02: 弱さをみとめる強さ ―プライドと自己愛― その1

 エリートサラリーマンのAさんは職場でうまくいかず、落ち込むことが多くなり、カウンセリングに訪れました。
 新卒で入った前の職場で行き詰まり、心機一転のつもりだった今回の職場でも人間関係がうまくいかず、孤立感を感じていました。Aさんは言います。「自分は一生懸命仕事をしている。自分は優秀なのに周りの人がダメすぎる。自分の考えが理解されないし、伝わらない。不当に扱われている。こんな職場やめてしまいたい!」

 Aさんはそれまで、ほぼ自分の思い通りに生きてきたと感じていました。自分に弱点や欠点はないと思っている彼にとって、会社生活は思い通りにならないことばかりでした。有能とは思えない上司からの理不尽な指示、同僚とのコミュニケーションのすれ違いや冷たい仕打ち、会議では自分の意見が尊重されない…。大学まではこんなことはなかった、受験もうまくいったし、サークルでもいつも中心で活躍してきたという自負がありました。今回のことは「自分の挫折ではない、実際、上司はズレているし、会社のさまざまな会議や調整はあまりにもばかげている。会社が悪いのだ」と考えていました。Aさんの報われない憤りや怒りはやるかたなく、身体はだるくなり、徐々に落ち込み、会社に行く意欲がわいてこない抑うつ状態になっていたのです。

 カウンセリングでは、会社へのあらゆる文句を洗いざらい吐き出した後に、彼の注意は少し自分に向きました。「今まで挫折したことなかった自分がこんなひどい目にあったのははじめてだ。」カウンセラーは「本当はとても傷ついているのですね」と彼のこころの傷つきに焦点を当てました。「そうです、屈辱です。」とAさんは首を垂れ、哀しい雰囲気が漂いました。怒り心頭だったAさんですが、内面では屈辱を感じ、自分自身への疑問や不安が生じてもいました。屈辱感を探索する中でその背景に自分の「プライドの高さ」があることに彼は気づいていきました。

 実のところ、今までなんでも思い通りになっていたのではなく、学校での人間関係、就職活動の際の失敗など小さな挫折はあったのです。しかし、「プライドが傷つくから」それらはなかったことにし、考えないように避けていたことに思い当りました。ご両親も彼が傷つかないよう「Aは優秀だ」と常日頃守ってくれましたし、転職の際も全面的にサポートしてくれました。また、振り返れば耳の痛いことを言う友達や恋人とは距離を取るようにしてきました。そうして、自分のプライドが傷つかないよう「思い通り」という感覚を保ってきたことをAさんは振り返り始めました。

 さて、Aさんの問題をカウンセリングの視点でとらえなおしてみましょう。
 一見優秀で強気なAさんですが、何故会社で不適応が生じてしまったのでしょうか? Aさんの場合、仕事の能力に問題はなく、Aさんが言うところの「プライドの高さ」が関係していました。自分は優秀で思い通りになることが普通だと思っているAさんにとって、会社での「思い通りにいかない」不可避なトラブルが人並み以上に苦痛に感じます。そして、それはプライドの高さ故に自分の問題ではなく、会社の問題と感じられます。環境さえ変えれば…あの上司さえいなければ…という憤りや怒りになっていくのです。そうして憤懣やるかたない状態で感情を溜め込んで抑うつ化したと言えましょう。実際、Aさんはその憤りや怒りを直接会社で爆発させたりはしないでこころの内に溜め込んでいました。

 この「プライドの高さ」は、専門的にいえば「自己愛(ナルシシズム)」という言葉になります。自己愛は誰にでもある自己肯定感の源になる大切な基礎感覚です。しかし、この自己愛が強くなりすぎると、実際の自分以上に自分をよいものととらえたくなり、自分を否定するものを受け入れることが難しくなります。プライドが傷つく恐れが強くなると、自分の弱点を認めず、他者の弱点ばかり責めたくなり、さらには他者が思うように自分を理解してくれない、と不満を感じます。こうしてこの出口がないループの中で少しずつ世の中との折り合いが難しくなっていきます。私は、臨床経験を通じて、この自己愛の問題が現在の「新型うつ」と呼ばれる問題の本質の一つであり、この課題を乗り越えることが治療的に重要になると考えるに至りました。

 彼らは、元々自分を否定されることや弱みに触れられることは苦手なのですが、それを避けているうちに、ますます傷つきやすくなっていきます。プライドの高さ故、挫折を挫折としてはとらえられません。人からの意見は非難に聞こえますし、注意は説教に、叱責は迫害にまでも感じられます。他者からの意見に容易に激昂してしまう人を見たことのある方もいるでしょう。一方で、ちょっとした非難にひどく落ち込みすぎてしまう人を見た方もあるでしょう。強気に見せていますが、その裏には傷つきやすさ、弱さが見え隠れしています。このような場合、次第に周囲の人は、意見を控えて腫れ物に触るようになるか、強く非難して対立的になる、というように二極化していきます。

 この問題の背景や原因については、一概には言えませんが、一つにはその人の素質的な敏感さや傷つきやすさがあるようです。また一般的に過保護すぎる環境に育っていることも多いですが、むしろ一見問題がないように見えても、過酷な状況やしがらみの中で他者とのぶつかりや困難を避けることを身につけて生き延びてきたことがわかってくることもあります。

 Aさんの場合は、大学までは自己愛が傷つく場面を避けることができていましたが、社会人になって、それを避けられない場面が多くなり、いよいよこの問題に直面したのです。実際、自己愛の問題は社会人になってから問題として浮上することが多いと言われています。

 こうしてAさんは自分のプライドの高さという自己愛の問題と向き合い始めました。カウンセリングの観点でみれば、このような問題は成長のチャンスなのです。「挫折知らず」のAさんがついに挫折をすることができたと言い換えることもできるでしょう。まずは、こころに溜まった憤懣を打ち明けること、自分が傷ついているということを認めることが治療の端緒になります。つまり、Aさんの真の悩みは他者ではなく「思い通りや理想ではない等身大の自分を認めること」という未だ一人では悩み切れない問題なのです。

 長くなりましたので今回はここまでにいたしましょう。「弱さをみとめる強さ、その2」ではAさんのその後の回復過程を見ていきます。

<尚、事例は特定の個人を指しているのではなく、臨床から得たエッセンスから構成しています>

(岩倉 拓)

2015.4.6