08: あなたの求めるわたしになる ―わたしは誰なのか 2―

 解離性遁走で保護されたフユトさんは、専門家の治療を受けることになりました。

 何度かカウンセラーと話しましたが、会社で働いていた頃のことは思い出せませんでした。一方で子ども時代のものと思われる記憶がいくつか蘇りました。

 夜中に目が覚めると両親の言い争う声が聞こえ、陰からそっと覗くと、お母さんが泣いていました。お父さんと喧嘩した後はお母さんの機嫌が悪くなるので、フユトさんは憂鬱になりました。心配した通り、次の朝には取るに足りないことで、お母さんに怒られ叩かれました。

 お母さんはいつも苛々していました。外では明るく振る舞っていましたが、家に帰るとフユトさんとお兄さんを怒鳴りつけ、あれこれと文句を言いました。感情が高ぶると、泣いたり、叫んだりしました。何故そうなるのか理由がよくわからず、フユトさんはいつもお母さんの顔色をうかがっていました。

 両親は普段から不仲でしたが、フユトさんが学校で褒められ、よい成績をとってくると、家の中の空気が一時だけ穏やかになりました。フユトさんは家にいる時、外であった良いことだけを話すようにしました。成績が悪いとお母さんが不機嫌になるので、悪い点のテストを学校のゴミ箱に捨てたこともありました。

 フユトさんのお兄さんは優等生でしたが、中学の時から学校に行かなくなりました。ほとんど口を利かず、時々お母さんに暴力を振るいました。お母さんは前よりもっと不安定になり、寝込むことが増えました。フユトさんはお兄さんの分も頑張らねばならないと懸命に勉強し、部活動や生徒会でも活躍するようになりました。

 辛いとか苦しいと感じても、なるべく考えないようにしました。両親に対してだけでなく、目の前の人の期待に応えることを考えました。やがて心に空洞ができ、何かがそこにあるような、奇妙な感覚に襲われました。それも忘れるようにしていると、いつのまにか嬉しいとか楽しいという感情もなくなりました。


 フユトさんは自分がどんな人間なのかも、次第にわからなくなりました。人付き合いも苦痛でした。表面的なことは話せても、自分の考えや感じ方を問われると、何と言ってよいかわからないからです。いつも自分がここにいないような、現実感のない、奇妙なあの感覚がありました。

 自分を殺して誰かのために生き続けるうちに、フユトさんは感情を失いました。その感情は消えてしまったのではなく、どこか別の場所に隠れているようです。記憶と共にしまい込まれた感情を取り戻さない限り、フユトさんの心はバラバラなままです。

 環境に合わせて生きる努力が限界を越えた時、自分の意志とは無関係に、心が仕組みを変えてしまうことがあります。人は心の働きのすべてを、自分でコントロールすることはできません。心が壊れてしまわないように、辛く苦しい感情が時にはその人自身から切り離されます。日常の記憶とはつながらず、別の場所にしまい込まれます。このブラックボックスに、最も大事な生の心が閉じ込められてしまうのです。これが何度も繰り返されて、その状態が持続すれば、自分が自分であるという感覚が失われていきます。

 自己の真実が封印され、フユトさんは他者との真のつながりも失ってしまいました。「誰も自分を理解してはくれない」という絶望と悲しみは、フユトさん自身からも見えない場所に隠されています。傷ついた心の修復にはしばらく時間がかかりますが、自己を取り巻く外界への不安を少しでも取り除き、根底に潜む他者への不信感を和らげることは必要です。フユトさんが心を取り戻すためには、孤独を生きる絶望をまるごとあたたかく包み込み、大切に扱うことが求められています。

 フユトさんの心の治療は、これから始まります。


 

(松井浩子)
2015.12.16