利用者の自主性を引き出す空間を目指す建築家、中川エリカ(後編)
若手建築家のインタビュー。中川エリカの2回目では、彼女のこれまでの歩みとこれから目指す建築について話して貰った。
ここで何ができたら楽しいだろうかと考えることからスタート
中川がオンデザインでの所員時代に担当した「ヨコハマアパートメント」は彼女のキャリアの原点となった作品だ。
「当初のオンデザインは西田司さんの考えた案をスタッフと一緒に実現するというトップダウン型のやり方だったのですが、私が入社した後で、スタッフの提案を西田さんと一緒に検討しながら設計を進めるというボトムアップ型の設計手法を実験的に試みるようになりました。その第1号が『ヨコハマアパートメント』で、入社1年目の私が担当することになりました」
中川はプロジェクトの出発点をこのように語った。「ヨコハマアパートメント」は若いアーティストに展示・製作・住居を提供する目的でつくられた集合住宅だ。最大の特徴は、4戸の住戸に加えて、さまざまな用途に利用できる広い共用部があることだ。2階建の建物で、4つの壁柱で高く持ち上げられたスラブのうえに4つの住戸がのっている。
写真(上)/ 「ヨコハマアパートメント」Yokohama Apartment
(上)建物の外観。1階部分は二層分の高さの壁柱に囲まれた半屋外的な共用スペース。その上の2階部分に4つの住戸が配置されている。
(中)竣工当時の共用スペースの様子。4つの階段は2階の各住戸に繋がってる。
(下)竣工から7年を経た共用スペースの様子。家具などが置かれ、入居者によって積極的に活用されていることがわかる。
各住戸は浴室やミニキッチン、収納を備えている。小さな空間だが生活の場としては完結していて、そのうえでのプラスアルファとして1階に広い共有部がある。「広場」と呼ばれる1階のピロティ状の半屋外空間は天井高が5メートルもあり、入居者は作品の展示や製作を行うことができる。また時には、近隣の住民やインターネットで建物を知った人による持ち込み企画で、コンサートや公演、ワークショップなどのイベントも行われる。
「作る側の都合よりも、『使う側の実感として、ここで何ができたら楽しいだろうか?』と考えるところから設計をスタートしました。立地は谷地で暗いところなので、それを凌駕するような開放感のある空間を作ろうと決めました。それから専有と共有のバランスをもう一度考えなおしてみたいという思いもありました。
共有部であっても誰もいない時には一人で使ってもいい。ルールで縛るよりは、入居者に使い方を考えてもらう。『他人と何かを共有しなくても暮らせるけれど、自分が得をするから、ある部分を共有する』という考え方はとても大事です。逆にシェアハウスのように、生活に必要なものを共有しないと暮らせない仕様はどうしても窮屈になります。そのため『ヨコハマアパートメント』では、共有するかしないかを、使う人が自分の判断で選べる状態を作りたいと思いました」
所有者や設計者の都合で使い方を細かく規定するのではなく、利用者の自主性を引き出すような空間を目指す。中川が「適当な放任」と呼ぶ設計の姿勢は竣工後も維持されている。「ヨコハマアパートメント」では月1回の入居者会議が開かれ、「広場」の使い方などを話し合う。その席には設計者も必ず参加するという。
「建物を維持するための仕組みを設計段階から考えることが大事です。つまり将来の持続性をあらかじめ設計のプロセスのなかに組み込んでおくわけです。普通の住宅の設計でも、施主との長い対話を、完成後の建物が維持されていくうえでの準備期間と考える。『ヨコハマアパートメント』ではそうした考え方を学ぶことができました」
建築がモノとしてフィジカルに建ち現れるときの感動を
2015年に完成した「コーポラティブガーデン」もオンデザイン時代に設計を担当した作品。この集合住宅(コーポラティブハウス)は「庭のある家」を積層させるというコンセプトで成り立っている。ここで試みられた外部(庭)と内部(室内)の結びつきは『桃山ハウス』での庭の活用へと繋がる。
