vol.22 大西麻貴+百田有希/o+h(前編)

建物をつくることで物語を紡ぐ建築家、大西麻貴+百田有希(前編)

若手建築家のインタビュー。最後に紹介するのは大西麻貴+百田有希のユニットだ。前半では彼らが手がけたふたつの住宅作品を中心に話を聞いた。


生活空間が数珠繋ぎに続く『二重螺旋の家』

古くからの下町の街並みが残る東京の谷中。大西麻貴と百田有希が設計した『二重螺旋の家』は、その一角に建つ小さな住宅だ。敷地は旗竿地だが、竿に当たる細い路地が2本あり、ふたつの異なった方向から敷地へとアプローチできる。3階建ての住宅はこれらの路地がそのまま内部へと組み込まれるようなデザイン。鉄筋コンクリート造の白いコアに路地から続く細長い廊下が立体的に巻きつく。

「この住宅は外観が特徴的ですが、実際には敷地の関係で外観はほとんど見えません。むしろ重要なのは内部で、それを説明するのにプルーストの『失われた時を求めて』が相応しいと思いました。この小説には、主人公の『私』がマドレーヌを紅茶に浸して食べた瞬間に、子供の頃に過ごした家の記憶が蘇るという有名な一節があります。その記憶は、家の全体像が一度に思い浮かぶのではなく、小さな場所の記憶が数珠繋ぎになって現れてきます。

『二重螺旋の家』では、路地から出発して、廊下、リビング、階段、寝室と内部空間が数珠繋ぎに続いていきます。この空間の配列は、プルーストの小説のように、私たちの記憶のなかの空間をそのまま立ち上げたものと言えるかもしれません」

写真(上)/二重螺旋の家 Double Helix House 2011 Photos by Kai Nakamura

(上)建物の外観。右手の路地からの動線がそのまま廊下となり、白いコアに巻きつくようの繋がっていく。

(下)3階の内部。大きなデイベットに置かれたパッチワークのクッションは安東陽子のデザイン。


大西は『二重螺旋の家』の空間的な特徴をこう説明した。コアの外側に巻き付いた廊下と階段は木調の壁で仕上げられている。いっぽう白いコアの内側の壁は滑らかな左官仕上げとなってる。空間の質がもたらすものについて百田は次のように語った。

「付近には戦災で焼けなかった木造家屋も残っているので、それらの一部として繋がるように、外壁に杉板を使っています。外側の廊下が路地の延長として、魅力的な表情を持つことを目指しました。場所ごとで幅が変化したり、階段部分の傾斜が緩くなることで、ものを飾るスペースになったり、小さな図書室になったりします」

内部空間の多様性が住み手の日常にささやかな発見をもたらす。個々の場所で目にする情景は日常的なものだが、その繋がりから生まれるシーケンシャルな体験のなかにちょっとした意外性や驚きを潜ませる。その小さな体験の積み重ねが生活の豊かさへと繋がることが意図されているのだ。

建築家に必要なのは想像力を膨らませていく言葉

2015年に竣工した『小屋と塔の家』も『二重螺旋の家』と同様に都内の小さな敷地に建つ個人住宅だ。建物は路地に面した敷地の手前から奥に向かって、3つのボリュームから構成されている。いちばん手前には半地下の小さな小屋、その後ろにはキッチン、シャワールーム.浴室など水回りを集約した3階建の棟がある。そしていちばん奥は、4m角ほどの居室が積み重なった5階建の塔になっている。

「この住宅は周囲の環境との応答の中でデザインされています。小屋は離れとして使っていますが、街と距離が近いので、将来的にはカフェやギャラリーにすることも想定しています。いっぽう塔の部分は4階が他の階と分かれた感じになっています。空中にある、もうひとつの離れに行くというイメージです」

百田は全体のコンセプトをこう説明する。この建物を魅力的にしているのは、周囲の環境に完全に溶け込むのでもなければ、異物としての存在が際立つものでもない、街並みとの微妙な距離感だろう。

写真(上)/小屋と塔の家 2015 Photos by Shinkenchiku-sha

(上)建物の外観。手前の平屋と塔の最上階というふたつの「離れ」を持つ住宅。外階段を設けることで、屋上やテラスが生活の場の一部となるように設計されている。

(中)「空中の離れ」と呼んでいる5階建ての居住棟から外壁と一体化した外階段を見下ろす。

(下)1階のダイニングからキッチンを介してはなれを見る。


さらに大西が言葉を続けた。

「この住宅を設計した当時は、事務所が中目黒にありました。近所を歩いていると、3階建てのマンションが立ち並ぶ街並みのなかに、小さな平屋の家を見つけることがありました。それらの家は街並に呼応しているけれども、街並に合っているわけではない。『小屋と塔の家』では、そういった風景や、違う空気が流れている場所をつくりたいと思いました」

大西と百田にとって、建物をつくることはひとつの物語を紡いでいくことに似ているという。個々の設計は、敷地や予算、施主の要望など様々な現実的な問題への回答である。しかし同時に、建築家にはそれらを乗り越えていく飛躍が求められる。そこで重要なのは言葉であり、日常生活を乗り越えていくような想像力の働きであると、百田は語った。

「建築を作ることは、言葉を発見して語っていくことと不可分です。建築は実物を見てもらうのがいちばんですが、行かなければ見れないし、出来ていない建築は見ることもできません。そこでは想像を膨らませていける言葉で話すことはとても大切で、それによって施主や一緒に働く人たちとイメージを共有することができます」

続く

【プロフィール】

大西麻貴(おおにし・まき)

1983年愛知県生まれ。2006年京都大学工学部建築学科卒。2008年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修士課程修了。2008年大西麻貴+百田有希/o+h設立。2017年より横浜国立大学大学院YGSA客員准教授。

百田有希(ひゃくだ・ゆうき)

1982年兵庫県生まれ。2006年京都大学工学部建築学科卒。2008年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修士課程修了。2008年大西麻貴+百田有希/o+h設立。2009~14年伊東豊雄建築設計事務所勤務 。2017年より横浜国立大学非常勤講師。

http://onishihyakuda.jp/

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美