vol.16 海法 圭(前編)

スケールの大きい自由な発想で建築の枠を広げる建築家、海法 圭(前編)

若手建築家のインタビューは8回目を迎えた。今回紹介するのは海法 圭。前半では彼の自由な発想の成り立ちや建築家を志した経緯などについて話を聞いた。


誰のものでもない土地を新たに作りたい

建築の設計や提案は多くの場合、現実の土地や使用目的を前提にした高い実現可能性が求められる。しかしときには実現可能性に捉われないスケールの大きな提案が行われることもある。ル・コルビュジエが提案した理想の都市、菊竹清訓の塔状都市や海上都市など、建築の歴史ではいくつもの例を見ることができる。

海法圭は現在の日本の建築家のなかでは珍しく、スケールの大きな発想を得意としている。彼が提案する『水上のかもしかみち』では、2020年の東京オリンピックのために東京湾上に大規模な仮設のプラットフォームを構築する。

プラットフォームは原木を利用した「筏の大地」と世界中から船舶を集めた「ふねの城」から成り立っている。広大な「筏の大地」の上ではテント村やフェスなど多彩なイベントが催される。またベイゾーンに点在する施設や埋め立て地を繋ぐ「筏の大地」は、歩行者のための交通路としても役立つという。

写真(上)/「水上のかもしかみち」Raft Earth

東京湾のベイゾーンに大量の筏を浮かべてつくる「筏の大地」と船舶の集合体である「ふねの城」。海上のプラットフォームは市民の活動に解放され、「ふねの城」は宿泊施設のほか、電力を供給するインフラとしても機能する。


「『筏の大地』は誰のものでもない土地を作るという発想から出発しています。今の日本ではすべての土地が私有か公有であり、誰のものでもない土地は存在しません。この状況はとりわけ都市において顕著に感じられ、生活にある種の窮屈さを感じていました。それに対するオルタナティブな案を考えてみました」

海法は『水上のかもしかみち』のコンセプトをこのように語り始めた。「筏の大地」では伐採期を迎えつつある国内の人工林を最大限に活用する。筏に使われた原木はオリンピック終了後には建築資材や自然エネルギー源として再利用される。また大小さまざまな船をつなぎ合わせた「ふねの城」は、最大17000人を収容する選手村として機能する。オリンピック終了後にはすべての船は帰港し、施設としての実態は消滅する。

「2020年の東京オリンピックでは、民間事業者が参画し湾岸の選手村を建設し、終了後にはマンションとして再利用されます。しかし今まで都心にとっての余剰の場所としての価値を保ってきた湾岸に、都心と同じようなマンションが林立する風景がよいとはあまり思えません。そこで世界中の豪華客船を誘致して選手村にすることを提案しました」

実際に建物を建てるだけが建築ではない

『水上のかもしかみち』の根底にあるのは、オリンピックのための「箱もの」を作るという発想が時代にそぐわないという認識だ。新しく建設する新国立競技場でさえ、オリンピック後に赤字が続けば壊せばいい、というシナリオがどこかに存在しないとは言い切れない。そこで海法は、従来とは全く違った発想で建築的な方法論の独自の活用を考えた。

「建築資材がある場所に集められて建物になり、いずれは解体されて廃材として捨てられる。そうしたモノが動いていくサイクルを他の産業の活性化に応用できないかと考えたときに、森林の資源活用というアイディアを思いつきました。

現在、日本の林業はさまざまな問題に直面しています。端的に言えば、伐採すれば伐採するほど赤字が増える。そこで『水上のかもしかみち』ではオリンピック予算の一部を森林資源の活性化に使うことを提案しています。仮にこれが実現すれば、50年後、100年後には、このオリンピックが日本の建築界や林業の大きな転換点だったと言えると思います」

今の社会や都市が抱える問題に対して建築家はどのような提案ができるのか。マクロな視点から社会的な問題を捉えると同時に、その場を実際に利用する個々の人間の感覚にも寄り添ったものをデザインする。このふたつの方向性を同時に兼ね添えた設計を行うことが海法の基本的な考え方だ。

「フライパンの扱いやすさで料理の味が変わるという手のひらサイズのものごとと、日々生活するまちがどうなっていくのかというまちなみサイズのものごとを、どちらも等しく大切なひとつながりの出来事ととらえています。筏の大地も、一つ一つの筏は2、3人でつくろうと思えば作れてしまうものが集合したものなわけです。日常のDIYの延長線上にまちの将来像がある感覚を共有できるしかけづくりが大切と考えています」

建築が現実に寄り添うことは重要だが、そこに傾きすぎることは視野の狭窄を招く。海法は、その弊害を乗り越えるためには想像力が有効であると考えている。想像力をバネとしてアクチュアルな問題に関わろうとする彼のスタンスは、ある種の現代アートにも通じるものだ。

「いま、政治の世界も建築の世界もリアリズムが台頭しています。リアリティは重要ですが、大多数の人が恣意的に選び取ったものをただ一つの現実とみなしてしまう、多様性に対する想像力の欠如には常に気をつけなくてはならない。多くのアーティストは、リアリズムにからめとられることなく、個人的な想像力を源にしつつ社会的な問題との関わりのなかで作品を生み出している。それに親近感を覚えます。実際に何かを建てるということにこだわりすぎず、もう少し自由な発想で建築を捉えるべきだと考えています」

続く

【プロフィール】

海法圭(かいほう・けい)

1982年生まれ。2004年東京大学工学部建築学科卒。2007年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2007〜2009年西沢大良建築設計事務所勤務。2010年海法圭建築設計事務所設立。現在、東京大学、芝浦工業大学非常勤講師。

http://kaihoh.jp/

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美