また独立後に手がけた『ライゾマティクス 新オフィス移転計画』は広いワンルームの倉庫をクリティティヴチームのオフィスに改装するプロジェクトだが、ここではいろいろな働き方を受け止めるインフラ兼プラットフォームとして「ビックテーブル」と呼ばれる木造の什器が提案されている。
写真(上)/ 「ライゾマティクス 新オフィス移転計画」
(上)アイレベルで見た模型。天井高の高いワンルームの空間内に複数の「ビックテーブル」を設置。ロフトのようなワークスペースを増設している。
(下)模型を上から見たオフィスの全景。「ビックテーブル」は全部で8個あり、多様に変化するワークスタイルに対応している。
「ビックテーブル」は巨大なテーブル状の構造物で、ロフトの床のように機能する。その上に人が集まって打ち合わせなどの作業が行えるほか、ワークスペースを立体的に配置することで新しいコミュニケーションを誘発する効果も期待できる。空間の中でいかにして多様なアクティヴィティを発生させるかという探求は、明らかに『ヨコハマアパートメント』での「広場」の実践の延長線上にある。
「私たちの世代は新築の仕事も少なく、実際に建物を建てる機会に恵まれていません。しかし、建物を作るだけが建築ではないという話では、建築家の職能を拡張すると言っても、実際には中身が薄まっているだけのような気もします。私としては建築をもう一度、モノとしてフィジカルに建ち現れるときの感動に引き戻したい。そのための経験を社会に出てから積んできたという自負もあります。私の世代のなかでは、それを意識的かつ積極的にやっていきたいと思っています」
困難な時代にあっても、フィジカルに建ち上がる建築の姿に賭けるという姿勢からは、潔い覚悟すら感じる。彼女が思い浮かべる建築には、常に人間の豊かな活動や生活が伴っている。過去の経験に裏打ちされた人間の可能性への信頼こそが、彼女の建築を支えていると言えるだろう。
【プロフィール】
中川エリカ(なかがわ・えりか)
1983年東京都生まれ。2005年横浜国立大学工学部建築学科卒。2007年東京藝術大学大学院美術研究科修了。2007〜2014年オンデザイン勤務。2012年横浜国立大学非常勤講師。2014年中川エリカ建築設計事務所設立。2014〜2016年横浜国立大大学大学院Y-GSA設計助手。現在、東京藝術大学、法政大学、芝浦工業大学非常勤講師。
取材・文/鈴木布美子、撮影/岸本咲子、コーディネート/柴田直美
■建築家にアンケート中川エリカ
Q1. 好きな住宅建築は?
A ミゲル・エイケム「昆虫の家(1980)」@チリ、サンティアゴ
Q2. 影響を受けた建築家は?
A ル・コルビュジエ、ハンス・シャロウン、西田司さん
Q3. 好きな音楽は?
A パッヘルベル「カノン」
聞いていると、何か思いつきます。
Q4. 好きな映画は?
A 「マッドマックス 怒りのデス・ロード」
部屋にポスターを貼っています。
あと「フィツカラルド」も。
Q5. 好きなアート作品は?
A マティス、ホックニー
Q6. 好きな文学作品は?
A 鴨長明「方丈記」
Q7. 好きなファッションは?
A 似合っていてサイズがぴったりなら、何でも。
Q8. 自邸を設計したいですか?
A 現時点では、全く興味がありません。
Q9. 田舎と都会のどちらが好きですか?
A どちらも好き。
Q10. 最近撮影した写真は?
A 太陽の塔
Q11. 行きたいところは?
A ブラジル、モロッコ、カンボジア
Q12. 犬派ですか? それとも猫派?
A 犬派(猫アレルギー)
もし何の条件も制限もなかったら、建築家はどんな家を考えるのか?
「夢の家プロジェクト」
【夢の家プロジェクト】
今回の連載に登場する建築家の皆さんに、それぞれの考える「夢の家」を描いていただいた。「夢の家」の条件は「住宅」という枠組みだけ。実現可能性や具体性にとらわれず、各自の創造性や問題意識をぞんぶんに活かし、自由にイメージをふくらませて考えていただいた作品だ。
●中川エリカが考える「夢の家」
「生きる悦びを呼ぶ家。」
「動植物が居場所をつくりだす能力には、凄まじい創造力があり、等しく人間にも、その本能と原動力は備わっているはずです。生命力を味方に、生きるという悦びをフィジカルに体感できる家。どこまでも広がりがあり、どう住むんだろう?と探求し続けられる家」
中川エリカ