vol.15 teco(金野千恵+アリソン理恵)(後編)
小さな力で大きなエネルギーを生む仕組みをつくる建築家、teco(金野千恵+アリソン理恵)(後編)
teco(金野千恵+アリソン理恵)の2回目では、建築を通じて都市やコミュニティと関わる彼女たちの姿勢や建築家を志したきっかけなどについて話してもらった。
大学の同期だったふたりが建築家を志した理由
ふたりは東京工業大学の建築学科の同期生で、学生時代からの友人でもある。自己名義で作品を発表する建築家としてのスタートは金野のほうが少し早いが、アリソン理恵は東工大の坂本一成研究室に所属し、多くの建築プロジェクトに関わってきた。
「高校までは文系でしたが、人や建物、歴史や文化などがダイナミックに交わる、都市のしくみに興味があり、東工大の社会工学科に行きたいと思いました。それで思い切って理系に転向して受験しました。
大学で友人たちと日々議論を重ねる中で『建築って面白そうだな』と感じ始めました。ある時、坂本一成先生の『代田の町家』を見に行き、その空間の力強さに衝撃を受けました。絶対に坂本先生のところで勉強すると決意し、博士課程まで行きました。そこで学んだ、言葉と建築が相互に関係しあいながらつくられていく、具体的な空間や概念への興味が、建築を続けていく原動力になっていると思います」
アリソン理恵は建築との出会いをこう語った。いっぽう金野は子供の頃からものを作ったり、絵を描くのが好きで、中学生でヨーロッパに行って日本とはまったく違う街のつくりに触れ、都市計画に興味を持ったことが原点という。その後、高校生のときに『建築の20世紀 終わりから始まりへ』展(東京現代美術館、1998年)という展覧会を訪れ、はっきりと建築家の仕事に憧れを抱いたという。
「いちばん印象に残っているのはロシア構成主義やイタリアの未来派の建築で、『建築家はこんなにかっこいいものがつくれるんだ!』と思いました。大学ではアトリエ・ワンの塚本由晴先生の研究室で学びました。世界の窓のリサーチや住宅設計、展覧会計画、都市計画など幅広くプロジェクトに携わりましたが、その学びの中で得た、たとえ小さくてもひとつぶの建築が街に現れることの意味や、その可能性が創造的に広がっているという感覚を大事にしたいです。」
ジェネラリストだからこそもてる突破力もある
ちなみに事務所名のtecoとは「梃子」のことだ。かつてアルキメデスは「私に支点を与えよ。さらば地球を動かしてみせよう」という言葉で、梃子の原理を説明した。tecoのふたりもまた、梃子のように小さな力で大きなエネルギーを生む仕組みを考えることを自分たちの活動の基礎に据えている。彼女たちの守備範囲は介護施設やコミュニティスペースだけではなく、住宅の設計、リノベーション、遊具や家具のデザインなど幅広い。昨年は水戸新市民会館のプロジェクト・コンペに挑戦し、優秀賞に選ばれた。
写真(上)/「水戸新市民会館」/ MITO Civic Hall
上:市民のための堂を核にまちの構造を建築化する、新たなる市民会館の提案。中央の「堂」を市民の多彩な活動を集めた『民活ビル』と呼ぶ3、4階建てのボリューム群が包囲する。 中:展示ホールはルーバーのついたトップライトから自然光が降り注ぎ、明るい室内広場となる。
下:通り沿いの建物の様子。表情豊かな立面の連続とその立面に沿ったロッジアが通りに躍動感をあたえる。
「建築家を住宅の専門家、福祉施設の専門家、劇場の専門家と分ける仕組みには魅力を感じません。確かに経験の無いプログラムにチャレンジするときには、理解すべき与件の量は膨大なので、特定の分野で経験を積むことに利点はあります。けれどもそのいっぽうで、新しいことに挑戦し、横断的に物事を考えるからこそ見えるものもあって、そこから今までの建築のあり方を変える突破口が生まれると考えています」
こう語るふたりは、建築の業界では分野ごとの細分化や専門化が進んでいるが、ジェネラリストとしての建築家にはその壁を串ざしにする強さがあると、言葉を続けた。建築家が能力を広げることで、建築や社会のあり方も変わっていくのではないか。その可能性に賭けるところから、彼女たちの挑戦はスタートしている。
【プロフィール】
金野千恵(こんの・ちえ)
1981年神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒。2005~2006年スイス連邦工科大学奨学生。2011年東京工業大学大学院博士課程修了、博士取得。2011年KONNO設立。2015年teco設立。2011~2012年神戸芸術工科大学大学院芸術工学専攻助手。2011年豪クイーンズランド大学客員研究員。2013〜2016年日本工業大学生活環境デザイン学科助教。
アリソン理恵(ありそん・りえ)
1982年宮崎県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒。2009年NMBW勤務。2011年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2011~2014年ルートエー勤務。2014~2015年アトリエ・アンド・アイ坂本一成研究室勤務。2015年teco設立。
取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美
■建築家にアンケート金野 千恵
Q1.好きな住宅建築は?
