04: 弱さをみとめる強さ ―プライドと自己愛― その2

 Aさんのカウンセリングは少しずつその様相を変えていきました。会社と会社の人の非難に向けられていた話題は、自分はどうなのか?という問いに向けられはじめました。Aさんの言葉遣いや言葉の端はしに「プライド」が滲み出ること、そして「人を利用するずるい自分、人の賞賛を得ないといられない自分」に気づいていきました。どうやらそういう態度が外から尊大に写ってしまい、うまくいかないのではないだろうか?とAさんは気づくようになってきました。

 そうやって考えてみると、プライベートで付き合っている彼女や友人に対しても見下すような「上から目線」の発言や思い通りにいかないときにいらついて、周囲を再三傷つけていることもわかってきました。しかも、彼が人を傷つけるときは、Aさん自身のプライドが傷ついているときでした。自分の傷つきを抱えきれず、半ば八つ当たり的に人を非難していたのでした。さらに、これも重要な気付きだったのですが、仕事などで自分がわからないときに「わからないので教えて」と聞くことができず、連絡不足から仕事が滞っていることも見えてきました。わからない自分が格好悪くて認められなかったのです。

 上司や同僚の“冷たい仕打ち”は、このAさんの自己中心性に対して距離をとって協力しなかったり、怒って説教をしたりしてきている、という認識が生まれました。Aさんは上司や同僚の言っていることに改めて耳を傾け始めました。プライベートでは、友人や家族の本音もよく聞いてみるようにしました。否定の含みのある言葉には胸が痛むのですが、そこにはAさんを思いやり、良かれと思っている、良い成分の響きも聞き取ることができるようになってきました。以前のように会社が悪い!とAさんは言わなくなり、上司や同僚との関係が改善し始めました。「自分は悪くないと思っていたけど違うのかもしれない。自分にも欠点や弱点もたくさんある。」とAさんは言うのでした。

 こうしてカウンセリングは、自分の弱さを誰かのせいにして他者を責めるのでなく、かといって、自分の弱さをことさら強調して自虐に走るのでもなく、弱さをそのままにみとめる慎重な作業として進んでいきました。

 カウンセリングの仕上げの時期に、Aさんは次のような段階にまで到達していました。「自分が良かれと思ってやっていることも、本当は自分のためだったのではないか?たとえば、人に親切にする裏には自分が好かれていたいから、嫌われたくないから。仕事を一生懸命にするのは、自分が認められたいから、自分の優秀さを誇示したいから。本当は全部自分のためだったと思う。」

 Aさんはプライドの裏にある自分の不安、それゆえに強がるというという自分の弱さを語るようになってきました。それに気づくのが怖いからこそ思い通りになる感覚にしがみつこうとする自分がわかってきたのです。それは、「優秀ですごいAさん」ではなく、「等身大で弱点もあるAさん」という自己像の変化を導き、彼の人間関係を実際的に変えていきました。自分が、相手のことを本当には見ていない、大事にしていない「自分のエゴ」に気づき、Aさんは出来事を、相手の気持ちや、相手の傷つきを思いやって考えるようになっていました。

 これらの一連の作業を終えた数年後、ふと気づくとそこには逞しく、やさしさも兼ね備えたタフな青年が立っていました。現実に起こるさまざまなことをそのままに認め、それに自分の力で対処していけるAさんです。弱さをみとめ、それを語り続けることを通して現実に根差した強さをもつAさんへ変化したのでした。

 私はAさんが教えてくれた「弱さを認める強さ」という言葉を忘れません。精神分析の祖フロイトが「貴方の強さは、貴方の弱さから生まれる」という言葉の意味を実感的に学んだように感じました。

 一方、この過程は彼にとって、とても辛く、困難な作業でもありました。時にこころが引き裂かれそうになり、こんなことして何になるのか!とカウンセラーへの非難に変えたくなります。やはり自分はすごいのだと再び自分を守りたくなります。あるいは逆に「どうせ俺なんて」と自分を卑下したくもなります。もう考えるのをやめにして「これでいいのだ」とこころを麻痺させたくもなります。
 この作業は一人で行うとあまりにもしんどいため、共に考え、ともに体験する場と相手が必要でした。それは過保護とは異なる、安全で、しかし厳しく等身大の自分を見つめ、気づき、断念し、共に成長を喜ぶ場です。このことはこの自己愛の問題の背景を考える上でも重要です。このような関係性の欠如がこの問題と関係があるのかもしれません。

 ともあれ、自己愛の問題からの回復には、奥に隠れている傷つきやすく脆い自分をまずは誰かに見せること、そしてそれを認めてもらった時に、初めてひとりよがりの自己愛を捨て、自分自身を本当に愛することができるのです。

 Aさんに限らず、私たちは、他人のいやな面や悪いところにはすぐに目がいくのに、肝心の自分自身のことは、なかなかきちんと見つめることができません。しかし、本当の強さというのは、自分がどのような弱点があるのか、そして、その実、自分が如何に自己中心的で、傷つくのを恐れる“ちっぽけな”人間であるかをそのままにみつめ、認めるという事なのです。そして、自分の弱さと触れ続けることによって、少しずつそこが丈夫になり、タフになっていく作業と言えましょう。

<尚、事例は特定の個人を指しているのではなく、臨床から得たエッセンスから構成しています>

(岩倉 拓)
2015.6.1