vol.14 teco(金野千恵+アリソン理恵)(前編)

建築と街の新しい関係をつくる建築家、teco(金野千恵+アリソン理恵)(前編)

若手建築家のインタビュー。7番目に登場するのは金野千恵とアリソン理恵のふたりだ。最初は彼女たちが手がける福祉・介護系施設のプロジェクトを中心に話を聞いた。


街とともにある介護施設を

tecoは金野千恵とアリソン理恵のふたりが2015年に立ち上げた建築設計事務所。彼女たちが設計を手掛け、品川区で計画中の『幼・老・食の堂』は、高齢者の介護施設と保育所、地域の食堂という三つの機能を持つ複合的な施設だ。3階建の建物だが、個々の機能を各階に振り分けるのではなく、各階に機能が混じり合うように配置されている。

「依頼主と話すうち、様々な課題は魅力へと転化する可能性があることがわかりました。不足する介護の担い手を、組織の内側のみで解決するのではなく、地域の多世代の人で互いに支え合おうという意識は、これまでの福祉施設に比べてとても開かれています。これを空間として実現するため、用途をこえて空間が連続し、家具などで仕切ることで、様々な人が各々に過ごせる居場所を併存させています」

写真(上)/「幼・老・食の堂」/ Care Hall for child, elderly and dining

上:建物の反復や空地によるまちのリズムと呼応しておおらかにボリュームを分節し、様々な半屋外の居場所を外観に現している。

下:キッチンを中心とした看護小規模多機能型居宅介護施設、保育所、まちの食堂は、繋がりながら家具や仕上げの切替で分節されている。


金野千恵は『幼・老・食の堂』のコンセプトをこう説明した。またこの建物には、地域の人々との交流を生む仕掛けとしてロッジアやテラス、屋上菜園といった半屋外の居場所を設えている。このうちのロッジアとは、イタリアの街並みによく見られる建築要素で、外気に向かって大きく曝された廊のことである。日本語では「涼み廊下」とも呼ばれる。

写真(上)/金野千恵

金野はスイスに留学中にペーター・メルクリを通してロッジアと出会って以来、それを長年の研究テーマとしている。大学院に在籍中に設計した「向陽ロッジアハウス」は彼女のデビュー作で、その名前のとおり大きく口を開けたロッジアを中心に据えた住宅となっている。金野はロッジアの持つ可能性を次のように語った。

写真 /(上)「向陽ロッジアハウス」/ Sunny Loggia House 2011

上:庭から見た建物の正面外観。1階には各部屋からアクセスできるロッジアが設けられている。

下:ロッジアは各部屋をつなぐ外廊下であると同時に、さまざまな用途に使える半屋外的スペースにもなっている。


「ロッジアに興味を持ったのは、特段の用途がなくとも、建築と街の関係を常に多彩に映し出すからです。イタリアでは、ただ道行く人を見ていたり、編み物をしていたり、ロッジアを見るとその町の暮らしが分かります。介護の空間でも、こうした半屋外の空間を多様にもつことで、入居者の畑いじりや、スタッフの地域と繋がる場がうまれ、街全体による見守りが自然と生まれるのではないかと考えています」

写真(上)/アリソン理恵(左)


訪問介護の空間に子供たちが遊びに来た

tecoのふたりが手がけている作品を見ると、『幼・老・食の堂』以外にも福祉や介護事業のプロジェクトが多いことに気づく。きっかけとなったのはtecoの設立前の2014年に金野が手がけた『地域ケアよしかわ』。これは1970年代に建てられた団地にある商店街の一店舗を、訪問介護の事業所に改装するプロジェクトだ。

事業所のスタッフが待機する場であると同時に、地域の人々が気楽に集えるスペースをデザインすることが課題だった。外から内部の様子がよく見える開放的なファサードには長ベンチがつくりつけられ、ベンチはさらに内部へと連続する。室内の中央部分には2メートル四方のキッチン付きテーブルを備え、多くの人が顔を合わせられるように考えられている。金野を驚かせたのは、完成後のスペースの想定外の使われ方だったという。

「建物のファサードに人が集える場所を作れば、訪問介護の利用者以外のお年寄りや認知症の方も気兼ねなく立ち寄ることができ、一緒にご飯などを作る、食べるようになるだろうと想定していました。このイメージは、間違いではありませんでしたが、実際にまず目をつけたのは子供たちで、日課のように学校が終わったあとにわらわらと遊びに来るようになりました。

ところがそのなかには、夜までこのスペースにひとりでとどまりお菓子やご飯を食べている子がいる。親の仕事の都合で夕食時間も子供が一人、という家庭があるわけです。そこでボランティアや民生委員の人が手をあげ、事業所の人々の推進力もあって、こども食堂を開設することになりました」

写真/(上)「地域ケアよしかわ」/ Community Care YOSHIKAWA 2014 コミュニティスペースを兼ねた訪問介護の事業所。近隣の住民が気軽に立ち寄れる雰囲気の内外装になっている。左側の大きな窓の下は木製のベンチになっている。

下:内部の様子。中央にはキッチン付きのテーブル。内装の木仕上げは人の手や肌が触れる範囲に留め、それ以外はコンクリート打ち放しのままになっている。


建築を街に対して開くことで、それまで見えなかった地域の問題が顕在化する。『地域ケアよしかわ』を通じて、tecoのふたりはそうした建築の役割を強く意識するようになった。人の集まる場所をつくることで街は変わる。そのための建築には、理屈を超えた、人がそこに行ってみたいと思うような魅力を持つ必要があるという。

「『地域ケアよしかわ』はわずか60平米のプロジェクトですが、様々な世代の人が集う場になりました。こうした小さなきっかけを街のなかにどう現し、街とどう関係づけるかがとても重要です」とアリソン理恵は語る。

「あれを見て、自分たちのところに相談に来る人もいますが、それ以外にもあのプロジェクトに刺激を受けて、自分たちでもやってみようと考える人たちはたくさんいると思います。そう考えると、建築家の仕事は実際の物件数よりもはるかに広い範囲にまで影響が及ぶわけです。このことは新しいプロジェクトをやるたびに実感します。そこが建築の面白さであり、怖さでもあると思っています」

続く

【プロフィール】

金野千恵(こんの・ちえ)

1981年神奈川県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒。2005~2006年スイス連邦工科大学奨学生。2011年東京工業大学大学院博士課程修了、博士取得。2011年KONNO設立。2015年teco設立。2011~2012年神戸芸術工科大学大学院芸術工学専攻助手。2011年豪クイーンズランド大学客員研究員。2013〜2016年日本工業大学生活環境デザイン学科助教。

アリソン理恵(ありそん・りえ)

1982年宮崎県生まれ。2005年東京工業大学工学部建築学科卒。2009年NMBW勤務。2011年東京工業大学大学院博士課程単位取得退学。2011~2014年ルートエー勤務。2014~2015年アトリエ・アンド・アイ坂本一成研究室勤務。2015年teco設立。

http://te-co.jp/

取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美