100坪の敷地に対して、要望を積み上げていくと25坪程度の計画になりそうでしたが、そのまま建てると、冬場は残りの75坪が雪に覆われてしまい、維持していくのも大変で、あまりリアリティを見出すことができませんでした。そこで、まず敷地の大きさに見合った比較的大きな倉庫のような鉄骨造の建物を建て、その内側に25坪程度の木造の家を建てるという、ふたつの箱が入れ子になった住宅を提案しました。
鉄骨造の箱は雨風を凌ぐことはできますが、断熱はしていません。いっぽう木造の箱は、それ自体が内部なので、防水する必要はないのですが、箱を包み込むように外断熱を施しています。木造の箱の内部は、その外側の空気層によって守られているので暖かく過ごせますし、その空気層も、土間のような場所になっていて、日中は光を溜め込み、冬でもリビングルームとして使うことができます。この住宅では、熱環境のグラデーションの中で、住み手が快適な居場所を見つけながら自由に生活します。その時々で空間の使い方を変化させられるような、ラフな生活像をイメージしています」
「(上)/ 「伊達の家」House in Date の1/20の模型。
(上)鉄骨造と木造の入れ子構造の住宅。2つの箱の間は大きな空気層になっていて、冬場の居住域を守る。
(下)空気層に面した木造の箱の壁は断熱材を現しにしている。空気層は土間のようになっていて、中間期にはリビングルームとしても使うことができる。
青木が建築に興味を持ったのは大学に進んでからだという。
「理系でデザインにも興味があるという理由で、何となく建築学科に進みました。というより、当時は何も考えていなかったのだと思います。それまで勉強はほとんどしていなかったのですが、大学で建築を通じて学ぶことの楽しさやよろこびを知った。それから自分なりに猛勉強して、建築家の道に進もうと決意しました」
大学院時代には伊東豊雄の事務所でもインターンを経験。卒業後に勤めた藤本壮介の事務所では『情緒障害児短期治療施設』や『Tokyo Apartment』『武蔵野美術大学 美術館・図書館』などの代表作を担当した。
「藤本さんの建築には明快なコンセプトと美しい詩的言語が内在していますが、それだけでは説明できない豊かな空間の質があります」
コンセプトの明快性と建築でしか実現できない豊かな空間の存在感。青木は自らの設計を通じて、そのふたつを繋ぐロジックを見出すことを目指している。現場での実験的な実践とオリジナルな思考の積み重ねが、魅力的な成果として結実する日を期待したい。
【プロフィール】
青木弘司(あおき・こうじ)
1976年北海道生まれ。2001年北海学園大学工学部建築学科卒。2003年室蘭工業大学大学院修了。2003〜2011年藤本壮介建築設計事務所勤務。2011年青木弘司建築設計事務所設立。現在、武蔵野美術大学、東京造形大学、東京大学、前橋工科大学非常勤講師。
取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美
■建築家にアンケート⇒青木弘司
Q1.好きな住宅建築は?
A フランク・ゲーリーの自邸である「Gehry House」と同じくゲーリーの「Davis Studio and Residence」、ジョン・ソーンの自邸、坂本一成の「House SA」、石山修武の「ドラキュラの家」
Q2.影響を受けた建築家は?
A フランク・ゲーリー、坂本一成、鈴木了二、青木淳、藤本壮介。
多木浩二さんの『生きられた家』と鈴木了二さんの『建築家の住宅論』の中の「初めを創り出す場所」は住宅を設計するときのバイブルになっています。
Q3.好きなアート作品は?
A いくつかありますが、最近ではティルマンスの「Book for Architects」に影響を受けています。都市を俯瞰した写真もインテリアの写真も、あらゆる雑多なモノの写真も全て“建築”の写真として同列に並べた映像作品なのですが、ますますアノニマスに対する憧れが強くなりました。僕の中では、一つの理想的な建築のプレゼンテーションの形です。
Q4. 自邸を設計したいですか?
A 全く興味がありません。むしろ都心のマンションで誰にも気付かれないように暮らしたいです。
Q5. 行きたいところは?
A いろいろありますが、今すぐ行きたいところはベルリン。ハンス・シャロウンのベルリン国立図書館が見たいです。
もし何の条件も制限もなかったら、建築家はどんな家を考えるのか?
「夢の家プロジェクト」
【夢の家プロジェクト】
今回の連載に登場する建築家の皆さんに、それぞれの考える「夢の家」を描いていただいた。「夢の家」の条件は「住宅」という枠組みだけ。実現可能性や具体性にとらわれず、各自の創造性や問題意識をぞんぶんに活かし、自由にイメージをふくらませて考えていただいた作品だ。
●青木弘司が考える「夢の家」
「夢の家」
「自分の想像力だけで考えられ得る家は、決して夢の家などではないと思っています。全くもって想像力の乏しい僕は、あらゆる雑多な情報を我が物顔で取り込みながら、他人の夢の家を考え続けることしかできないのだと思います。今は5月に竣工予定の「伊達の家」に夢中です」
青木弘司