A ジェフリー・バワ「ルヌガンガ」、バーナード・ルドフスキー「House in Procida」
Q2.影響を受けた建築家は?
A 恩師である塚本由晴先生、ペーター・メルクリ先生
Q3.好きな音楽は?
A クラムボン
Q4. 好きな映画は?
A バグダッド・カフェ
Q5. 好きなアート作品は?
A 洛中洛外図の構図のダイナミックさ、上村松園の日本画の色彩
Q6. 好きな文学作品は?
A 歴史小説
Q7. 好きなファッションは?
A ワンピースと紺色のもの
Q8. 自邸を設計したいですか?
A 生涯手を入れ続けるような自邸を作れたらなと思います。
Q9. 田舎と都会のどちらが好きですか?
A 田舎で生活してみたいです。
Q10. 最近撮影した写真は?
A 授業で学生12人が制作した「本を読む椅子」
Q11. 行きたいところは?
A スリランカ
Q12. 犬派ですか? それとも猫派?
A 犬
■建築家にアンケートアリソン 理恵
Q1.好きな住宅建築は?
A オーストラリアの建築家ロビン・ヴォイドのWalsh street house
Q2.影響を受けた建築家は?
A 坂本一成先生
Q3. 好きな音楽は?
A Ben folds five
Q4. 好きな映画は?
A メリーポピンズ
Q5. 好きなアート作品は?
A マティスの切り絵のシンプルかつ躍動感のあるところが好きです
Q6. 好きな文学作品は?
A まどみちおさんのユーモラスなことば
Q7. 好きなファッションは?
A 動きやすいゆったりした服装が好きです
Q8. 自邸を設計したいですか?
A したいです
Q9. 田舎と都会のどちらが好きですか?
A どちらも好きです
Q10. 最近撮影した写真は?
A 家族の写真
Q11. 行きたいところは?
A 日本の集落巡りをしたいです
Q12. 犬派ですか? それとも猫派?
A 猫
もし何の条件も制限もなかったら、建築家はどんな家を考えるのか?
「夢の家プロジェクト」
【夢の家プロジェクト】
今回の連載に登場する建築家の皆さんに、それぞれの考える「夢の家」を描いていただいた。「夢の家」の条件は「住宅」という枠組みだけ。実現可能性や具体性にとらわれず、各自の創造性や問題意識をぞんぶんに活かし、自由にイメージをふくらませて考えていただいた作品だ。
●teco(金野千恵+アリソン理恵)が考える「夢の家」
「夢の家」
「一見、手の届かない領域を含むこの家は、人間・動物・植物がともに育む春夏秋冬のあらゆる営みや、多様な資源を受け容れる器を表します。日常、祭礼のいずれにも用いられる“BATIK(ジャワ更紗)”は、人間の営為にまつわる万物が抽象図形とともに描かれ、なかでも二つの世界観を表現する“パギ・ソレ(朝夕)”は、ダイナミックで素敵な構成技法です。tecoの夢の家は、こうした物語と構成の関係を参照に、秋冬春夏を描いた『ムシム・ラム』です」
teco(金野千恵+アリソン理恵)