vol.10 御手洗龍(前編)

設計者がコントロールしきれないものを建築のなかに取り込んでいく建築家、御手洗龍(前編)

若手建築家のインタビュー。5人目に登場するのは御手洗龍。建築家を志したきっかけや伊東豊雄の事務所で学んだ建築を体感することの大切さなど、彼の建築観の基底にあるものについて語ってもらった。


作品を通じて自らの世界観を明確に示す建築家に憧れた

「母方の祖父が工務店をやっていました。祖父は船大工だったのですが、石川県で起きた大きな地震を契機に、建築の大工に職を変えたそうです。もともとが船大工なので、普通の大工よりも高い技術を持っていて、大阪万博ではスイス館などの施工に携わったと聞いています。子供の頃は、祖父の家に遊びに行くと、自宅の敷地のなかに事務所があって、祖父の隣で方眼紙を貰って絵を描いたりするのが好きでした。建築は子供の頃から身近なところにあって、自然と興味を持つようになったのだと思います」

御手洗龍は建築との出会いをこのように語った。身近な存在であった建築だが、建築家という職業を志したのは大学に進んでからだ。安藤忠雄、妹島和世、伊東豊雄といった、作品を通じて自らの世界観を明確に示すことができる建築家に強く惹かれたという。

「東大では専攻が決まって本格的に建築の勉強が始まるのは3年になってからですが、ちょうどその頃に伊東さんの『せんだいメディアテーク』が完成して、友人の間で大きな話題となっていました。それで雑誌に載った写真や記事を見たのですが、どうもよくわからない(笑)。とにかくすごい建築のようなので、レンタカーを借りて皆で仙台に行くことにしました。建築が現れた時の驚きは今でもよく覚えています。新しい建築が動き始めていると興奮しましたね。これが、伊東事務所で働きたいと思ったきっかけでした」

大学院を出た後に9年間働いた伊東事務所ではアンビルドに終わったカリフォルニア大学バークレー美術館のプロジェクトなどを担当。伊東からは多くのことを学んだ。伊東はスタッフに対して、設計の良し悪しだけではなく、その建築に足を運んだときに何が感じられるかを必ず問うという。この経験は、御手洗が自分の建築を考えるうえで多大な影響を与えることになった。

「その場に行き、自分の体で何かを感じることはとても重要です。僕はそこからひとりひとりの能動性を引き出すような建築を作りたい。例えば『衣服のような家』は、環境を衣服を脱ぎ着するように自分の手でつくっていく住宅です。室内の温度や明るさを機械でコントロールするのではなく、自分の手を動かして調節していく。その結果、軽やかで身体感覚の延長のような建築ができるのではないかと考えています」

建築のなかに揺らぎを内包することをいつも考えている

長野市で計画中の『衣服のような家』は、夫婦と小さな子供ふたりのための住宅だ。木造平屋のワンルームで、屋根の木製シェードを動かして室内に差し込む自然光を調整したり、地熱を利用した床下ダクトの蓋を開けて暖気を室内に取り入れたりできる。また屋根や外壁には散水装置があり、夏場は水の蒸散効果で室内に涼しい空気を呼び込む。もう少し明るく、もう少し暖かく、あるいは涼しくと、ここで暮らす人は自分で室内の環境を整えていく。そのプロセスは、寒暖の変化に伴って衣服を脱ぎ着する感覚に近い。

写真(上)/衣服のような家 A home like clothes (photo by Kai Nakamura)

家族4人が暮らす大きなワンルームの空間。敷地の高低差を活かし、地形のように高さが変化する床を実現。床が椅子になったり、テーブルになったりと、使い方に応じて自分の好きな居場所を見つけることができる。


「建築のなかに揺らぎを内包することをいつも考えています」と御手洗は語る。

「設計者がコントールしきれないものを建築のなかに取り込んでいくことで、建築を立ち上げていきたい。建築が生まれる場には、複雑で大量の情報があります。それをできるだけそのまま建築に活かすことが大事だと考えています」

設計者としての視線で場を観察し、そこで起きる活動を想像し、建築の「種」となるものを探す。それは新築でもリノベーションでも同じだという。御手洗は例として昨年都内で竣工した『oNoff』を挙げた。

『oNoff』は東京オリンピックの年に建てられたマンションの一室をSOHOにリノベーションしたものだ。既存の内装仕上げをすべて撤去することで、コンクリートの躯体を露わにする。室内は間仕切りのない流動的な空間だが、ワークゾーンは躯体のコンクリートで囲まれた硬質な空間とし、プライベートゾーンでは赤みを帯びたラワン材を用い、躯体の露出を最小限に抑えている。

写真(上) 2枚とも/oNoff 2016 (photo by Kai Nakamura)

マンションの一室に仕事場とプライベートな空間を共存させる試み。二つの空間は緩やかに繋がっているが、内装の仕上げを変えることで感覚的な切り替えができるようになっている。


「仕事の空間と寛ぎの空間を間仕切りで区分けるのではなく、住む人が空間のなかを巡りながら、両方のバランスを調整できるようにしたいと思いました。ワークゾーンとプライベートゾーンは流動的に繋がっていますが、どこかに感覚的な切り替えが必要です。そこでコンクリートの躯体に着目しました。躯体には当時の職人が残した仕事の痕跡がたくさんあります。その記憶を残す躯体は豊かな情報に満ちています。柱、梁を横断して空間が切り替わる度に、その情報が最接近し、そこに適度な抵抗感が生まれます。この抵抗感が生じることで、身体的な感覚でもonとoffの状態を選びながら過ごすことができると感じています」

続く

【プロフィール】

御手洗 龍(みたらい・りゅう)

1978年東京都生まれ。2002年東京大学工学部建築学科卒。2004年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。2004〜2013年伊東豊雄建築設計事務所勤務。2013年御手洗龍建築設計事務所設立。2015年より横浜国立大学大学院/建築都市スクール Y-GSA設計助手。

http://www.ryumitarai.jp/

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美