15.損われた自己の病―生き方を変える時

ケイゴさんは部内で圧倒的な成績を誇る営業マンです。入社して5年、商品知識の勉強を重ね、顧客の要望に積極的に応え、休日返上で働いています。常に笑顔を絶やさず柔らかな物腰で相手の話に耳を傾け、上司や同僚からも好かれていました。

 

仕事が終わっても同僚と飲みにはいかず、時間が空くと業界紙に目を通し、顧客のもとにこまめに連絡を入れました。学生時代からの恋人がいましたが、ここ数年は会う機会も減り、一人暮らしの自宅には寝に帰るだけの生活でした。

 

ケイゴさんの父は大企業で高い地位に就いており、しつけに厳しい人でした。勉強しても成績が上がらないと認めてくれず、「すべては結果だ」というのが口癖でした。母は黙ってそれに従いましたが、些細なことで父が声を荒げると、顔を曇らせ部屋からいなくなりました。

 

子どもの頃、母が庭の隅で泣いているのをケイゴさんは何度も見ました。「お母さん、悲しいの?」と声をかけても、母は泣くばかりで何も言いませんでした。母の心はどこか遠くにあり、自分を見てはいないことにケイゴさんは気づいていました。

 

ケイゴさんは母の笑顔が見たくて、学校から帰ると楽しい話をしました。遊んでばかりの弟やおっとりした妹の分も、自分が頑張ろうと思いました。ケイゴさんが地元の名門高校に進学すると、両親はとても喜びました。

 

ケイゴさんは母の愚痴を聞くようになりました。毎日顔色をうかがい、自分から話しかけました。母はケイゴさんを頼りにし、父への不満や弟妹への心配をぽつぽつとこぼしました。

 

「あなただけが希望なのよ」という言葉に、ケイゴさんはようやく母が自分を見てくれていると感じました。一層勉強に打ち込み、大学も就職も大きな成果をあげたケイゴさんは、会社に入ってからも誰よりも努力して結果を出し続けたのです。

 

年末が近づくある日、今年最後の大きな契約が決まる寸前に、ケイゴさんは突如周りの世界が変化したのに愕然としました。風景はテレビの画面のように平面的となり、現実感が失われ、夢の中にいるような奇妙な感覚です。約束に間に合うにはもう家を出ないといけないのに、体が鉛のように重く動けません。

 

 

その日から食事の味がしなくなりました。何を食べても砂を噛んでいるようです。あらゆる活字は意味のない綴りにしか見えず、文字が読めなくなりました。外に出ると地面が歪み、足元が崩れそうです。一体どうしたんだろう、自分はおかしくなってしまった・・とぼんやり考えながら、何もできなくなりました。

 

ケイゴさんと連絡が取れないのを心配して、恋人が部屋を訪ねました。彼女に付き添われて、専門医の診察を受けました。働きすぎを指摘され、休息を取るように言われました。けれども「大事な時に休んでなんかいられない」と、止める彼女を振り切って、その足で職場に向かいました。

 

人混みをかき分けていつもの電車に乗ろうとするケイゴさんを、再び奇妙な感覚が襲いました。頭の中に子どもの声が聞えます。意識を保とうとしましたが、目の前が白くなり強い力で引き込まれるように倒れていきました。

 

目をあけるとそこには母がいて、ケイゴさんに笑いかけます。ほっとしたのも束の間、たちまち母の表情は険しくなりました。背を向けてその場を去ろうとする母に、子どもの声が叫びます。

「お母さん行かないで!」子どもの姿のケイゴさんが、母を追いかけるのが見えます。

 

「ああ、俺はずっと母に見てもらいたかったのだ・・・」子どもの背中を見ながらケイゴさんは実感しました。涙があふれ、胸が苦しくなりました。「淋しいよ」と、子どもの声も泣いています。あたたかい涙が頬をつたい、誰かが拭いてくれました。「もう一人ぼっちはいや」子どもの声は呟きます。そうだ、本当は淋しかったんだ。

 

ケイゴさんがもう一度目をあけると、そこには彼女がいました。心配そうにこちらを見つめています。「ずっとそばにいてくれたの?」と聞きたいけれど、声が出ませんでした。彼女に支えてもらいながら、二人で部屋に帰りました。自分の家庭をもちたいと、初めてケイゴさんは思いました。

 


親の心を手に入れるために、子どもはどんな努力も惜しまないものです。こちらを見ようとしない親に振り向いてもらう術を知ると、子どもはそれを繰り返します。やがて彼らは大人になり、その行為を反復します。それが自身を損なうものであったとしても、手放すことができないのです。

 

いよいよ危機が近づいた時、損なわれた自己は体と心にメッセージを送ってきます。ケイゴさんの心は症状を通してこの反復にストップをかけ、子どもの姿で事態の意味を伝えてきました。心の痛みを自覚したケイゴさんは、破綻を避けることができました。

 

危機を知らせる安全装置は自己の破滅を防ぎ、これまでのやり方に内側から疑問を投げかけます。こうして心の病は、時に大きな示唆を与えてくれます。病を恐れ嫌うのではなく、その意味するものに目を向け心の在り方を振り返ることで、新しく生きる道を見つけることもあるのです。

 

(松井浩子)

2017.12.18